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12月5日 年忘れ

 会長の座を返上してから、こうして生徒会室を訪れるのは何度目になるだろうか。

 たぶん、指折り数えて足りるくらいなんだろうけど、記憶に強く残っていないくらいには、外様の意識がすっかり染みついてしまった。


 自分から用事がある、なんてことはもう無いので、当然ながら呼び出されたわけだけど。

 以前の、確か生徒総会前に泣きつかれた時に比べたら、幹部たちも余裕のお出迎えだった。


「クリスマス会ねぇ」


 そこで聞かされた内容を反芻するように、私は独り言ちる。


「公立高校なので、大々的に宗教的なイベントはNGと言うことで、名目上は〝年忘れ会〟としますが。やること自体はほとんどクリスマスですね」


 現会長である銀条さんは、副会長の金谷さんに視線を振る。


「美羽――副会長のたっての希望で」

「もし私が会長になったら、もっと季節の行事を増やそうと思ってたんです! 月イチイベントはありますけど、そこにもっと暦らしさを取り入れて行きたいって言うか。青春って季節感だと思うわけですよね、私は!」

「それで、クリスマス会ね」


 金谷さんは「まさしく」と力強く頷く。


「要件は問題なさそうだし、やるのは構わないと思うよ。でも、何で私に相談を?」


 こう言ってしまうと突き放すようにも聞こえるかもしれないけど、好きにしてくれたらいいと思う。

 代替わりして、ここはもう彼女たちの生徒会だ。

 それが学校運営や校則に抵触するものでなければ、私から何か口を出す気はない。

 もちろん、頼りにされる分にはなけなしの知恵くらいは貸せるけど、それも程度というものがあるだろう。

 あまり前職が関わりすぎるのは、今後の生徒会運営上、あまり健全な事とは言えない。


「実は、クリスマス会自体は先んじて二年生だけで軽くアンケートを取ってまして」


 銀条さんはそう言って、傍らに置かれていたヨレヨレのプリント束に手を重ねた。

 それが件のアンケート用紙ってことなんだろう。


「規模感とか、そう言うのの参考になればと思ったのですが。その中に、『先輩たちと最後に話す機会が欲しい』というのが多数ありまして……ああ、この場合の〝先輩〟というのは、三年生の先輩方全体を指しているものです。意見を書いた人の中には、個人を指してる人もいるかもしれませんが、とりあえずは」

「最後に――っていうのは、なんか大げさだね」


 まだ卒業まで何ヶ月かあるというのに。

 すると金谷さんがぶるぶると顔を左右に振る。


「そんなことないです! だって、年があけたらすぐに共通テストじゃないですか。それが終わったら自由登校! そして卒業式! みんなが当たり前に登校するのなんて、年内が最後の機会みたいなものです!」


 下級生から見たらそうなるのか。

 私だって去年までは下級生だったわけだけど、どちらかと言えば「早く卒業してくれないかな」なんて思っている側だったから、微塵も覚えていない感傷だ。


「三年にも参加を呼び掛けるくらいなら、いくらでも手を貸すけど、時期も時期だし強制はできないよ」

「それは、重々承知してます。ですので、今、二十三日の終業式後のロングホームルームの一時間を、生徒会に貰うことができないかと提案しているところです」

「新歓とか、そう言う感じのイベントにしちゃうってこと?」

「少し早い、三年生を送る会みたいなものと考えていただければ。小中学校のころにやりませんでしたか?」

「まあ、記憶くらいには」

「そう言うイメージの会です。感謝の呼びかけとかはしませんけど」


 楽しかった運動会――とか、そういうやつね。

 流石に私たちも、この歳になってまでアレはいらない。


「まあ、あえてするのもウチの高校らしいかもしれないけどね」

「たーしーかーにー?」


 冗談のつもりで言ったのに、金谷さんに「目から鱗!」って感じで頷かれてしまった。


「しなくていいからねホントに。でもまあ、そういうスケジュールなら三年生も気兼ねなく参加できるかも」


 ほとんど強制みたいなものだし、気兼ねも何も無いと思うけど。

 しかし、そこまで言われてようやく話が見えて来た。

 わざわざこうして、先んじて根回しじみた相談をされているのも――


「私は、前会長として何か挨拶をすればいいわけね」


 銀条さんも、私が理解を得たことに安心したのか、多少安心したような顔つきで静かに頷く。


「卒業式の送辞答辞ほどカッチリしたものじゃなくても構いませんので、何か下級生に向けた言葉を貰えたら、みんな喜ぶと思います」

「卒業式もまだ先だから、モチベーションの持って行き方が難しそうだね」

「そこはすみません」

「大丈夫。その労力は一種の有名税……受験生らしく言うなら内申税とでも思っとく」


 受ける大学を考えたら、周りも生徒会長やら部活の部長やらは、当たり前に持ってる肩書だと思うけどね。

 当たり前だからこそ、労力を払う価値はあったわけだけど。


「どうせやるなら、受験勉強のいい息抜きになるくらいパーッとやってくれると、三年生たちも喜ぶと思うよ。なんだかんだで学園祭の後からずっと、ストレスのはけ口を探してる生徒は多いと思うから」


 私の言葉に、幹部たちは「なるほど……」とどこか感心したように頷く。


「分かりました。そういうことなら、遠慮せずにいきたいと思います」


 遠慮なく、というのがちょっと怖いけど、銀条生徒会なら変なことにはならないか……たぶん。

 少なくとも、金谷生徒会であるよりは、私もある程度信用を置ける。

 金谷さんも悪いわけじゃないんだけどね。

 でも、調子のいいお山の大将がトップになると、末端はだいたい振り回されるものだ。

 そう言う意味では、お山の大将が副会長でアイディアマンになり、その手綱を握る人間がトップでちゃんと権力を持つというのは良い組織図なのかもしれない。

 彼女たち自身も、そういう力関係を確立しつつあるようだしね。


「どうせなら、ホワイトクリスマスになると良いですね」


 金谷さんが、どんよりと曇った窓の外を見ながらしみじみと語る。

 氷点下をギリギリ下回らなかった今日の空模様は、本来なら雪になっていたのかなという、ぱらぱらとじょうろで水を撒くような小雨だった。


「ホワイトクリスマスを通り越して、豪雪にならないことを祈るよ」

「年末は毎年怪しいですものね」

「雪かき当番あたりたくないなぁ」


 部屋の隅にある丸い灯油ストーブが、コンコンと乾いた音を立てる。

 上に乗せた、蓋をしてないやかんから立ち上る湯気が、窓ガラスの一角に大粒の結露を作っていた。

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