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10月14日 良縁結び

 昼休み、今日はいつもの四人でお昼を囲むことになっていた。

 ちょっと前に日程が分かった時に決めたことで、明日ひと足先に受験日を迎えるアヤセの壮行式を兼ねた集まりだった。


「いやあ悪いね。なんかわざわざ集まってもらった感じになっちゃって」


 本日の主役であるアヤセは、遠慮するような口ぶりをしながらもまんざらでもない様子で頭をかく。

 露骨っちゃ露骨な態度に、心炉が小さくため息をついた。


「良いんですよ。その分、私たちの時にちゃんと送り出してくれるなら」

「そりゃ、もちろん。ちゃんと送り出す側になれたらな」


 そんな縁起でもないことを。

 アヤセは笑顔で答えたけど、受験生にとっては割ときわどい反応をしそうな話題だ。

 自分のことなら言っちゃうし、気にしないのが彼女らしいと言えばらしいけれど。


「しかし神戸かあ……遠いなぁ。あたし、大阪よりあっちはまともに行ったことないや」

「あれ、ユリって大阪行ったことあるんだったか?」

「うん、あるよ。伊丹空港」


 それは大阪に行ったって言えるんだろうか。

 しかもたぶん、春に一緒に京都に行った時のことだよね。

 確かに、バス停まで大阪の地を踏んだと言えば踏んでるけど。


「私も確か、飛行機で伊丹まで行ってから、バスだか電車だかで神戸だったかな」

「何それ、自分でも分かんないの?」

「ウチのおっかあが張り切って全部やっちゃったから。こっちは受験の準備しっかりしとけって」

「なるほど」


 それはいいお母さん……なのかな?

 私なら、自分で工程分かってないと、万が一の事態とかが怖くて気が気じゃないかも。

 飛行機が遅れたり、電車やバスが止まったり……災害とかに巻き込まれたんだったら、流石に大学側も再受験とか融通を効かせてくれるとは思うけど。


「受かったらそこで決めるの?」

「まあ、推薦って自己推でも指定校でも、専願が基本だからな。受かったら決めなきゃいかん」

「そっか。まあ……ぶっちゃけ、アヤセが落ちるっていうビジョンがないよね」

「うんうん、分かるよー。なんか、いつもなんだかんだ良い感じにやっちゃうもんね、アヤセって」

「すげーふわふわした評価ありがと」


 私とユリの相次ぐ雑な持ち上げに、アヤセは苦笑する。


「でも……実際、受験なんてさっさと終わるのなら終わって欲しいですよね」

「ほーん、心炉でもそういう事考えるんだな?」

「そりゃ、私だって好きで受験勉強やってるわけじゃないので」


 そりゃそうだよね。

 私だって、明日が共通テストですよって言われたら喜んで受けに行く自信がある。

 これから三ヶ月の間に周りの人間がどれだけ伸びてくるのか――それを考えたら、今この状態で勝負させてもらった方が、どれだけ優位に立てることか。


「だめー! あたしは今すぐ受験ってなっても全く受かるビジョンがないよー!」


 一方で、こういうやつもいる。

 ユリも最近は受験生の自覚を持って頑張り始めているのは知っているけどさ。

 悲鳴をあげたユリは、そのまま伸び上がって椅子の背もたれに身体を預けた。


「はあー、神戸いっちゃうのかあー。寂しいなあー」


 そのまましみじみとそんなことを口にする。


「だからまだ決まったわけじゃ……それに三月いっぱいはこっちいるだろうしさ」

「それでもだよー。神戸なんてすぐいけないじゃん」

「まあ、それは確かになあ」


 物理的な距離の話をされると、流石のアヤセも頷かざるをえない。

 いくら交通が発達していると言っても、西日本と東日本、さらに言えば東北から関西なんてほとんど外国に行くくらいのもんだ。

 それこそ、お金も時間も余裕がない、高校生の私たちにとっては。


「離れ離れになっても……あたしたち、ズッ友だよ!」

「毎日おはようとおやすみのメッセージは欠かすんじゃねーぞ……!」


 ユリとアヤセは手を取り合って、CMみたいな三文芝居をはじめてしまった。

 私と心炉は、何とも言えない表情を浮かべて無言で視線をかわす。

 それから、まあ頃合いだろうと思ってセーラー服のポケットから小さな包みをひとつ取り出した。


「はい、とりあえず合格祈願ってことで。既にいっぱい持ってるかもしれないけど」


 そう前置いて渡したのは、近くの神社で買った合格祈願のお守りだ。

 どこの神社のものかは別として、たぶん買ってない受験生はいないんじゃないかって思うけど。

 それでもアヤセは嬉しそうに受け取って、ニカッと笑みを浮かべた。


「サンキュ。忘れずに持ってく」

「忘れてったら全私が泣く」

「それはそれで見てみたいが……狩谷大明神のご加護がなくなるしなあ」

「前々から思ってたけど、その大明神ってなんなのさ」


 テスト前とかにヤバいから縋りたくて言ってるのなら分かるけど、別にそんなにご利益ないよ。

 むしろ、自分で自分を疫病神かなんかだと思ってるくらいのもんだよ。

 とてもじゃないけど、順風満帆な高校生活を送ってこれたとは言えないし。


「そーなあ、縁結びの御利益はありそうな気がするが」

「なにそれ」

「だってほら、こんないい友達に恵まれたじゃねーの」


 アヤセがにやけた顔で笑う。

 それがからかってる時のアレだってのはわかってる。

 わかってるけど、そんな事言われたら、違うなんて言えないじゃんか。


「それはまあ……地主神社の御利益があったのかもね」


 ぼつぼつと、バツが悪そうな声になってしまった。

 するとユリが隣でポンと手を打つ。


「ああー、京都のねー……って、星、あの石占い失敗してなかったっけ?」

「そうれはもういいの! てか、あんな仕組まれた失敗無効でしょ、無効」


 あんなルール無用の石探しでご利益を定められたらたまったもんじゃない。


「地主神社ってあれだろ。清水寺のとこにある」

「有名なところなんですか?」

「え、心炉知らないの? それは女子高生としてヤバいぞ」


 アヤセはスマホを取り出して、ネットで検索したらしい神社の情報を見せていた。

 それを覗き込む心炉、ユリ、そして私。

 確かに良縁はあった……のかな?

 だとしたら、失敗した石占いなんて全く意味がなかったってことになっちゃうけど、それはそれとして、ね。

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