久しぶりの学校は、盆休みということもあってほとんど人の姿が見受けられなかった。
精力的な部は構わず練習に励んでいるようで、時おり掛け声が遠巻きに耳に届く。
「そういうわけで、実にいい撮影日和ですね。青空に積乱雲。強烈な太陽光と蝉の泣き声は、夏休み映画に必須です」
琴平さんの前口上は華麗に聞き流して、集まった面々は配られた新しい台本に目を通していた。
撮影は、夏休みの残りの期間を使って三日に分けて行われる。
具体的には今日と明日、そして最終日の十七日。
琴平さんの話ではそれで十分撮りきれるということだけど、万が一間に合わなかった場合には二学期が始まってからいくらかの予備日が設定されることになっていた。
「これ……前のとまったく別物じゃない?」
一通り目を通して、私は素直な感想を口にした。
前の台本は確か、謎のゾンビパニックが起こって、バンドメンバーみんなで生き残れるように頑張るみたいな感じの話だったと思うんだけど、目の前のこれは設定から何から完全に別物だ。
「ワタシ、基本的には当て書きの方が得意なんですよ。シナリオライターよりは構成作家寄りのスキルですねえ」
「そう言うの聞きたいんじゃないんだけど……しかもこれなに、『最後は良い感じにお任せします~ ><』って」
何が一番のツッコミどころって、この台本、未完なのである。
いや、クライマックスの冒頭くらいまでのシーンはちゃんと書いてあるのだけど、肝心の結末が白紙――というかまるまるぶん投げられている。
「いやあ、実は時間がなか――面倒くさ――役者の起こすアメイジングなミラクルに身を委ねてみるのも一興ではないかと思いまして」
「丸投げなのには変わらないじゃないの」
「まあまあ、そう言うのも自主製作ならではの楽しみですよ。それに、良い感じの結末が思いつかなかったときのBプランくらいは用意してますので」
私としては、もうそれで良いんだけど……当の主演女優ことユリは、ギラギラと目を輝かせていた。
「いいね、そういうの! アドリブの女王と呼んでください」
「収集つかないようにだけはしないでよ」
話にオチをつけないことに関しては、彼女は天下一品だ。オチをつけないっていうよりは、いつまでも終わらないって意味だけど。
「今日は初日ですし、日常シーンだけの撮影にしましょう。雰囲気を掴んでもらいつつ、撮られること自体に慣れて貰いたいので」
そうして映画はクランクインとなった。
この際、もう前の台本はすべて忘れる。
とはいえ、バンドメンバーでゾンビパニックを生き残るという軸は変わっていない。
変わったのはキャラと役割だ。
とりあえず私、開始時点で故人。
と言っても別にゾンビってわけじゃない。
物語の造りはいわゆる異世界――というよりパラレルワールドものになっていて、主人公は平和な日常世界から、ある日突然ゾンビパニックの殺伐とした世界に行ってしまう。
そっちの世界では私は生きていて、バンドメンバーたちと一緒にもとの世界に帰れるように頑張る――というものだ。
ざっくりとしたあらすじだけど。
最初の撮影は、日常世界でのバンド練習のシーンから。
練習室には協力の軽音部らしき生徒が数名待機していて、既に機材やらなんやらの準備を進めてくれていた。
「そういうわけで、これから死と恐怖に立ち向かうイカれたメンバーを紹介するぜ」
琴平さんが、謎のMC風キャスト紹介を始める。
何故か手に持ったスマホで撮影もしているけど、こういうとこも記録するのね。
「ギター、犬童友梨ぃ!」
「ユリって呼んでね!」
「ベース、雲類鷲流翔ぁ!」
「今日だけだけどな」
「ドラム、狼森文世ぉ!」
「本名で呼ぶな!」
「キーボード、毒島ぁ心炉ぉ!」
「どうして私だけ苗字で溜めたんですか?」
「以上です」
指折り数えて一、二、三、四人――
「って、私は?」
バンドは四人。
目の前にも四人。
てかベース、雲類鷲さん?
「日常世界は流翔ちゃんがベース。殺伐世界は会長サンがベース。だってほら、会長サン故人ですから」
そう言えばそうか。
ということは今日は私の出番はなし……と。
何しに来たんだろう。
「あれ、じゃあ私、ベースの練習した意味あった?」
殺伐世界だけなら、基本的にやるかやられるかの逃避行だけなんじゃ。
「ああ、いえ、演奏シーン自体はちゃんと撮りますけど。てか、そんなにガッツリ練習してくれたんですか? フリができるくらいに慣れてくれたら良かったんですが」
「あ」
あれ、そう言えば、最初からそういう話だったっけ。
いつの間にやら本気で練習しちゃったけど……たぶん、天野さんがレッスンを初めてくれてから。
あれ、もしかしなくてもムダなことしてたんじゃないの、これ。
愕然とする私を他所に、琴平さんは何やら頷きながらバンドメンバーを見渡す。
「なるほどなるほど……じゃあ、生録にしちゃいましょうか。書記さんと副会長サンは生録って言ったら対応できますか?」
「んー、まあ、なんとかなるんじゃねーの?」
「大丈夫なの、そんな安請け合いして……あんた、ドラムはゲームがどうこうって言ってただけじゃないの」
「それはまあ話に合わせてというか。実は前からたまに、軽音のやつらに借りて叩かせてもらってたんだ。ストレス発散に」
アヤセが軽音部の生徒と、さりげないアイコンタクトを取った。
底なしの交友関係……このコミュ強め。
「心炉も、キーボードとかできるの?」
「ピアノなら幼少のころから嗜んではいますが。この軽い鍵盤に慣れるのだけちょっと大変ですね」
「ああ、そう」
残念なことに問題なさそう。
肝心のユリも全く心配ないし、むしろ心配が残るのは私だけなのでは。
「いや……やっぱり、合奏するほどじゃ」
「大丈夫ですよ。演奏シーンの撮影はギリギリまで伸ばせますので。なんなら公開直前とかでも一向に大丈夫です」
「ええ……」
すごく余計なことをしてしまったのではないだろうか。
私はただ、真面目にやれるだけのことをやったつもりなのに。
てか、実際まだ合奏レベルじゃないから、もっと練習重ねなきゃいけないし。
「そういうわけで撮影を始めましょう」
いつの間にかスマホをハンディカメラに持ち替えた琴平さんのひと言で、何事もなかったかのように撮影が始まった。
そして当然、私の出番はなかった。
代わりにいろいろ裏方の手伝いはしたけれど……今日、来なきゃよかったな。