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11月11日 守備範囲

 お手洗いに行ったら、化粧台でアヤセとバッタリ会った。

 なんか、ちょっと前にもこんなんあったな。

 あの時は、ちょっと関係がぎくしゃくしかけてた時だったけど。


 あれから、アヤセとの関係は……まあ、良好と言って良いだろう。

 ちょっと絡みのウザさが増した気がするけど、距離が近くなった結果だとしたら悪いことじゃない。

 そうだって私も胸を張って言えるから、こっちだって多少は雑に返せるというものだ。


「調子良さそうじゃん」

「まあね。絶好調」

「うわー、嫌味かよー!」


 してやったつもりがやり返されたらしい彼女は、大げさに顔をしかめながら身をよじった。


「で、結局? ユリにはお前の部屋貸してんの?」

「ああ……うん、まあ便宜上はそうなんだけど。今はほとんど一緒の部屋で過ごしてるかな」

「ほとんどって寝る時も?」

「寝る時も」

「かあー! ラブコメかよ!」


 アヤセはよく分かんない雄叫びをあげて、ピシャリと自分の額を叩いた。

 ものすごく良い音がした。


「つまり、昨日はお楽しみでしたね?」

「馬鹿言ってんじゃないよ。てか、一緒の部屋で寝るくらいお泊り会とかで普通にしてるでしょ」

「そーかもしんねーけど、なんかちゃうじゃん?」

「同じだよ。何言ってんの」


 実際、これはお泊り会の延長みたいなものだ。

 その期間が一日二日じゃなくって、数週間、一ヶ月と長いだけ。


 ……というのは、ここ最近、寝る前に布団で自分自身に言い聞かせていることだ。

 良い環境で良い思いをしているからって、満足しちゃいけない。

 私が求めているのは、こんな一時の快楽じゃないんだ……って。


「じゃあ、一緒にご飯作ったり?」

「昨日したの知ってるでしょ」

「一緒にお風呂入っちゃったり?」

「……何で知ってんの?」

「おはようと行ってらっしゃいのキスとか?」

「頭湧いてんの? てか、ふたりとも『行ってきます』だっての」


 何なんだいったい。

 今日はいつもよりウザさ数倍増しのような気がする。

 当の本人は全く悪びれる様子もなく、なにやら指折り数えて、また顔をしかめた。


「くそー、もうイベントスチルほぼコンプじゃん。あとは修羅場イベントか告白イベントしか残ってなくね?」

「何の話をしてるの?」


 話に全くついていけないので、私は考えることを放棄した。


「相談に乗れるように恋愛偏差値上げとくっつっただろーよ」

「そんな話したっけ?」


 したような……しないような。

 そのくだりはあんまり重要なことじゃなかったと思うので、いまいちよく覚えてない。


「だから、かれこれ十人は攻略したぜ」

「すごいじゃん」

「男も女も入れ食いだ」

「守備範囲広いね」

「結局、好きになってくれるヤツが好きなのさ……」

「その割にはリアルじゃ恋人作らないじゃん」

「それとこれとはぁ、なんか違うっていうかぁ」


 アヤセは急にギャルみたいなくどいイントネーションになりながら、おさげの先っぽをくるくると指先に巻いた。


「私の場合、地元出てくの決まってるようなもんだったから、なんかほら……めんどくさいじゃん」


 そう言って笑う彼女は、それまでのおどけた感じとは違って、いくらか真面目な様子だった。


「遠距離は無理ってこと?」

「うーん……というよりは、無理かもしれないし、実際に無理だったときこじれそうだし」

「じゃあ卒業したら別れたら良いじゃん」

「それはそれで、損切りみたいに見えて面倒じゃんかよー!」


 なんか、やらないんじゃなくってできない理由を探してるように聞こえるけど。

 でも、人付き合いのめんどくささの極地を経験した彼女なら、そう言うのも普通以上に気にかけてしまうのかもしれない。

 今の私にはそれが分かるだけ、まだ彼女の立場になって考えることもできた。


「じゃあ、キャンパスライフで頑張ってどーぞ」

「くそう……とことん他人事かよ。てか、私は大学も女子大なんだが」

「関西だしインカレとかあるでしょ。それに別に女子でもいいじゃん」

「うーん、言われてみればそうか」


 アヤセは納得したように小さく頷く。


「あんたはたぶんどっちでもいけるほうでしょ?」

「深く考えたことはねーけど、たぶん、好きになったヤツを好きになるタイプ」

「いいね。八○億もチャンスあるじゃん」

「宇宙人とか天使とか悪魔とか、なんなら幽霊でもいいぞ。アンドロイドなんてのも夢があるよな。あとバーチャルAIとか」

「オタクの守備範囲広すぎ」

「ただし美男美女に限る」

「やっぱ狭かったわ」


 呆れたように笑みがこぼれた。


「そういや、日曜はショーワで良いんか?」


 尋ねられて、私は頭の中のスケジューラーをぼんやりと思い浮かべる。


「うん。スタジオ借りてるから。料金は割り勘ね」

「そりゃもちろん」


 クリコンに向けた一度目の合同練習を行うことになったのだけど、音楽室は吹奏楽部が使うし、仕方なく外部のスタジオを借りることになった。

 高校のすぐ近くにある音楽スタジオ「ショーワ」は、同じく校内に練習拠点のない軽音部御用達の老舗スタジオだ。

 小さめながら箱もあるので、ライブなんかも開催されている。

 私も付き合いで、軽音部の子の演奏を見に行ったことがある。


 練習スペースに関しては天野さんの家も候補に入れていたけど、流石に大人数で押し掛けるのは手狭だし迷惑になってしまうので、家主本人に相談する前から取り下げることにした。


「ドラムセットは借りれたからアヤセは手ぶらでいいよ」

「助かるぅ。マイバチだけ持ってくわ」

「そんなん持ってたの?」

「やっぱ、本格的にやるってなったら手に馴染んだもの使わないとなと思って。リズム取るだけなら家でも練習できるし。あとゲーセンでも使える」


 ああ、確かに……たまに、ドラム用のバチで太鼓とかやってる高校生いるね。

 アヤセは、ひとしきり身だしなみを整え終えると、念を入れるように最後にまた手を洗う。

 その水気をハンカチで拭いながら、ニッと歯を見せて笑った。


「なんだかんだで楽しみだわ。誘ってくれてサンキューな」


 なら良かった。

 アヤセだけはまあ、なんだかんだでノッてくれるだろうなとは最初から思ってたけど。

 実際に入れ込んでくれているのを見ると、こっちこそ誘って良かったという気になれる。


 さて……問題は私の方だね。

 結局今週は練習できなかったわけだし。明日、運よく天野さんが家にいるようなら、お願いしてみっちりレッスンをつけて貰おうか。

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