休み時間を屋上で過ごす――なんていうのは、基本的に漫画やアニメの中だけのイベントだ。
屋上にグラウンドやプールなどの設備があったりする学校もあるようだけど、少なくともウチは違う。
だから、内緒話をするのであればこうして、人気のない放課後の学食の前とかになるわけだ。
「流石にさみーな」
アヤセが、ぶるぶると背筋を振わせて、すぐそこの自販機で買ったコーンポタージュ缶の封を切った。
私も微糖コーヒーのプルタブを起こして、身体が冷めないうちに胃に流し込む。
「来週は雪だって」
「マジかよ。冬じゃん」
改めて言われなくたって、もうとっくに冬なんだけど。
けど、まあ、雪が降って初めて実感するところはあるかもしれない。
細かいところだと、お風呂上りの脱衣所が寒いとか、寝起きの部屋の気温の低さにびっくりするとか、それなりの〝サイン〟らしきものは感じているのだけれど。
「今年の冬は気をつけないとな」
「何を? インフルとか?」
「いや、滑って転ばねーようにしないと」
「サム……体感二度は下がった」
「氷点下じゃねーなら、まだへーきへーき」
呆れる私に、アヤセは悪びれる様子もなくケタケタと笑いかける。
そこまで開き直られたら、こっちだって馬鹿らしくなって、一緒になって吹き出すしかなかった。
ふふっ、と息を吐きだすと、一緒に足元から寒気が伝って肩がぞくりと震える。
氷点下ではないとはいえ、あまり長居はできそうにない。
別に勿体ぶることでもないし……私はサクッと本題に入ることにした。
「来月、クリコンあるじゃん」
「そうな」
「その後、告ろうかなって思う」
口にした後、ちょっとだけ間が開いたのは、アヤセも私の言葉をかみ砕こうとしていたからだと思う。
ちょうどひと呼吸くらいの間を置いて、彼女は「ああー」と情けない相槌を打った。
「そっかー、思い切ったな」
「思い切るもなにも、まだ行動はしてないんだけど」
「気持ちを固めただけでも思い切ってるって」
謎に持ち上げられても反応に困るんだけど。
それを言ったら、そもそもアヤセに報告する必要もないんだけど……昨日の夜に告白を決めた時、一緒に「アヤセには言っとこう」って気持ちも沸き起こった。
きっと心細かったから、誰でも良いから味方――もとい、共犯者が欲しかったんだと思う。
そして、誰でも良いのであれば、アヤセが良かった。
「んじゃあ、まあ……私は、成功したら祝福して、失敗したら慰めればいいのか?」
「いや……別にそこまで求めてるわけじゃないけど。というか、むしろ何もしないで欲しいっていうか……知っててくれるだけでいいって言うか」
「なんじゃそりゃ」
まあ伝わらないよね、この微妙な心持ちは。
私だって、具体的にどうして欲しいか説明するのが難しい。
「成功したら、それはそれで良いんだけど。失敗しても、アヤセにはどっちかに肩入れしないで欲しいっていうか……中立のまんま、うまいこと取り持って欲しいっていうか」
なんとか伝えてみようと頑張るけれど、やっぱりうまく説明することができなかった。
ものすごく端的に言えば、事後に誰かが孤立するようなことを避けたいって意味なんだけど……そのまま伝えても、正しいニュアンスで伝わるのか謎だ。
「うーん……まあまあエゲツい役目を押し付けるな」
アヤセが苦い顔をして答える。
「まあ……ごめん」
「そこで否定しないのが実にお前らしい」
らしい――って、普段の私ってどんな風に思われてるんだ。
そこをツッコんだらキリがなさそうなので、出かかった疑問は飲み込んでおくけれど。
あっちも何となく察してくれたのか、歯を見せて笑いながら、バシッと私の背を叩いた。
「まー、いいよ。当たり障りない関係を作るのは私の得意技だからな」
「それ自虐のつもり?」
「いや、自戒のつもり」
「あんた、基本的に良いヤツなんだから。心臓切り売りするようなことはやめなよ」
「それが、強いて来た人間の言葉か……?」
笑われるっていうか、引かれてしまった。
その点に関しては仰る通りだ。
勝手に暴露して共犯にしたうえに、面倒な役回りを押し付けているなっていう自覚は私にもある。
「でも、こんなん頼めんのアヤセくらいしかいないから」
縋る気持ちって言うのはこういうことを言うんだろう。
模試も断られたら、それこそ孤立無援で戦うしかない。
散った場合は、介錯もなしに潔く腹を切るしかない。
肝心のアヤセはと言うと、すっぱいものでも食べたみたいに顔にぎゅっと力ませながら、身もだえするように地団太を踏んだ。
「星ちゃんもついに殺し文句を覚えたか」
「殺し文句ってか……差し違える覚悟だけど」
「余計に性質が悪いわ」
話してて、自分で自分に何言ってんだって思ってしまった。
だけど覚悟と勢いは伝わったみたいで、アヤセもただ頷いてくれた。
「ま、残りのたった数ヶ月をギスギスすんのも嫌だしな」
「願わくはその後もね」
「そーな」
感を傾けると、ちょうど最後のひと口だった。
とっくに飲み終わっていたらしいアヤセと一緒に近場のゴミ箱に缶を捨てに行って、そのまま教室に戻る。
掃除の時間にこっそり抜け出して来たけど、そろそろそれも終わるころだ。
歩いていると、部活に向かうらしいジャージ姿の下級生たちとすれ違った。
「ちなみに、勝算はあんのか?」
歩きながら、アヤセがそんなことを訊ねてくる。
私は笑いながら答えた。
「正直、まったく」
人間、本当に困ると自然と笑顔になるものだ。
これは、そういう笑顔。
「壁がでかすぎる」
「いうほど、難攻不落って気はしないけどなぁ」
「ううん、そうじゃなくって」
静かに首を横に振ると、アヤセは不思議そうにこちらの顔を伺う。
「先人は偉大だったなって」
その言葉に、彼女は眉をひそめて首を傾げた。
「なんだ。まだ、私の知らん何かがあるのか?」
「まあ……その辺の事情は、あとで教えてあげる」
「くそー! なんだよ、私だけ仲間外れかよー!」
いや、まあ、約束したとおりに力を貸してくれるなら、洗いざらい話すほかないだろう。
全部知ったうえで、後のことを……少なくとも、私はもうできなくなるであろうユリのケアをアヤセに任せたい。
これは、そのための約束だ。
もしもの時に、私がふたりの傍を離れることになってもいいように――