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11月4日 どうせいっちゅー同棲

 昨日はあれから、ユリも含めてウチの親と話をして、とりあえず狩谷家としてはユリの親御さんが退院するまでの間、好きなだけ泊まってもらって大丈夫という約束をとりつけた。

 別に深刻な話し合いはしてなくって、ほとんどとんとん拍子ではあったけど。

 もちろんウチがOKだから決まりってことにはならず、ユリもユリで親と話をしてOKを貰うことができたらという前提のうえでの話だ。


 本来なら親同士でも一度話をしたいところだろうけど、そこは相手が入院中ということで、まずは当事者である子供を通して承認を取ることが優先された。

 大人の事情で通すべき筋――ようは滞在中の生活費とかは、快復してからゆっくり話し合えばいいということだった。


 子供側の誠意を見せるためにも、昨日に関してはユリを犬童家に帰すことにした。

 心配はあったけど「もう連泊しちゃってます」っていう既成事実みたいな状態を作ってしまうよりも、ちゃんと承認を得てから正式に泊まりに来た方が良いんじゃないかっていうことで、ユリも納得してくれた。

 そしてユリは家に帰り――その夜、父親から「ご迷惑をかけるが、ぜひお願いしたい」という旨の了承を得てきた。

 どうやら帰りがけに面会に行って、その場で約束を取り付けてきたらしい。

 相変わらずの行動力だ。


 ユリのお父さんも、本当なら電話くらい狩谷家に入れたかったようだが、何ぶんベッドの上から動けないので、代わりに一筆書いたものをユリが預かって来たという。

 それを今日、私は学校で受け取った。


「はあー、やるじゃん」


 放課後、勉強会の席でそのことを説明すると、アヤセは感心したように低く唸った。


「いくら呑気な田舎町と言っても、突然、一ヶ月も娘をひとり暮らしさせるのは心配だよなあ」

「うん、それお父さんも言ってた。あたしって信用ないかなぁ?」

「信用とかそういう問題じゃないと思うけど」


 単純な保護者としての心配だと思うよ。

 仮に何か事件や事故に巻き込まれても、病院から駆け付けることはできないわけだしね。


「それで、いつから一緒に住むんですか?」


 心炉が、どこかぶっきらぼうな物言いで尋ねる。


「なんか語弊のある言い方だけど……まあ今は私たちがメッセンジャーで、週末にウチの親がお見舞いがてら挨拶に行くらしいから、最短でその後かな」

「ふうん……そうですか」


 聞かれたから答えたのに、心炉の返事はどこか上の空だった。

 何か怒ってる?


 いや……いつもこんなもんかな。

 僅かに戸惑っていると、スマホに彼女からメッセージが届いた。


――コンサートの練習とか大丈夫なんですか?


 文字を見て、目の前の顔を見る。

 僅かに眉間にしわを寄せたむくれ顔は、やっぱり怒ってるのかもしれない。


――ぶっちゃけノープランだけど何とかする。


 私がユリには秘密にしておくって決めたのに、一緒に住むことになったら、秘密なんてあってないようなものになる。

 どうするべきか考えないといけないのは確かで、ノープランって言うのも言葉の通りだ。

 大事なことが矢継ぎ早に決まってしまったので、他のことを考える余裕はぶっちゃけなかった。


 心炉もとりあえず理解はしてくれたのか、それ以上、水面下でせっつくようなことはしなかった。

 けど、相変わらず機嫌は悪そうだったので、今度美味しいお菓子か何かでも差し入れてあげよう。

 できるだけ近いうちに。


「でも、明先輩の部屋か……なんかいい匂いしそうだな」


 アヤセが、ぼそっと呟くように言った。

 なんだその男子高校生みたいなコメントは。


「別に、何の変哲もない部屋だけど」

「でも、明先輩のベッドで寝たりするんだろ? それってなんかもう……アレじゃん?」


 心の男子高校生の前に語彙力をなんとかしろ。

 そうツッコミたいのはやまやまだったけど、言われてみたら確かにそうか。

 自分の姉のことだから何も感じなかったけど、ユリが姉の部屋を使って、姉の机で勉強して、姉のベッドで寝るのか……イメージしたら、なんだか悶々としてきた。


「私がアレの部屋を使って、ユリに私の部屋を使わせようかな」

「ええっ? それって何か意味あるの?」


 ユリの疑問は当然のこと。

 でも私にとっては、海溝よりも深い意味がある。

 姉の部屋を使われるよりも、自分の部屋を使ってくれた方が、なんか気持ち的に落ち着くし……あと私なら、気兼ねせずに姉の部屋を雑に扱える。

 移り香とか気にしないで、思う存分にアロマを焚いてやる。


「でもそういう事なら、今月はどっかで合宿in狩谷家を開催するか」

「なにそれ。てか、ウチでやることをなんでアヤセが企画するの」

「だって、今なら星の家に集まれば自動的にユリもついてくるわけだろ? オトクじゃん!」

「そんなジャパネットみたいに言われても……」


 仲直りしてから何かと当たりの強くなったような気がするアヤセだったけど、ふと冷静に考えてみたら案外悪くない提案かもしれない。

 そもそも、ユリが実家でひとりぼっちになって不安だし寂しいっていうところからスタートした話なのだ。

 仲のいいみんなで楽しく過ごすっていうのは、不安を紛らわす意味でも理に適っているような気がする。


「前向きに考えても良いけど……とりあえずユリがウチに住み始めてから、少し落ち着いて来たらね」

「むしろ、万が一ダメだった時こそ開催しないといけないんじゃないですか?」


 そう言われてみたらそうか……さすが心炉、するどい。


「その時はその時で。たぶん、一緒に住むのはほぼ確定だから」

「お父さんにも、下宿させてもらってる浪人のつもりでお世話になりなさいって口酸っぱく言われたよ」


 ユリの〝浪人〟って言葉にちょっとドキッとしたけど、たぶん時代劇的な意味での浪人なんだろうなって、少し遅れて頭が理解した。

 彼女の時代劇好きってどこから来たんだろうってずっと疑問だったけど、たぶんお父さんなんだろうな。

 よく一緒に映画観たりしてるみたいだし。


「じゃあ今週末は独身最後の夜ってことでぱーっとやるか!」

「やらないし、変なこと言わないでよ」

「アヤセさんのお宅で和菓子食べ放題なら考えても良いですよ」

「星も心炉もなんか冷たくないか……?」

「うう、ぱーっとやりたい……あたし、一ヶ月間勉強漬けになりそうなのだけが怖いよ……」


 不本意ながらテンションが下がっているアヤセとユリは放っておいて、私の方も今日明日くらいでユリの受け入れ準備をしておかなきゃな。

 目下は心炉に言われたこと――ブラックバードをどこにどう隠すかだ。

 まあ、こういう場合、頼るべきはひとりしかいないのだけど……。

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