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11月2日 いいの?

 お昼休み。

 いつもなら購買で何か買って教室で食べるところだけど、今日はチャイムが鳴るなりユリがこっちのクラスに飛び込んできて、私の腕を引いた。


「今日のお昼は学食にしよ!」

「あれ、今週のメニューって何か逸品だったっけ?」

「そういうわけじゃないけど……とにかくいこ!」


 そのまま、抵抗らしい抵抗もなくずるずると学食へ連れていかれてしまった。

 券売機のランプを前に、一分少々のシンキングタイム。

 だいたい学食に行く時って、事前に何を食べるか決まってることが多いから、突発的に来ると迷ってしまう。

 そして迷った時はだいたい週替わり定食を頼んでおけば間違いがない。


 発券して、カウンターでまたしばし待つ。やがて提供されたトレーには、今週の定食であるホイコーローが乗っていた。

 これはアタリ週かも。

 まあ、外れ週ってのがめったに無いんだけど。


 ユリも注文したラーメンを手にご満悦だ。

 込み合っているテーブルの端っこを確保して、ふたりともご飯にありつく。


「今日は弁当作らなかったんだ?」

「あー、うん。なんかひとり分作るのってめんどくさくって」


 ユリはバツが悪そうに笑った。

 その気持ちは分からんでもない。

 ウチもふたり分の弁当を用意する必要があった去年までと違って、ひとり分の弁当を毎日早起きさせて用意させるのも忍びないな……と思って、今年は買い食いで済ませることにした。

 たまに気分で作ってくれる時があるから、それはそれとしてありがたくいただく。

 それ以外はもっぱら購買のパンが私の主食だ。


「昨日の夜も外食だったでしょ。セレブじゃん」

「わかる? わたくし、成り上りましてよ?」


 そう言って成り上がりセレブは、実に庶民的な味気ない醤油ラーメン(酢ドバドバ)を美味しそうに啜っていた。

 てか今週二回目のラーメンじゃん。

 元気な胃袋だなあ……。


 予定外の週替わり定食でお腹も心も満たされて、眠気に襲われる午後の授業をどうにか乗り切る。

 正直、もうどの授業も復習じみた内容しかないから、多少気を抜いても大丈夫だけど。

 だからこそ気を抜いちゃいけないっていう思いもあって、こぼれるあくびはぐっと噛み殺して過ごした。


 放課後勉強会も金曜日ぶりの四人体制。

 それぞれの勉強をしつつ、私と心炉がユリに教えて、たまにアヤセにも教える。

 変わらない。

 何も。

 すべてが元通り。


 変わることを期待してたわけじゃなく、むしろいつも通りであることは喜ぶべきだ。

 でも、どうしようもなく、よく似た異世界にでも迷い込んでしまった気分になるのはどうしてだろう。

 無用な心配が過ぎているだけっていうのは分かってるつもりなんだけど。


 同時に、それが他人の不幸に付け込むような考えにも思えて、ただただ嫌な気分になる。

 私ってこんな人間だったっけ。

 ひとつだけ言えるのは、結局のところ私がじたばたしても仕方がないってことだ。


 ユリのお母さんが亡くなったのは小学校のころだと聞いている。

 言っていたのはユリ本人だから信憑性は高い。もともと身体は強くなかったようで、特にユリが生まれてからは、毎日身体を騙し騙し生活していたようだった。

 ユリの中に残る母親の記憶の半分は、ベッドか愛用の椅子に座ってのんびり笑っている姿だという。


 家にいる時間が長くて家事は達人の域。

 ユリも幼いころからままごとがてら手伝っていたそうだ。

 あんな台風みたいな性格をしていながら生活スキルが高いのは間違いなくそのおかげだろう。

 中でも、ユリ宛てに遺してくれた秘伝のレシピノートは、それだけで他のレシピ本を買う必要が無いくらいに重宝しているもの。

 ノートの実物を見たことはないのだけど、きっと大事に、大事に、使っているんだろう。


 今日もレシピノートを使って晩御飯を作るのかな。

 食材を切って、味見をして、うまくできたなんて笑いながら。

 それをひとりきりの食卓で食べて――なぜか、その部分だけ上手くイメージできなかった。

 ぽつんと一人静かにご飯を食べるユリとか、あまりにも似合わなさすぎる。

 無表情で黙々としているのかな。


「明日休みだし、今日はウチに泊りに来ない?」


 空も暗くなった帰り道を並んで歩きながら、私はそんなことを口にしていた。

 我ながら脈絡なんてものはなく、思いつき任せの唐突な提案だった。


「いいの?」


 ユリがキョトンとしながら訊ねる。「どうして?」ではなくて「いいの?」。

 その反応に、私は自分の思い付きが間違ってなかったんだって自信を持つことができた。


「どうせ帰ってもひとりでしょ。夏にユリのお父さんが出張だった時もそうしたし……あ、同じようにユリの家に泊っても良いけど」

「あっ、うーん……泊っていいなら星の家が良いな」

「分かった。すぐ聞いてみる」


 一瞬考え込んだユリの気が変わる前に、スマホを取り出して自宅の番号をプッシュする。

 今の時間ならスマホよりこっちのが確実だ。

 数回のコールの後に出てきた母親に手身近に確認を取ると、ほとんど二つ返事でOKが貰えた。

 ユリの家族が入院したことは昨日親にも話していたので、むしろ「ぜひ連れといで!」って感じだった。


「じゃあ、着替えとか準備してウチに……って、ユリの家なら途中で寄ってっていいくらいか」


 ユリの家は、ウチから学校までの延長線上にある。

 だから先に帰って待つ必要も別にないな……って。

 夜道だから危ないし。


「そうしてくれると嬉しいかも」


 ユリも笑顔で頷いた。


「正直、誰もいない家に帰るのちょっと寂しかったんだよね」

「なら、誘って良かった」


 本当に良かった。

 てか、そう思ってるなら遠慮しないで言ってくれたらいいのに……って言うのは結果論で、本当は断られたらどうしようって内心は不安でいっぱいだった。

 私の方が変な気を遣ってしまっていたのかもしれない。

 ひとりだから心配だって、ストレートに伝えればいいだけだったのに。


「あ……勉強道具は持てるだけ持ってきなよ。今日明日ミッチリやるから」

「ひええ……それじゃあお泊り会じゃなくて合宿だよ」


 狼狽えるユリを見ていたら笑いがこぼれた。

 こわばっていた肩の力が抜けて、同時にどっと疲れがでた。

 正しく気を遣うっていうのは難しい。

 でも同じくらい、いつも通りを続ける方が、今の私には難しい。

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