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12月6日 最後じゃないもの

「あと一日だぁ~!」


 期末テスト四日目が終わった教室で、ユリは机の上に身を投げ出した。

 押しつぶされた教科書やらノートやらがくしゃりと悲鳴をあげていたけど、そんなものお構いなしだった。

 そんな彼女の頬を、アヤセがシャーペンの先っぽで面白がってつっつく。


「明日は古文だけみたいなもんだからな。もうずいぶん気が楽だ」


 残った教科は古文と保体。

 今回の保体は、ほぼ健康と安全の雑学クイズになるだろうから、焦点は古文に絞って良い。

 受験に使わない教科は赤点さえ取らなければいいと、割り切ってしまっている生徒もいるだろう。

 私も、どちらかと言えばそのひとりだ。

 夜に教科書を一周読んでおくくらいはすると思うけど。


 けど、ユリみたいに今回のテストの順位を伸ばして、受験に向けた弾みをつけたい――という意識を持つ人も、同じくらいいる。

 現に、古文は比較的得意としているユリは、ミッチリと保体のお勉強中のようだ。


「私たちにとっては、最後の学内テストですからね。どうせなら良い成績で修めたいものです」

「なんでもかんでも最後になって行くなぁ」


 発破をかけたつもりだったのだろう心炉に、アヤセが大きなため息で答えた。

 耳にタコだよって感じ。

 でも逃げられない現実でもあって、嫌でも受け入れるほかない。


「そう考えたらテスト終わるの寂しいねー」

「じゃあ、ユリだけ一生テストする?」

「それはそれでヤダ!」


 即答されてしまったけど、まあ普通の反応だよ。

 終わりがあるから、なんとなく哀愁もあって。

 逆に一生続くのであれば、何の感慨深さもないただの日常だ。


「でも、何でも最後なのはやっぱり寂しいよ。たまには最後じゃないものを考えようよ」

「最後じゃないもの?」


 ユリの言葉に、三人一斉に首をかしげる。

 最後じゃないもの……か。

 ううん、むしろそんなものってあるのかな。


「『私らズッ友だね!』的なヤツとか?」

「そういうのを恥ずかしげもなく言えるの、流石はアヤセさんだと思います」

「なんだとぉ? そんな事言うなら、心炉も何か考えてみろよ」

「え? いや、私は何も……」


 戸惑いつつも、心炉は口元に手を当てて、ふと思いふける。


「留年すれば、少なくとも〝最後〟の引き延ばしは可能ですね」

「心炉、割とエグイこと考えるね……」


 その発想は無かった。

 しかも、なんか妙に生々しくてちょっと引く。

 周りのテンションを感じ取ったのか、心炉は顔を真っ赤にしながら詰め寄った


「精一杯考えたんです! 次は星さんの番です!」

「そんな事言われても」


 正直ないよ。

 アヤセが挙げたような、歯の浮く精神論がせいぜい。

 それすらも、卒業が縁の切れ目なんてことも少なくない。

 小学校や中学校の頃の友人たちがそうであったように。


 もっとも、そのころの友人たちに比べたら、個人用のスマホで連絡先を交換してる分、高校の友人たちはまだ繋がりやすいところに居る気はするけれど。

 アヤセも心炉も、そしてもちろんユリも、好んで疎遠になろうとは思わない。


「いや、フツーに思いつかないんだけど」

「なら、思いついた私の方がいくらか偉いですね」


 心炉が「それ見たことか」と言わんばかりに得意げに言う。

 そんなことで張り合わんでもと思うんだけど。

 もう会長の座もあげられないのに。


「じゃあ、星も宿題だね」


 あ、と心の中で声を漏らす。

 ユリが言ったことを理解できたのは、たぶん私だけ。

 だからひとつだけため息をついて、はにかんでみせる。


「考えとく」


 ユリの宿題に答えが出るのが先か、それとも私が先か。

 これはちょっとした勝負だね。


「で、ユリの案はなんなんだ?」


 区切りのついた話を引き継ぐように、アヤセがユリに振る。

 するとユリは、待ってましたと言わんばかりに、含みのある笑みを浮かべた。


「ふっふっふっ……あたしは既に、来年に照準を定めているのさ」

「いよいよ受験ってことですか?」

「お堅いよー、心炉ちゃん! もっと先のことだよ!」


 もっと先と言われても、あとはもう二次試験と卒業式くらいしかないじゃないか。

 話が飲み込めてない私たちをよそに、ユリは拳をぐっと握りしめて、演説じみたかぶりを振った。


「二月のクラスマッチで、今度こそ大相撲で優勝する!」


 その宣言を聞いた私たちの心持ちは、感心でも驚きでもなく、ただただ呆れるばかりだった。


「……出るつもりなの?」

「もちろん! 夏の雪辱を晴らすんだよー!」


 雪辱というのは、もちろん私に負けた夏場所のことだろう。


「まあ、頑張って。私は出ないけど」

「なんで!? 雪辱できないじゃん!」


 雪辱って動詞じゃないんだけど。

 大丈夫か受験生。


「冬のクラスマッチは、三年は自由登校期間ですし、文字通り自由参加になりますからね」

「共通テスト利用の私立組とかは、余裕あるから余興で出るけどな」

「そういうアヤセも余裕ある組なの忘れないで。でも、国立二次試験組は流石にね」


 レクリエーションがてら参加する人はそれなりに居るけど、優勝狙おうとかそういうモチベーションは無いのがほとんどだろう。

 もちろん「どうせやるなら優勝!」と円陣くらいは組むだろう。

 しかしそれは、単なるパフォーマンスというか、スローガンみたいなものだ。

 きっとユリもそう言う類……だよね?


「ああ、でも、ノーザンライトスープレックスはもう一度見たい気はしますね」


 心炉が嫌らしく言うので、私は話半分に首を振る。


「もう無理。てか、ほんと冬のクラスマッチは出る気ないから」

「ええ~、雪辱戦がぁ~」


 ユリも縋るような目で言うけれど、無理に誘おうとはしてこなかった。

 それどころか切り替え早く、決意に満ちた表情で再び拳を握りしめる。


「じゃあ、優勝する! トロフィーでサイダー飲むんだ!」

「なんでサイダー?」

「今、飲みたいから!」


 そうですか。

 てか、大相撲の優勝トロフィーなんて用意してあったっけ……?

 代々使われてる、クラスマッチの優勝トロフィーならあった気はするけれど。


「てかユリ。それも結局〝最後のクラスマッチ〟じゃないか?」


 アヤセのもっともすぎる発言に、ユリは愕然として固まる。


「ああっ! 言わないで! 実はうすうす気づいてたの!」


 自分から話題に出したくせに、なんとも爪の甘い。

 でも、本当に優勝できたら学園史には名前が残るかもね。

 そういう、余興のくだらない記録ほど、この学校はなんでも後世に遺したがるものだから。

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