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12月

12月1日 そのこころ

 テスト期間が始まる。

 期末テストの日程は、いつだって五日間の長期スケジュールだ。

 中間テストの教科に加えて、家庭科や保健体育などの、実技系科目も全て筆記式の試験が行われる。

 それ系の教科は意外と曲者で、以前は洗濯物の注意書きのマークの意味とか、スポーツの審判のハンドサインの意味とか、なかなかの曲者だった。

 もちろんテスト範囲は示されていて、その中でそこで取り扱われてはいるのだけれど。


 それはそれとして、初日のスケジュールを終えた私たちは、お昼ご飯がてらファミレスに寄っていた。

 今日は木曜日だけど、時間がまだ早いので、家庭教師の予定がある心炉も時間に余裕がある。

 だから土日にやるよりは――と、当日の真昼間から誕生会的なものをやることになった。


「心炉ちゃんおめでとー!」


 ユリの月並みな音頭と共に、特に特別感もなく、その場の流れで会は進行する。

 それでも心炉は少し恥ずかしそうに、眉を寄せながら受け入れていた。


「こういうことしてもらうの久しぶりなので、勝手が分かりませんね」

「家とかでパーティーしてもらわないのか?」

「家族とならしますけど……今日も、夜はお店を予約してあるそうです」

「おお……オトナな夜だね」

「普通に、こういう感じで食事するだけですよ。ウチは、お祝い事と言えばだいたい外食なので」


 そう言うところ、やっぱりお嬢様感があるなと思った。

 まあ、お嬢様っていうか、単純にご家庭によるんだろうけど。

 ウチはお祝い事と言えば母親が喜んで料理を作りたがるものだった。


「家意外で最後に誕生会をしたのなんて、小学校の学童保育の時以来ですね」

「あー、あったあった。プレゼントとかはなくって、単純にお菓子パーティーみいたいなのだったけど」


 ユリが、ちぎれんばかりに首を縦に振る。

 残念だけど、そのネタは私にはちょっと分からなかった。


「私は普通に鍵っ子だったから、学童行ってなかったな。鍵っ子って言っても、姉が一緒だったけど」

「ウチは家に帰りゃ誰かいたし、鍵も掛かってなかったな」


 アヤセも私の側の人間みたいだ。

 といっても、彼女は実家が職場みたいなものだから、そう言う意味での「誰かいた」なんだろうけど。


「それよりプレゼント! はいこれ、あたしからね」


 そう言って、ユリは取り出したショッピングバッグを心炉に手渡す。

 この間一緒に買いに行ったときのものだ。


「紅茶ですね。嬉しいです」


 心炉はショッピングバッグを見るなり、中身も確認せずにそう言う。

 たぶんロゴとか見ただけで分かるんだろう。

 それから改めて開封して、可愛らしい缶に入った製品を取り出す。


「秋の限定品ですか。これ、未チェックでした」

「ちょうど残り一個だったからね。これが良いかなって」

「ありがとうございます。家でゆっくり楽しみます」

「OK。じゃ、次は私な」


 続いてアヤセが取り出したのも、ユリのと同じくらいのサイズの小さなショッピングバッグ。

 柄はモールの汎用のもので、中にプレゼント包装された包みが入っていた。


「これ、ティースプーン?」


 丁寧にテープをはがして包みを開けると、入っていたのはシルバーに輝くティースプーンだった。

 持ち手がレースみたいな、ちょっと凝った意匠になっている。


「ユリが紅茶なら、一緒に使えるもんで併せたらいいかなってな。カップと迷ったんだが、そっちは家にもっと良いもんあるだろうし」

「カップでも良かったですが……もちろん、スプーンも嬉しいですよ」

「んじゃ良かった」


 なるほど、そういう上品の方向性で来たか……紅茶に併せられるって言うのが憎い演出だ。

 セットで使えば嫌でも今日を思い出すってことだね。

 そう言うとなんか、悪い思い出みたいだけど。


 少なくとも素直に喜んでいるっぽい心炉の様子を見るに、良い思い出にはなるんだろう。

 少なくともここまでは。


「じゃあ、最後は星ね!」


 ユリに促されて、私はしぶしぶ鞄からブツを取り出す。

 他のふたりに比べたら、大きくてかさばる包み。

 そりゃ、衣類が入ってるんだから当たり前だ。


「はい。気に入るか分からないけど」

「何でしょう……?」


 心炉は不思議半分、期待半分と言った感じで包みを受け取り、アヤセの時同様に、丁寧に包装を解く。

 そして、中から出て来たものを見て、文字通りに絶句した。


「ほほう……またすげーチョイスしたな。」


 アヤセが、心炉の手元をしげしげと見つめながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 ダサイズムが渋滞して、いろいろと悩んだ結果、私はプレゼントにダサTを選ぶことを辞めた。

 あの日、代わりに入店したのは、一度は選択肢から外そうとしたコテコテのガーリー系ショップ。

 そこで一番フリッフリで、かと言ってセクシー過ぎないパジャマ――というかほとんどベビードールみたいなの手に取ったのである。

 ちなみに、春にユリとおそろのパジャマを買ったところと同じお店だ。


「こ、これってどういう……?」


 色んな意味の戸惑いの色が、心炉の顔に浮かぶ。


「いや……前に、フリフリの似合うかもとか言ったら、着てくれたじゃん。なんかあれ思い出して、似合うかなって」

「い……いつの話をしてるんですか……!」


 いつの話だっけ。

 相当前だから流石に覚えてないや。

 たぶん、それも春だと思うけど。


「あー、いらないなら良いよ。代わりにここの会計、私が持つから」

「いらない……とは言ってないです」


 彼女は僅かに、それでもきっと熟慮して、なんらかの葛藤を減ると、パジャマの入った包みを抱きしめるように胸元に収めた。


「ありがとうございます。お礼は言っておきます」

「うん。なら良かった」


 まあ正直、いらないって言われなくって良かったよ。

 手渡す瞬間は、いくらか覚悟してたもんね。


「心炉ちゃん、フリフリの服着るの?」


 ユリが横から口を挟んで、心炉は慌てたように訂正する。


「着ません! 私はもっぱらTシャツにジーンズが正装です!」

「着てたよ。めっちゃフリフリのこーんなんやつ」


 私はそう言いながら、大げさに手をフリフリさせながら、身体の周りでワンピースみたいなシルエットをなぞってみせる。


「着ません! いや、着ましたけど……あれ一回キリしか着てませんから!」

「じゃあ、もったいないから二回目着ようぜ」

「着ません!」


 完全にからかいモードに入ったアヤセに、心炉は顔を真っ赤にして再三の決意を吐いた。


「というか私、主賓なんですよね? これ祝われてるんですよね?」

「そうだよ。おめでとう」

「ぐぬぅ……」


 さらっと返してあげると、彼女は実に悔しそうに押し黙ってしまった。

 それでも、プレゼントの包みは絶対に話さないとでも言いたげに、ぎゅっと握りしめていた。


 せっかく買ったんだし、気が向いたら着てくれると嬉しいよ。

 着たとか着ないとかの報告も別にいらないから……いや、くれたらくれたで面白いから良いけどね。

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