「あと一日だぁ~!」
期末テスト四日目が終わった教室で、ユリは机の上に身を投げ出した。
押しつぶされた教科書やらノートやらがくしゃりと悲鳴をあげていたけど、そんなものお構いなしだった。
そんな彼女の頬を、アヤセがシャーペンの先っぽで面白がってつっつく。
「明日は古文だけみたいなもんだからな。もうずいぶん気が楽だ」
残った教科は古文と保体。
今回の保体は、ほぼ健康と安全の雑学クイズになるだろうから、焦点は古文に絞って良い。
受験に使わない教科は赤点さえ取らなければいいと、割り切ってしまっている生徒もいるだろう。
私も、どちらかと言えばそのひとりだ。
夜に教科書を一周読んでおくくらいはすると思うけど。
けど、ユリみたいに今回のテストの順位を伸ばして、受験に向けた弾みをつけたい――という意識を持つ人も、同じくらいいる。
現に、古文は比較的得意としているユリは、ミッチリと保体のお勉強中のようだ。
「私たちにとっては、最後の学内テストですからね。どうせなら良い成績で修めたいものです」
「なんでもかんでも最後になって行くなぁ」
発破をかけたつもりだったのだろう心炉に、アヤセが大きなため息で答えた。
耳にタコだよって感じ。
でも逃げられない現実でもあって、嫌でも受け入れるほかない。
「そう考えたらテスト終わるの寂しいねー」
「じゃあ、ユリだけ一生テストする?」
「それはそれでヤダ!」
即答されてしまったけど、まあ普通の反応だよ。
終わりがあるから、なんとなく哀愁もあって。
逆に一生続くのであれば、何の感慨深さもないただの日常だ。
「でも、何でも最後なのはやっぱり寂しいよ。たまには最後じゃないものを考えようよ」
「最後じゃないもの?」
ユリの言葉に、三人一斉に首をかしげる。
最後じゃないもの……か。
ううん、むしろそんなものってあるのかな。
「『私らズッ友だね!』的なヤツとか?」
「そういうのを恥ずかしげもなく言えるの、流石はアヤセさんだと思います」
「なんだとぉ? そんな事言うなら、心炉も何か考えてみろよ」
「え? いや、私は何も……」
戸惑いつつも、心炉は口元に手を当てて、ふと思いふける。
「留年すれば、少なくとも〝最後〟の引き延ばしは可能ですね」
「心炉、割とエグイこと考えるね……」
その発想は無かった。
しかも、なんか妙に生々しくてちょっと引く。
周りのテンションを感じ取ったのか、心炉は顔を真っ赤にしながら詰め寄った
「精一杯考えたんです! 次は星さんの番です!」
「そんな事言われても」
正直ないよ。
アヤセが挙げたような、歯の浮く精神論がせいぜい。
それすらも、卒業が縁の切れ目なんてことも少なくない。
小学校や中学校の頃の友人たちがそうであったように。
もっとも、そのころの友人たちに比べたら、個人用のスマホで連絡先を交換してる分、高校の友人たちはまだ繋がりやすいところに居る気はするけれど。
アヤセも心炉も、そしてもちろんユリも、好んで疎遠になろうとは思わない。
「いや、フツーに思いつかないんだけど」
「なら、思いついた私の方がいくらか偉いですね」
心炉が「それ見たことか」と言わんばかりに得意げに言う。
そんなことで張り合わんでもと思うんだけど。
もう会長の座もあげられないのに。
「じゃあ、星も宿題だね」
あ、と心の中で声を漏らす。
ユリが言ったことを理解できたのは、たぶん私だけ。
だからひとつだけため息をついて、はにかんでみせる。
「考えとく」
ユリの宿題に答えが出るのが先か、それとも私が先か。
これはちょっとした勝負だね。
「で、ユリの案はなんなんだ?」
区切りのついた話を引き継ぐように、アヤセがユリに振る。
するとユリは、待ってましたと言わんばかりに、含みのある笑みを浮かべた。
「ふっふっふっ……あたしは既に、来年に照準を定めているのさ」
「いよいよ受験ってことですか?」
「お堅いよー、心炉ちゃん! もっと先のことだよ!」
もっと先と言われても、あとはもう二次試験と卒業式くらいしかないじゃないか。
話が飲み込めてない私たちをよそに、ユリは拳をぐっと握りしめて、演説じみたかぶりを振った。
「二月のクラスマッチで、今度こそ大相撲で優勝する!」
その宣言を聞いた私たちの心持ちは、感心でも驚きでもなく、ただただ呆れるばかりだった。
「……出るつもりなの?」
「もちろん! 夏の雪辱を晴らすんだよー!」
雪辱というのは、もちろん私に負けた夏場所のことだろう。
「まあ、頑張って。私は出ないけど」
「なんで!? 雪辱できないじゃん!」
雪辱って動詞じゃないんだけど。
大丈夫か受験生。
「冬のクラスマッチは、三年は自由登校期間ですし、文字通り自由参加になりますからね」
「共通テスト利用の私立組とかは、余裕あるから余興で出るけどな」
「そういうアヤセも余裕ある組なの忘れないで。でも、国立二次試験組は流石にね」
レクリエーションがてら参加する人はそれなりに居るけど、優勝狙おうとかそういうモチベーションは無いのがほとんどだろう。
もちろん「どうせやるなら優勝!」と円陣くらいは組むだろう。
しかしそれは、単なるパフォーマンスというか、スローガンみたいなものだ。
きっとユリもそう言う類……だよね?
「ああ、でも、ノーザンライトスープレックスはもう一度見たい気はしますね」
心炉が嫌らしく言うので、私は話半分に首を振る。
「もう無理。てか、ほんと冬のクラスマッチは出る気ないから」
「ええ~、雪辱戦がぁ~」
ユリも縋るような目で言うけれど、無理に誘おうとはしてこなかった。
それどころか切り替え早く、決意に満ちた表情で再び拳を握りしめる。
「じゃあ、優勝する! トロフィーでサイダー飲むんだ!」
「なんでサイダー?」
「今、飲みたいから!」
そうですか。
てか、大相撲の優勝トロフィーなんて用意してあったっけ……?
代々使われてる、クラスマッチの優勝トロフィーならあった気はするけれど。
「てかユリ。それも結局〝最後のクラスマッチ〟じゃないか?」
アヤセのもっともすぎる発言に、ユリは愕然として固まる。
「ああっ! 言わないで! 実はうすうす気づいてたの!」
自分から話題に出したくせに、なんとも爪の甘い。
でも、本当に優勝できたら学園史には名前が残るかもね。
そういう、余興のくだらない記録ほど、この学校はなんでも後世に遺したがるものだから。