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11月20日 二日目のカレー

 翌日は、いつもよりも早く目が覚めた。

 昨日の寝る時間が少し早かったせいもあるだろうけど、ダラダラ二度寝することもなく、スッキリと頭が冴えわたっていた。


「……おはようございます」


 私の気配を感じ取ったのか、心炉もほとんど同じくらいに目を覚ましていた。

 彼女は、まだ半開きの目を軽くこすってから、口元に手を当てて小さなあくびをひとつこぼす。


「眠いなら、もう少し寝てても大丈夫だと思うけど」

「いえ……私、二度寝って好きじゃないので」

「へえ、変わってるね」


 私は、眠って良いならいつまでも寝てられる気がするけど。


「二度寝自体が嫌いってわけではなく……なんだか、時間を損した気分になるじゃないですか」

「そうかな?」

「そうです」


 その価値観は、あまり共有できるものじゃなかった。

 部屋の外で、扉がパタンパタンと空いたり閉まったりする音が聞こえる。

 たぶん、ユリ達も起きているんだろう。

 あっちは早起きのユリがいるし、もしかしたらこっちよりも先に起きて、ダラダラしていたのかもしれない。


「とりあえず……寒いし下に行こうか」

「そうですね。あの……できれば何か、羽織るものを貸して貰っても良いですか?」

「ああ、それくらいなら」


 クローゼットから薄手の秋用カーディガンを引っ張り出して心炉に手渡す。

 私も少し肩が冷えてきたので、家用のジャージを一枚、寝巻の上から羽織ることにした。


「さー、二日目のカレーだよー」


 三○分ほどが経って、みんな揃って朝食をとる。

 朝ごはんのメニューは、昨日の残りのカレーに加えて、スープ代わりに母親が昨日の夜に仕込んでくれた芋煮があった。


「いや、朝から芋煮って」

「お隣さんから美味しいお芋貰ったのよ。せっかくだから食べさせたくって」


 母親が無駄にお茶目に言うので、朝からちょっぴりイラっとした。

 芋煮なんて、ぶっちゃけそれだけで主食にしていい私にとって、この組み合わせはラーメンチャーハンセット並の重量とインパクトがある。

 カレーは少し少なめに盛ったけどさ。

 ちなみにウチの芋煮は例外なく内陸風の牛肉で醤油味だ。

 豚肉と味噌味の芋煮が出ることはない……っていうか、それなら最初から大根と人参たっぷりで豚汁にした方が美味しい。


「いや、芋煮はいつ食ってもうめーって。てか、大鍋で作ったらカレーと同じで翌朝も芋煮になること多いだろ」

「それとこれとは違うって」


 アヤセの言わんとしてることは分からなくはないけど、それって余ってるから食べてるわけで、朝食のためにわざわざ作るのは違うんじゃないかな……?


「これはつまり、お昼ご飯は芋煮カレーうどんだね……?」


 ほくほくの里芋を頬張りながら、ユリがぽつりとつぶやいた。

 他の三人は、一様に息を飲む。


「おいおいおい……天才かよ」

「実は私、芋煮のシメをカレーうどんにするって、高校生になってから知りました」

「私も、中学の部活の芋煮会で初めて知った……」


 シメに冷凍うどんや餅を入れるのは鉄板だけど、いつの間にやらカレーを溶いてカレーうどん、ないしそのままカレーライスにお色直しするのもすっかりと定番になってきた。

 芋煮単体なら郷土料理って感じがするけれど、こうなると一気にB級グルメ感が増してくるのはなんでだろう。

 足し算の料理っていう感じがするからかな。


「でもエビカレーって芋煮のスープに合うの? 牛出汁とエビ出汁って」

「甘いよ星。動物と魚介のダブルスープは、今やラーメン界の定番だよ」

「いや、知らないし……てか、ラーメンじゃなくてカレーうどんの話だし」


 ユリが語ってくれたのは良いけれど、全くピンとこなかった。


「それを言ったら、芋煮は魚介系の出汁醤油を使ってますから、既にダブルスープですよね」

「なるほど……言われてみればそうだね」


 心炉の補足でようやく納得が得られた。

 じゃあ、芋煮エビカレーならトリプルスープってこと?

 牛と鰹とエビの奇跡の競演……思いのほか味が想像できないだけに、少しだけ楽しみになってきた。


「ちなみに、芋煮のタレって何使う? ウチ、マルジュウだけど」


 唐突にアヤセがそんな話題を振って来る。


「たぶん、私の家もマルジュウですよ」


 心炉が言う。


「ウチは……」


 気にしたことが無くて、台所の母親に視線を送る。

 すると母親は、流しの下から『うまいたれ』と書かれたラベルの味醤油を掲げて見せてくれた。


「すげー直球なネーミングのタレだな……はじめて見た」

「私、芋煮ってマルジュウだけだと思ってました……」


 マルジュウ二人組がカルチャーショックを受けたような顔で、目の前の椀の中身を見つめていた。私も、タレの製品名を知って食うのは初めてだよ。

 なんだか、不必要に新鮮な気持ちになってしまった。


「んで、ユリは?」


 アヤセが、まだ答えてないユリに問う。

 ユリは、ふふんと胸を張って答えた。


「味どうらくの里!」

「味どうらくの里!?」


 思わず三人でハモってしまった。

 勢いで驚いたけど、なんだっけ。

 まあ出汁醤油なんだろうけど。

 おぼろげな記憶の中で、ローカルCMか何かで見たことはあるかもしれない。


「これは……戦争ってことでいいのか?」

「醤油か味噌かの次に不毛な争いの気がしますからやめましょうよ」


 声をひそめたアヤセに、心炉のツッコミが飛んだ。

 冷静な風を装っているけど、さり気に『醤油か味噌か』を一番無駄な争いと言い切っている辺りに、内陸人のナチュラルなプライドが感じられる。

 ぶっちゃけ、旨けりゃ何だっていいよ……ひとり暮らしするようになったら、値段っていう物差しが増えるかもしれないけど。

 ちなみにどれが一番高いんだろう……忘れなかったら、後で調べてみよう。

 たぶん忘れそうだけど。


 それから、午前中かけてみっちり勉強をして、宣言通りにお昼は芋煮エビカレーうどんを食べた。

 味に関してはバッチリ美味しかったけど、出汁が複雑すぎて、言葉にするのはちょっと難しかった。

 簡単に表現すれば、エビが香ばしい、甘辛系のカレーうどん。

 私の舌の語彙力じゃ、これが限界だ。


 午後も最初は少しだけ勉強して、軽くお茶をして、まだ明るく夕方になる前に解散の流れとなった。


「あー、楽しかったぁ!」


 玄関先でアヤセたちを見送って、ユリは、うんと背伸びをした。


「だったら、開催して良かったね」

「うん! 毎週やっても良いくらい!」

「それは流石にちょっと……」


 私は別に構わないけど……流石に両親に悪いので、それはやめておこう。

 ただでさえ、ユリを預かるっていう面倒をかけさせているわけだし。

 もちろん、嫌々やってるわきゃないと思うけど、そこは程度の問題だ。


「次はクリスマスまで我慢しときな」

「あ、そっかあ……うん、そうだね!」


 ユリは思い出したように口にして、それからニヘラと笑った。

 自分で言ってなんだけど、クリスマス……いいかげんに何をどうするのか、考えておかなくっちゃな。

 それにコンサートのことも――流石に、観においでよっていうのはどこかのタイミングで切り出さなくっちゃ。

 それがきっと、一番の重労働だっていうのは、考えなくても分かり切ったことだった。

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