目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

8月4日 襲来

 7:00 起床・朝食

 8:00 勉強

 10:00 ベース練習

 11:30 休憩

 12:00 昼食

 13:00 適度に休憩挟みつつ勉強

 18:00 入浴

 19:00 夕食

 20:00 TVとか動画とか見てダラダラ

 22:00 勉強とか気が乗ればベース練習

 23:00 就寝


 ――というのが、ここ数日の私の夏休みスケジュールだ。

 唐突にベースの練習が挟まってどうなることかと思ったけど、ことさら趣味というやつがない私にとっては、思ったより大した問題ではなかった。

 本は読むけど本の虫ってほどでもないし、漫画やアニメも見るけどたまに気になった作品があったときくらい。

 ゲームはもともとあんまり興味がない。

 映画とか、ドラマとか、投稿サイトの動画とか見るのはまあ好きかな。

 そんな感じ。


 ただ、ほどよく雑音があった方が集中できる性分だからか、そういうのは勉強中にBGM代わりに流しておくので十分だ。

 結局、まとまった時間を使ってやることはないので、勉強するか、今ならベースを弾くか、そんな単調な毎日である。

 勉強中のBGMと言えば、いつだかユリたちと話題になったことがあった。


 勉強にBGMは必要かどうか。

 BGMにするなら歌詞付きかどうか。


 私は言わずもがな「BGMあり」「歌詞付きでも可」。

 先に言った通り、なんなら動画でもいい。


 一方でアヤセは「BGMあり」「歌詞は外国語なら可」。

 日本語歌詞になった瞬間、集中力が散漫になってしまうという。

 この辺りは脳みそがシングルタスク型かマルチタスク型かってことによるらしいけど、アヤセはややシングルタスクよりってことなんだろう。


 そしてユリは「BGM基本なし」「歌詞なしならギリ可」。

 どんなものであっても、勉強以外の事柄が傍にあると興味を持って行かれてしまう。

 典型的なシングルタスク。だから本気で勉強しないといけない時は、勉強会を開いたり、トークアプリを通話モードで繋いだりして、監視役を必要とするってわけだ。


 じゃあ、一方で私はマルチタスク型なのかって話だけど。

 動画を流していたりはするけど、勉強しながらその内容も頭に入ってるってわけじゃない。

 むしろ、ふと興味を持つ展開やシーンの時以外、耳なんて一切傾けてないし。

 これをマルチタスクと呼んで良いのかどうかは疑問が残る。


 正しいマルチタスク型ってのは、十の話を聞いて十の答えを返せる聖徳太子みたいな人なんじゃないだろうか。

 聖徳太子に関しても諸説あるらしいけど。

 その辺はたぶんユリの方が詳しい。


 そんなこんなで時刻は昼下がり。

 勉強しつつ、合間で休憩がてらベースの教本を眺めていた。

 昨日の天野さんのレッスンのおかげで、何となくこの楽器の仕組みのようなものが分かって来た。

 曲を弾けるようになる、という目標を与えて貰ったのも大きいけれど、こうして仕組みを理解することも、私にとっては上達の糸口になるようだ。

 「とりあえずやってみて」は、私の一番苦手とする言葉。


 不意に、階段をドタドタと駆けあがる音が聞こえた。

 母親かな。

 でもあの人、電車に遅れそうでも絶対に走りたくない人だしな。

 じゃあ誰だろう――なんて、他の候補を挙げる間に、音の主が部屋に突撃してきた。


「妹よー。妹はおるかー?」

「おらん」


 空気を読まない襲来者に、最大限の軽蔑と、そっとしといてくれの意味を込めてそう答える。

 だけど襲来者――ウチのバカ姉は、そんなこと察することもなくヅカヅカと部屋に押し入り、私が眺めていた教本を取り上げた。


「ちょっと、何すんの!」

「い、妹が……妹がバンドに興味を持っている……! まさかグレ期!? デレ期も来てないのに!?」

「んなわけないでしょ……いつの時代の嗜好なの。それより返してよ」

「待ちたまえワトソン君。これはつまり、友達から『バンドやろうぜ!』と誘われたけどノリ気じゃなく、一度は断ったはずなのに、なんやかんやでバンドをすることになってしまい、大真面目にお勉強をしている妹の図であると推理する」


 何その妙に具体的な推理は。

 というか、推理というよりほとんど読心術なのでは……?


「ユリに聞いたの?」


 おそらく一番真っ当な情報の出処を挙げると、姉はキザったらしく鼻で笑った。


「助手に推理されちゃ探偵も廃業だね」

「助手じゃないし。むしろそれ以外の理由だったら、あんたの身柄をどっかの研究機関に引き渡すよ」

「お姉ちゃんを売らないで!?」

 恐ろしい変わり身の早さで姉が泣きついてくる。私はそれを足蹴にして突き飛ばすと、借り物のベース教本を取り戻した。

「借り物なんだから触らないでよ」

「はい、すいません。それにしても星がバンドとはねー。これが学園祭マジックか」

「そんなんじゃないって。それに、バンドはするけどしないし」


 訳知り顔の姉の言葉は、真正面から否定しておく。


「するけどしないって何さ?」

「お芝居上そういうシーンがあるだけ。別にステージとかはやらない」

「ええー、バンドするのにステージしないの? せっかくタオル振り回そうと思ったのに!」


 姉はブーブーとブーイングをしながら、拳を振り上げてぐるぐる回してみせた。


「なんでそんな楽しむ気満々なの……てか、ステージできるほどの完成度は目指してないし」

「高校最後の文化祭だよ!? 青春だよ!? 青春と言えばバンドだよ!」


 そのフレーズどっかで聞いたな。

 やっぱり思考回路が近い者同士、考えることは一緒か。

 私はため息ひとつで返して、教本の続きをめくった。


「それより、稽古つけたげるって約束忘れないでよ。大事な後輩なんだから、ぞんざいにしたら許さないから」

「分かってる分かってる。はじめからそんなつもりないし。それにしても、星の口から〝大事な後輩〟なんてワードが聞けるなんて……」

「なにさ」

「そのまま次は〝大事なお姉ちゃん〟って言ってみて……ポッ」


 そう言って姉は頬を赤らめた。

 ゾゾっと冷たいおぞ気が背中を伝う。

 こいつ、久しぶりだからって調子に乗っている……でも、ここで声を荒げたら思うつぼだ。

 いいかげん、私も学習しなければ。


「……で、その稽古とやらはいつやるの」

「とりあえず明日?」


 ずいぶんと早いな。

 というより、それに合わせて帰って来たって感じか。


「午前中部活があるらしいから、それに顔を出す感じで行ってくるよ。星も行く?」

「いかない」


 私は即答する。

 姉も「とりあえず聞いてみた」というていのようで、それ以上しつこく誘うことはしなかった。

 多少身構えてはいたけど、そう言うところはちゃんと空気を読むんだから……普段からそうしろって言いたい。


「星の〝大事な後輩〟ちゃんかあ。楽しみだなあ」

「……ほんと、変なことしないでよ」


 行きたくないのに、野放しにするのはそれはそれですごく不安になってしまう。

 でもほんと、行きたくはないし……このザワザワとする胸騒ぎを抑えるには、どうしたらいいんだろうか。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?