ユリがウチに来て二日目。
学校に行って帰って来るまでの時間を思えば、思いのほか目に見えた変化はなかったような気がする。
なんだかんだで初日の夜がピーク。
一夜明けて興奮が収まってみれば、一気に日常として受け入れようとし始めるのは、ある意味で人間の生きる知恵なのかもしれない。
変わったところがるとすれば、今日は母親が久しぶりに弁当を作ってくれた。
ユリがいるから張り切ったんだろうなっていうのは言うまでもない。
弁当箱は姉のものを使っていた。
お昼休みになって、見たことのある弁当箱を並べて、同じおかずが詰め込まれているのを見ると、高校に入ったばかりのころを思い出す。
入学したばかりの私に、何かと姉が絡んで来たころ。
そこには姉の友人として、続先輩の姿もあった。
思えば、そういう関係性がなかったら、ユリが先輩と出会うこともなかったのかもしれない。
だとしたら、こんなややこしい恋をしなくても済んだのかな。
もっと素直に自分の気持ちと向き合って、ドキドキして、積極的で……いや、それは無いな。
なんだかんだで、私は私で変わらなかっただろう。
度胸もなければ自信もない。
あったら、ユリの気持ちなんて関係なしに、もっとアプローチをかけていたはずだ。
一度でも身を引くことをよしと考えたっていうのは、結局そういうこと。
水曜日なので、心炉も交えた放課後勉強会を終えて帰路につく。
さっそく一緒に暮らしてることをアヤセにイジられたりして。
その間、心炉は相変わらず不機嫌そうだったりして。
まあ、アヤセのことだから絶対にないけど、受験終わってるからヘラヘラしてるように見えるのは良くないよね。
帰ったら、アヤセにも心炉にも、それぞれフォローのメールを送っておこう。
バランサー(笑)とか、潤滑油(笑)とか、ネット上だとよく馬鹿にされてるけど、それっぽい立場を演じてみると思いのほか気分が良かったりする。
それも、つまりは自分で自分に自信がないから、誰かと繋がっている、誰かの役に立っているっていう環境を、脳みそと心が喜んでるんだろうなって思った。
生徒会の仕事は面倒だったけど、なんだかんだで嫌いじゃなかったのも同じことだ。
「星~、鶏肉とってきて。モモじゃなくてムネ。もしくはお徳用パックあったら手羽元でもいいよ」
「グラムで安い方ってことね」
帰りがけのスーパーで、ユリが調味料コーナーを物色してる間に、私は頼まれたお肉を探しに出た。
昨日、狩谷家の初夜のお夕飯をいただいて、朝ごはん、そしてお昼ご飯まで平らげたユリは、明日の夕飯を自分で準備したいと言い始めた。
今日じゃなくて明日なのは、今夜のうちにあらかた仕込んでおくため。
メニューは唐揚げということだ。
手羽元も唐揚げにできるんだね。
まあ、できないってことはないか。
どちらかと言えばフライドチキンのイメージが近くなるけど、似たようなもんだもんね。
いつだかユリとこうしてスーパーでバッタリ会って、一緒に買い物をしたことがあったけど、今日は気分的に大きく違う。
やっぱり、同じ家で同じものを食べるために、同じ買い物をするっていうのは、すごく、なんていうか……いい。
言葉にはしづらいんだけど……ひとことで言えば、家族って感じがする。
あの時、ユリが買ってたのはエビカレーの材料だったっけ。
ウチにいる間に、一回は作って欲しいな、エビカレー。
手放しで美味しいのが保証できるから、私の友達はこんな旨いものが作れるんだって、両親に自慢してやりたいような気持ちだ。
そういや、今月どっかで合宿しようなんて話もあったっけ。
まだ日取りも何も、そもそもほんとにやるのかも決まってないけど、どうせならその時の方が良いかも。
そんなことを考えながら、私は精肉コーナーで「お徳用メガパック!!」と銘打たれた手羽元を確保して、ユリのもとへ戻った。
唐揚げもいいけど、手羽元ならすっぱ煮もいいね。
鶏の出汁をたっぷり吸った大根と煮卵は、これ以上ないごちそうだ。
「あっ、手羽元あった? じゃあケイジャンスパイスにしようかな。星の家って辛いの大丈夫?」
「ものすごく強いってわけじゃないけど、人並みには食べるよ。母親、麻婆とか得意だし」
「じゃあ、辛みより香りメインのほうでいこ。辛さだけなら後から調節できるしね」
私からしたらナンタラスパイスがどんな味なのかも分からないけど、とりあえずピリッとするのは確かなようだ。
コンビニのスパイシーチキンみたいなものかな。
アレ系なら私も好きだけど。
「まだ暮らし始めたばっかりなんだし、あんまり力入れなくても大丈夫だよ」
まだ二日目なんだし、正直お客様気分でいてくれてもいいくらいなのに。
何となく飛ばし気味のように見えて、私は軽くセーブを入れておく。
「親もなんだかんだで料理自体は好きでやってるし、土日に作ってくれるだけでも十分楽しみにしてたみたいだし」
「大丈夫だよ。そんなに気合入れてないし。ふつーだよふつー」
ユリは、確かに当たり前のように笑いながら、慣れた様子で調味料をポイポイと買い物かごに入れて行った。
「そうだ、ポテトサラダも作ろう!」
良いこと思いついたと言わんばかりに、ユリがポンと手を叩く。
流石に、もうツッコムのは野暮なので、好きなようにさせておくのが一番だろうなと理解した。
「じゃがいもなら納戸に袋一杯あるよ」
「じゃあ、チーズ買ってこ! 入れると美味しいんだよねえ」
「それならキュウリとマカロニも入れて、主食代わりのボリュームのやつがいい」
「いいよー、それも買ってこ。マヨネーズは?」
「冷蔵庫にあるけど……私は入れない方が好き」
「おっけー。ポテサラってご家庭の味付けがあるよねえ。犬童家は粒粗めで、おいもゴロゴロしてる。あとチーズ!」
「気にしたことなかったけど……基本はマッシュポテトみたいに完全に潰れてるかも。代わりにキュウリとかマカロニとかで食感出してて。あと、ちょっと酸っぱくて」
そう言えば……マヨネーズ使ってないなら、あの酸味はなんなんだろう。
ほんと、何も考えずにただ美味しい美味しい食べるだけだったから、今になって初めて疑問に思う。
酢まぜてるとか……?
そんなことある……?
「バルサミコ酢入れるポテサラとかあるけど、星の家ならたぶんヨーグルトかなあ?」
「なんでウチだとヨーグルトなの?」
「星、お腹あんまり強くないから」
ええ……そんなんで?
「朝ごはんにもヨーグルト出たしね! しかもあれ、買ってるんじゃなくて作ってるやつでしょ?」
「まあ、毎朝食べるから……いつだか、知り合いに種菌貰ったとかで作るようになったね。小学校くらいの時かな……?」
思ったら、それからずっと培養を重ねて、今日まで作り続けてるのか。
そう思ったらすごいな乳酸菌。
「腸内環境を整える気配りだね。すばらしいねえ」
微笑みながら頷くユリを前に、私は愛想笑いをうかべて返す。
ううん……そっか。
今までポテサラひとつで、そんなにいろいろ考えて献立組まれてたのか。
全く気にしたことが無かったし、当たり前のように食べて来た。
でも、そんな日常の当たり前って言うのは、誰かの試行錯誤の積み重ねでできているのかもしれない。
昨日、ご飯を作っても反応が無いって、母親に半分拗ねられたけど、少しだけその気持ちを理解できるような気がした。
今日もちゃんと、美味しかったら美味しいって言おうかな。