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11月10日 YURI’Sキッチン

「さーて、やりますか」


 部屋着のジャージ姿に着替えたユリが、家から持ってきたマイエプロンをつけて息巻く。

 今日は、放課後勉強会をいつもより一時間ほど早く締めて家路を急いだ。

 昨日仕込んだお夕飯を作るためだった。


「星は勉強か何かしてていいよ?」


 すぐ傍で何に手を付けたらいいのかも分からず、棒立ちになっていた私に、ユリが声をかける。


「いや、私も手伝う。せめて……そう、ポテサラくらい」

「そう? じゃあお芋ゆでて貰おうかな?」


 普段は絶対にしない手伝いをする気になったのは、ユリが台所に立っているからが半分、そしてほんの気まぐれが半分。

 昨日の買い物で触発されたのは確かだろう。


 ユリは、昨日のうちにタレに漬け込んでいた手羽元をレンジかけて、常温に戻しているようだった。

 その間に私は、納戸からごろっと持ってきたじゃがいもを軽く洗って、皮を剥き始める。


 皮が剥けたら、ユリと入れ替わりにレンジを占有して、耐熱ボウルに切ったじゃがいもと水を入れて、ラップをして十分ほどチン。

 若干足りなかったので、もう数分追加して、即席ゆでじゃがを作り上げる。


 その間に、小鍋にお湯を沸かしておいてサラダマカロニの準備。

 それも済んだら、次はキュウリを短めの輪切りにする。

 料理は基本的にマルチタスク脳の仕事だと思う。

 ぶっちゃけ私は、少し苦手。

 だからすすんで手伝いもしないのだけど。


「星、お塩使う?」

「塩? ああ、マカロニゆでる時に入れた方が良いかもね」

「じゃなくて、キュウリの塩もみ用」


 塩……もみ?

 言われてる意味が分からなくて、絵に描いたように首をかしげてしまった。


「そのまんまだと後から水分出てべちゃべちゃしちゃうからって、やらない?」

「ああ……そういうのもあるのね」


 言われてみれば確かにそうだ。

 体積のほとんどが水だというキュウリを、塩味のマッシュポテトの中に突っ込んだら、さぞびしゃびしゃに汗をかくだろうよ。


 だけどそもそも、そういう考えが頭になかった。

 自分なりに手際よくできてたつもりだったけど、たったそれだけですっかり料理を嗜まない人感が出てしまった。


 切ったキュウリを小さめのボウルに入れて、さっと塩を振って、指先で猫を撫でるように優しく混ぜ込む。

 どんぐらい置けばいいか分からなかったのでユリに聞くと、五分くらいということだ。

 マカロニが茹で上がる時間まででちょうど良さそう。

 ちょっとひと息つく時間ができたね。


 その間、ユリはと言えば……私があくせくしている間に、キャベツとパプリカと茹でブロッコリーの和風サラダをサクッと作り終えていた。

 和風って分かるのは、白だしと塩昆布を和えているのを見たから。

 食べる前から美味しいやつだろうなって、口の中にツバが溜まった。


 私も遅れてらんないな。

 レンチンのじゃがいもが扱いやすいくらいに冷めたので、ポテサラ作りを再開する。

 と言っても、後の作業はそんなに難しいことはなく、ひたすらじゃがいもを潰す。

 親の仇のように潰す。

 ウチのポテサラは、べっとりとしたマッシュポテト状だから、欠片のひとつも残さないくらいに

 潰す。

 潰す。

 潰す。


 これ……ストレス発散になるな。

 例えるなら、梱包材のプチプチを潰してるような感覚。

 後はそこに、塩胡椒、マスタード、ハム、さっきのキュウリ、マカロニ。

 そして、ユリが言う狩谷家式ポテサラの隠し味(?)であるヨーグルトを投入すると、なるほど、いつも食卓で見るポテサラの感じになっていた。


 スプーンで舐める程度に味見。

 そうそう、このサッパリした感じ。

 でも、ちょっと塩気が足りないかな。

 そう言えば、ユリがチーズ入れようって買って来てたのがあったな。

 よくパスタとかにかける用の粉チーズだけど、冷蔵庫から取り出して、ざっと上から振りかける。

 また味見。

 うん、チーズの塩気のおかげか、程よい感じになっている。


「あ、ポテサラできた?」

「うん。薄口かもしんないけど、私はこれくらいでちょうどいい」

「どれどれ、ひとくち」


 そう言って、ユリは「あーん」と口を開けて待機していた。

 両手は唐揚げの準備でタレと、衣の粉まみれみたいだし、仕方ないな。

 私は同じスプーンで掬ったポテサラを、彼女の口の中に放り込んでやった。


「ん~、なるほど。ヨーグルト入れたポテサラってこんな感じになるんだ」

「おいしくない……?」

「ううん、美味しい! あれ思い出しちゃった。給食とかでたまに出たヨーグルトサラダ」

「ああ、あのリンゴとか入ってるやつ……私苦手だったな。おかずなのかデザートなのかよく分からなくって」

「確かにー。あれに比べたら、これは立派におかずで主食だね!」


 そうこうしてる間に、ユリの唐揚げも完成が見えて来た。

 衣をつけた端から揚げられていく手羽元たちは、次第にスパイシーな香りを漂わせはじめる。

 残念なことに、ナンタラスパイス初挑戦な私は、その香りを表現する語彙力を持ち合わせていないけど。

 ひと言で言えばエスニックな感じというか、赤道直下な香りがする。


 ちなみに、後で調べてみたらアメリカ料理のひとつらしく、エスニックも赤道も全く関係なかった。

 世界は広い。


「辛さ大丈夫かなあ? 星、一個食べてみて」


 ユリが、お箸で摘まみ上げた唐揚げを私の前に差し出す。

 これは、さっきのお返しってことなんだろうか。

 流れでそのままかぶりつこうと思ったけど、ふと揚げたてだよな……ってことを思い出して、踏みとどまった。


「いや、ちょっと冷めてからにするよ」

「えー、たぶん大丈夫だよ?」

「そう……? あ、いや、やっぱりちょっと置いてから」


 一瞬、気持ちが揺らぎかけたけど、衣がジュワジュワと弾けたのを目にして、やっぱりぐっと思いとどまる。アツアツおでんを食べさせられる拷問じゃないんだからさ。こんなところで口の中の皮がべろべろになるのはごめんだ。


「うーん、じゃあこれならどうだ!」


 ユリも引っ込みがつかなくなってるのか、ふーふーとたっぷり息をふきかけてから、もう一度私に唐揚げを差し出した。

 ううん……三度も例を尽くされたら仕方ない。

 私も覚悟を決めて、ホカホカのチキンにかぶりついた。


「あっ……あひっ……あ、でもちょうどいい」

「でしょ? 真ん中骨だから、思ってるほど熱くないんだよ」

「あと美味しい。辛さもちょうどいいよ」


 なんだろう、カレー臭くないカレーって感じ……?

 なるほど、ケイジャンってこういう味なんだ……やっぱり結局は東南アジアとか、中東とか、そういうニュアンスの印象を受けるけど、スパイスの原料自体は似たものを使ってるのかもしれないね。


「あら、いい匂いじゃない」


 玄関が開いた音がして母親が帰って来た。

 そのままリビングへ来るなり、夕飯の準備をしているユリ、そして私を順に見て、驚いたように目を丸くする。


「……ユリちゃん、このままウチの子にならない?」

「え、ええー?」


 母親が何を言いたいのかは、ひしひしと伝わるよ。

 でもほんとにユリがウチの子になったなら、私は喜んで毎日お手伝いをすることだろう。

 ただし、ユリと一緒なのに限るけどね。

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