今日は、今月二度目の週中の祝日だった。
私が生まれてくる前は、祝日はみんな日付が決められていたらしい。
普通に考えたら、祝日にするくらいだから「その日であること」に意味があるものなんだろうけど、生まれついてから三連休が当たり前だった身としては、週の真ん中にぽつんとある休日が発生すると、持て余すというか、いくらか損した気分になってしまう。
「うん。苦手なところもあるみたいだけど、最後までつっかえなくなって来たね」
そんな祝日を無駄にしないためにも、今日も天野さんの家でベースの練習だ。
いいかげん楽譜も頭の中に暗記し始めて来たところで、メロディを追うだけでなく、その正確さに重きを置いて練習ができるようになってきた。
「流石に、メンバーに気を遣わせたまんまっていうのは、私も嫌なので」
「須和さんだっけ。あのキレーな子だよね」
そう言えば、元バイト先に連れて行ったこともあったっけ。
学園祭の時の吹奏楽部の演奏会も足を運んでいたようだし、認識はしていて当然か。
「今度の合同練習っていつの予定なの?」
突然の天野さんの問いに、私は頭の中のカレンダーを思い出しながら答える。
「十二月の最初の日曜日ですね。その後は、コンサートの日まで、短い時間ずつでもできる限り集まろうって話しになってます」
「それは学校とかで?」
「休みの日なら、スタジオを借りるつもりですけど……」
流石にそれだけじゃ、曲の完成が間に合わない。
賞を狙うようなコンクールではないとはいえ、参加する以上はそれなりのものを演奏したい。
せめてものラインが〝ガルバデ〟レベル。
だけど、得意楽器ではないとはいえアマプロみたいなのがふたりも居ることを考えると、越えなければならないハードルはもう少し上にあると見ていい。
そうなると必然、集まりやすい学校での練習も必要になる。
いよいよ、首が回らなくなって来たのではなかろうか。
「日曜日の練習、もしよければ私も見に行って良いかな?」
突然そんなことを言い始めた彼女に、私はあっけにとられて、僅かに反応が遅れてしまった。
「それはありがたいですけど……え、良いんですか?」
「指導しようとか、そういう言うんじゃないよ。単純に、狩谷さんがどんな子たちと演奏してるのかなって興味があって」
「はあ……まあ、それは別に。というか、指導してもらえるなら、その方がむしろありがたいです」
特に、須和さんのこと見てくれるとありがたいなって、私は思った。
今の私たちの練習は、ほぼ須和さんが取り仕切っていて、ほとんど彼女の言いなりだ。
それ自体に不満はないのだけれど、代わりに彼女自身の練習かおろそかになってるんじゃないかって、私はそれが心配だった。
誰も、彼女の演奏のブラッシュアップができない。
頭が上がらないとか、そう言う話じゃなくって。
須和さんがチーム全体のレベルアップに力を注いてくれていて、みんなそれに応えようと必死だから、誰も須和さんの演奏まで気を回せる人間がいない。
楽器に慣れ始めのころこそ、宍戸さんからレクチャーを受けたりしていたようだけど、彼女も今は自分のトランペットのスキルを培うので精一杯だ。
よくも悪くも、私たちは須和さんに頼りすぎている。
そりゃ、できる人に頼るのは心理的に当たり前のことなんだろうけど……それでもだ。
「じゃあ、時間と場所を後で連絡しますね」
「うん、よろしくね」
そう言って、天野さんはにこりと笑った。
練習を終えて家に帰ると、とっくにユリも家に戻ってきていた。
病院に行くと昨日言っていたけど、そんなに長居はしてこなかったようだ。
「あ、おかえりー。どこ行ってたの?」
「ちょっと散歩」
ユリは、バッグなど傍に置いたまま、着の身着のままリビングでくつろいでいた。
どうやら彼女も、つい今しがた帰って来たところのようだ。
「お父さん、どうだった?」
「順調だってー。少しずつ、起き上がる練習とか始めてるみたい」
私たちがお見舞いに行った時は、ベッドの上から全く動けなかったんだっけ。
そりゃ、腰を痛めたら普通はそうなるよね……いつだか父親がぎっくり腰になった時も、大変そうにしていた記憶がある。
寝ても起きても辛くって、寝返りを打つのも痛いけど、やるしかないっていう地獄のような日々だそうだ。
「それで……退院のスケジュールは?」
今日、ユリが病院に向かった本懐はそれ。
経過が良くなってきたから、そろそろ先の見通しを考えようっていう、そういう話し合いのためだったはず。
するとユリは、スマホのカレンダーを確認するでもなく、そらのまま覚えてきたように語った。
「順調にいけばクリスマスくらいだって」
クリスマス――そう言って彼女は、申し訳なさそうに、あるいは寂しそうに、眉を八の字にして笑った。
「だからごめんね。二十四日はパーティーできないかも」
「あ……そっか」
あれ……残念なはずなのに、今なんか、安心した……?
胸の中にくすぶっていた焦燥感みたいなものが、すっとほどけて、身体からじんわりと力が抜けて行くような気がした。
「でも、二十五日は大丈夫だと思う! だから、二十五日にあそぼ!」
「うん。それはもちろん構わないけど」
もともと二十四日はクリスマスコンサートの予定だった。
だから上手いことユリにも説明しなきゃなっては思っていたところだけど……お父さんの隊員が重なって忙しいなら、無理に誘う必要もなくなったってことなのかな。
だとしたらこれは、喜んでいいんだろうか。
わからない。
けど、ただただ心は安らいでいた。
「昔は日没が日付の切り替わりみたいなものだったらしいし、だからクリスマスって本来は二十四日の日没から、二十五日の日没までのことを言うらしいよ。二十五日の日中にパーティーしたって、ちゃんとクリスマス当日にしてることになるって」
必要なんてないのに、なんでか言い訳みたいなウンチクがずらずらと口からこぼれては落ちた。
それを聞いたユリは、目を丸くしながら「なるほどなー」と深く頷いていた。
「じゃあ二十五日のお昼パーティーだね!」
「うん。みんな誘って、準備もして、ちゃんと楽しもうか」
私は、いくらか乾いた笑みを浮かべながら、来月のことに想いを馳せた。
楽しいのも、苦しいのも、どっちも含めてクリスマスまでの辛抱だ。
あとひと月経ったら、全てから開放されて、その時、私は――
胸の内に沸き上がった想いは、一握りの安堵がもたらしたものだったのかもしれない。
理由はなんであれ、私は今ほど強く、そして切実に、〝それ〟のことを考えたことがなかった。
けど、避けては通れない。
避けられないなら、タイミングはきっと、今しか考えられなかった。
その時。
私は。
告白をしよう――と。