勉強がひと段落して、うんと背伸びをする。
時刻はお昼をちょっと回ったくらい。
そろそろお昼ご飯の時間かなと思ったけど、今日は両親とも出かけてたのを思い出す。
仕方ない、何か適当に済ませるか。
乾麺の一束くらいあるだろう。
リビングに降りて、とりあえず冷蔵庫を物色する。
あれ……なんもないな。
週末だもんな。
そりゃそうか。
共働きなウチの家では、食材の買い出しはだいたい週末にまとめてと決まっている。
それに伴って冷蔵庫もそれなりに大きいものだから、中身がスッカラカンだと余計に侘しさを感じてしまう。
ワビサビはそこにないけれど。
かろうじてあったのは納豆とおみ漬。
まぜてご飯にかければ立派なお昼ご飯だよね。
肝心のご飯がないけど。
そういえば昨日の夜は炒飯だったな。
作り置きのご飯は全部消費されてしまったみたいだ。
今から炊く……?
ううん……流石にそれを待つのは、お腹の虫が収まらなさそうだ。
他に何かないかと戸棚も漁る。
鰹節、海苔……この辺はいつもあるし、いつも使う機会を逃して消費されないやつ。
あ、乾うどんみっけ。
主食はもうこれでいいか。
ひとり分のお湯なら電機ケトルですぐに沸かせるし。
そうと決まれば、とりあえずいっぱいの水を注いで、ケトルのスイッチを入れた。
その間に、もうちょっと何かないかと辺りを漁ってみる。
乾燥きくらげとワカメ。
何もなくて困ったら入れてもいいかもしれない。
ふりかけ……は、ご飯が無いと意味がないんだってば。
それから……ああ、なんだ、鯖缶あるじゃん。
パチパチと、対して多くもない料理レパートリーのピースをかみ合わせて、ようやく完成形が見えてきた。
とりあえず湧いたケトルのお湯を鍋に移して火にかける。
ぱらぱらと乾麺のうどんを投入すれば、後は十分程度放置するだけ。
麺ってこういうところがすごく便利。
ひとり暮らしの大学生がパスタばっかりになるって話も納得できる。
ゆで上がりを待つ間に、どんぶりに鯖缶、納豆、そのタレと、追加の麺つゆを適量。
欲を言えば刻んだネギが欲しいところだけど、それもちょっと面倒なので、さっき見つけたおみ漬を投入する。
美味しいものに美味しいものを入れて、マズいってわけはないだろう。
あとはこれを混ぜる。
ひたすら混ぜる。
ねればねるほど……色は変わらないけど納豆は美味しくなる。
あとはゆで上がったうどんを水気だけ切って、どんぶりに投入。
温かいまま鯖缶納豆のタレと混ぜ合わせれば――はい、完成。
一見、台湾まぜそばとか、油そばのようにも見える、ひっぱらないひっぱりうどんだ。
本来はかまゆでした鍋から掬って、そうめんみたいにタレにつけて食べるのだけど。
ひとりぶんなら全部どんぶりにぶち込んでしまった方が手っ取り早い。
鍋からひっぱらないから、ひっぱらないひっぱりうどん。
ぐちゃぐちゃと、焼く前のお好み焼きみたいで見てくれは悪いけど、これが不思議なことに美味しいんだ。
納豆と鯖缶で栄養たっぷり。
おみ漬けを添えてバランスも(たぶん)いい。
そもそも鯖好きだしね。
眉唾な家庭の医学だけど、勉強の合間に青魚を取るのはいいらしいし。
水煮缶じゃなくて味噌煮缶で作るのも、コクがプラスされて美味しい。
女子力とか皆無だけど。
こういうときユリがいたら、もうちょっと気の利いた一品をさっと作ってくれるんだろうな。
流石にあの冷蔵庫の状態じゃムリか。
でも、あいつならむしろ「これは料理人としての挑戦だね」なんて言いながら果敢に挑んでいたかもしれない。
いつか「卒業したら一緒に住むのもありだね」なんて話をしたのを思い出す。
今の進路じゃ、お互い希望通りにいったら住む県から別々だけど。
大学も出た後なら就職先を合わせるなんてのは、できるのかもしれないね。
目覚ましなんてかけないでユリに起こしてもらって、そこには朝ごはんか何か用意してあって……って、それじゃただのグータラヒモ女だ。
ううん……でもお世話を焼いてもらえるなら、それはそれで。
私は本来、あんまり頑張りたくない人間なんだから。
実際、ルームシェアってどうなんだろう。
ごくごく身近にまさにルームシェアで暮らしているヤツがいるけど、アレに聞くのはなんかシャクだな……かと言って続先輩に聞くのも、やけに張り切られそうで気が引ける。
そう、続先輩と話すのって、基本的なテンションというかモチベーションに差があり過ぎて、それが疲れるんだよね……まだ適当にあしらっておけばいい姉の方が、いくらかマシってもんだ。
単純な気まずさよりも、そっちの方が先行してるような気がする。
興味はあるけど……まあ、必要性に迫られたらでいっか。
先延ばしにするのは私の得意技だ。
そうこうしている間に、ひっぱらないひっぱりうどんはすっかり平らげていた。
食器を洗って干して、水回りを軽く拭いておく。
納豆を食べたし、歯磨きは少し念入りにしておかないと。
それからコーヒーでも淹れて……納豆食べてコーヒーって口臭ヤバいかな?
誰にも会うわけじゃないしいっか……気になったら追加で歯磨きなり、マウスウォッシュなりをすればいい。
再びケトルに水をちょっとだけ注いでスイッチを入れた。
ガッツリ炭水化物をとってしまったし、おやつはまあ我慢しよう。
そもそも買いに行かなきゃ何もない有様だし。
ごぽごぽとすぐに湧き始めたケトルの音に耳を傾けていたら、傍らに置いたスマホが震えた。
――勉強してるー?
ユリが送って来た相変わらず能天気な字面に、そろそろ今日の勉強に飽きたんだろうなっていう様子がひしひしと伝わって来た。
私はマグカップにインスタントコーヒーの素を注ぎながら、メッセージをうち返す。
――昼ご飯食べたとこ。
――五分だけ待ちな。
帰って来た「はーい」のスタンプに、くすりと笑みがこぼれる。
一緒に住んでなくても、これじゃほとんど変わらないな。
それで十分だと思っていたのが夏までの私。
これからの私は……この時間が私にとっての日常になるように力を尽くしていくんだ。