お昼休み、今日はいつもの四人だけでなく、宍戸さんと穂波ちゃんも誘って大勢で弁当を囲むことになった。
というのも、ユリがウチに住むことが決まっての翌日、家にある食材をどうしようと相談を受けたのがことの発端だった。
冷凍できる限りはするけれど、入りきらないもの、冷凍するには及ばないものが結構ある。
ウチに持って来てくれたら母親は喜ぶばかりだろうけど、運ぶのは少々面倒だ。
折衷案を考えた結果、全部料理してしまってお弁当で食べようということになったのだ。
だから、今日はアヤセにも心炉にも弁当は用意しないで貰って、さらに四人でも食べきるのが不安だったので宍戸さんと穂波ちゃんも誘った。
というか穂波ちゃんが居れば、たぶん余るってことは無いだろう。
足りないって時は、購買から何か追加で買ってくれば良いだけのことだ。
「というわけで、今日は犬童家在庫処分会にお集まりいただき、まことにありがとうございます」
別に改まった会というわけでもないのに、ユリは立ち上がって恭しく頭を下げる。
穂波ちゃんにお願いして空けて貰った剣道場は、基本的に床に直座りのピクニック型式になる。
ひとり立ち上がると、ほとんど見上げるくらいの高さになって少々首が痛い。
「これでウチの冷蔵庫に思い残すところはありません。帰って牛乳を一本丸飲みするだけです」
「お腹壊すからやめときな」
冷静なツッコミを挟みつつ、昼食はスロウスタートな感じで始まった。
ユリが持ってきたのは、三段重ねの重箱いっぱいのお弁当。
唐揚げやミートボール、野菜のベーコン巻き、煮物なんかが中心で、小学校の運動会の弁当を思い出す。
「これ……全部、ユリ先輩がつくったんですか?」
宍戸さんが、壮観な光景にため息を溢した。
ユリは鼻高々に頷く。
「いかにも! まー、だいたい作り置きだけどね」
ユリは、弁当を覗き込んでおかずをひとつずつ指さす。
「鶏肉系は、下味つけといたのを揚げたり焼いたりしたヤツでしょ。ひき肉系も、肉だねだけ作っておいたのを味付け変えただけだし……煮物系は下茹でだけ済ませといた温野菜を煮汁で軽く煮たてて、あと朝までほっといて沁み沁みにしたやつで――」
宍戸さんは初めこそ真剣に聞いていたようだけど、途中から頭がパンクしてきてしまったようで、頭に「?」を浮かべながら頷くので精一杯のようだった。
その隣で、穂波ちゃんが取り皿に山盛りになったおかずを次々と頬張る。
「おいひいです」
「穂波はリスみたいで可愛いなあ……ほれ、たんとおたべ」
「ありがとうございます」
そんな彼女に、アヤセがのんびりと癒されながら餌付けを楽しんでいた。
実際、穂波ちゃんには食べさせたら食べさせただけ、マジックショーみたいに食べ物が消えていきそうで見ていて飽きない。
同時にこっちもお腹いっぱいになってくるから、ダイエットにはもってこいだ。一家に一台『ぱくぱく穂波』……食費はすごそうだけど売れそう。
「そう言えば聞いてください」
穂波ちゃんは、咀嚼していた分をごくりと飲み込むと、背中越しに壁の方を見上げる。
そこには歴代の賞状なんかが飾られていて、その中にひとつ、新しいものが混ざっていた。
――女子個人戦 第3位 八乙女穂波。
「三位ですか。それはすごいですね」
皮肉以外でめったに褒めない心炉が、珍しく素直な賛辞を口にした。
そう言えば、この土日が県の新人戦だったっけ……ユリのことですっかり意識の外に行ってしまっていたけど、ベストフォーとは大したもんだ。
「東北大会にくらい進めるの?」
「いえ、新人戦の個人は上の大会が無いので……」
「ああ、そうなんだ。団体戦の方は?」
「決勝トーナメントまでは行きましたが、その初戦で強豪校に負けちゃいました」
「なるほど……お疲れ様。そして三位おめでとう」
「ありがとうございます。明さんのおかげです」
穂波ちゃんがニコリと笑う。
今でこそ満足そうにしているけれど、全国を目指す彼女にとっては、きっと悔しいベストフォーだったに違いない。
もちろん、一年生であることを考えたら県ベストフォーなんて快挙だろう。
だけど、穂波ちゃんは夏の県大会でベストエイトに上がり、三年生と互角に渡り合った実績がある。
そこから考えたら当たり前の結果であり、三年生が引退してなお、県内にふたりか三人も立ちはだかる存在がいるってことだ。
勝負の世界では、実力のほかに世代の運というものもある。
例年に比べて強者が揃った世代は、やはり上位へ食い込むのが難しい。
その点で考えたら、彼女はかなり厳しい世代を過ごしているのではないだろうかと感じられた。
「夏は優勝だね」
だから私は、応援も兼ねてそう檄を飛ばした。
穂波ちゃんも、目を細めるくらい満面の笑みを浮かべて、力強く頷く。
「はい」
するとユリが「いいもの見たな~」という顔をしながら、穂波ちゃんの皿に次々おかずを積み重ねていった。
「そうと決まったら、たくさん食べて成長しなきゃね! あと十センチは伸ばそ! まだまだこれから伸びるよ!」
「ありがとうございます。でも、揚げ物ばっかり食べたら縦より横に伸びちゃう……」
穂波ちゃんは遠慮がちに答えたけど、皿に乗せられた分は残さずもりもり食べていた。
こうしてみると、本当に運動量だけでカロリーが消費されてるんだろうな……ひと月くらい部活を休んだほうが、むしろたんと育つのではなかろうか。
みんなで、年下の従妹でも見守るようなのほほんとした時間を過ごしていたら、いつからか、宍戸さんがしきりに私に視線を送っているのに気付いた。
話をしたいのか……それとも、ただ伺っているだけなのか。
どっちともつかないけれど、今この場において、彼女が何を考えているのかは、何となく分かるつもりだった。
「……大丈夫。抜け駆けするつもりはないよ」
彼女にだけ聞こえる声量で、そう言い添える。
「いえ……わたしは……」
「でもこの先、宍戸さんが立ち止まってしまったら、私は容赦なく先に行く」
「あ……」
私の言葉に、彼女は思い詰めたように息を飲む。
「……はい、わかりました」
そうして、いくらかためらいながらも確かに首を縦に振った。
彼女も前に進んでいる。
遠回りかもしれないけど確実に。
私も立ち止まることは許されない。
たぶん今は綱渡りみたいな状況で、ギリギリの道を、でもゴールのある道を、一歩ずつ歩いている。
落ちたって、下にネットか何かがあって助かりはするだろうけど、それで挑戦は終わってしまう。そんな一本道。
渡り切った時に私は――いったい誰にそのことを自慢したいのだろうか。
道の向こうに見える人影は、実際のところ、未だ朧げだった。