期末テストが終わって、いつもの私たちならパーっと打ち上げ――となるところだけど、今日はお昼ご飯だけ済ませてから夕方までガッツリとスタジオを押さえている。
外部スタジオもタダじゃない。
いつもなら休日に三時間程度が予算的にも良いところだけれど、今日は奮発して五時間抑えている。
平日学生料金は、いつでもどこでも私たちの味方だ。
「狩谷さん。今のところ音が流れてるから、粒をひとつひとつハッキリ」
「分かった」
演奏中、須和さんのサックスの音が止んだら、みんな示し合わせたように演奏を止めるようになった。
そうして何点かの確認事項を終えたら、また同じところから再開する。そして一度最後までいったら、復習するように最初から。
できてる、できてないを確認しながら、また新しい課題を見つけて対処する。
それが、私たちの練習のやり方だ。
「表現面の指摘を去れるようになるのって、なんか嬉しいね」
「えー、そうか? 指摘とかないに越したことねーけど。ドMかよ」
「違うし」
しみじみと呟いたら、傍でドラムセットに向かうアヤセが「いー」っと不快感を前面に表す。
既にそこそそできる人には分からないんだよ、この「ステップアップしたな」っていう感じが。
成長を実感できるのは、初心者の唯一……とは言わないけど、数少ない長所だろう。
「そういや、今日はユリは来ないんか?」
「今日は家と病院に寄ってくって。この間、体調崩してダウンしちゃったから」
「ほーん」
この間、というのは土日のこと。
土曜日はモロだったし、日曜日も元気にはなっていたけど、入院してるところに病原菌を持って行くのも良くないということで、念のため見送ることにしたようだ。
「整形外科の犬童さん?」
不意に予想外のところから話題がこぼれて、弾かれたように視線を向ける。
声の主は須和さんだった。
「えっと……ああ、そうか。須和さん家、あそこで働いてるんだっけ」
勝手に納得すると、彼女も肯定するように頷いた。
「もしかして、ご両親が担当だったり?」
「違う」
「あ、そう」
「同級生の親族の話とかは、だいたい入って来る」
なるほど。
病院というコミュニティで考えたら、世間はそれほど広くないらしい。
「お母さんの方なら担当だった」
「え?」
思いがけないワードに、私はもう一度須和さんを見つめる。
相変わらずの能面顔だけど、少なくとも嘘を言っているわけではないようだった。
嘘を吐く必要性もメリットも、特にないしね。
「えっと……ご病気だったんですか?」
宍戸さんが、恐る恐る声をあげる。
そう言えば、知らないんだっけ……?
こういうことを本人以外が教えるのはあまり良くないような気もするけど、話題に出てしまった以上は完全にスルーするわけにもいかないだろう。
「ユリのお母さん、病気で結構前に亡くなってるんだ」
「あ……」
宍戸さんは、唇をかみしめるようにして黙ってしまった。
すごく正常な反応だと思う。
知らないとはいえ、気軽に話題に出してしまったことを思い返せば、下手にフォローするよりは黙って会話を終わらせるのが正しい。
本人もいないのだから、別にそこまで神経質になる必要は無いんだろうけど。
「私が出会うよりも前の話だし、そんな、気にしなくても大丈夫だよ。というかむしろ、聞かなかったぐらいにしてくれて良いと言うか」
「は、はい……」
私が出会うよりも前って、いったい何基準なんだと自分で自分にツッコミを入れてみる。
まったくもって必要ない情報のはずだけど、つい口に出てしまったのは、同じユリを想う者同士の、ちょっと過ぎた心というやつなのだろうか。
自分で自分に嫌な気分になりながら、靴底で床を軽く叩く。
「時間もったいないし、次やろうか」
みんな切り替えたように頷き返してくれて、無駄話は終わりになった。
アヤセがスティックを鳴らして入りのタイミングを示して、また次の曲が始まる。
帰り道。
流石に五時間も練習したらご飯を食べて帰るような気力はなくて、スタジオの前で何となく流れ解散になった。
家が遠い宍戸さんは真っすぐ駅に向かい、寮が近い穂波ちゃんも方角が一緒だからとそれについていった。
「店にいく気力はねーけど腹は減ったな。コンビニでも寄るか?」
「肉まん食べたい」
という会話は半分建前で、その実は何となくこのまま解散するのがヤだなって気分。
こういうとき、コンビニのイートインスペースはありがたい。
カウンターみたいな配置のスペースに、アヤセと心炉と三人で並んで座る。
須和さんは、気づいたらいなくなっていた。
音もなく消えたのか、もしくは単純に私たちが気づかなかっただけなのか。
どうせなら肩でも叩いていったら良かったのにとも思うけど、それはそれで彼女らしい。
「うま……コンビニの肉まんって、絶対美味しくなったよね」
「分かるわ。昔もっと生地がペラペラで、なんかべしゃべしゃしてたよな」
「冬場に風邪ひくと、ゼリーとかと一緒に、よく肉まん買って来てくれたかも」
「マジ? いいなそれ。なんだかんだ穀物やらタンパク質やらまとめて取れるもんな」
謎の肉まんトークは、食べ終わるまでのほんの五分くらいのものだ。
ふわふわしてかさが多く見える分、その実それほど量はないので、あっという間に食べ終わってしまう。
若干物足りないのも、コンビニ肉まんの良いところだと私は思う。
アツアツのうちに全部食べきれるくらいのスピード感だ。
「演奏も、何とか形になりそうですね」
一人だけ、帰ったらすぐに夕飯だからと肉まんをセーブした心炉は、代わりに買ったホットゆずの手のひらボトルを傾ける。
本日、ただひとり須和さんからの指摘が無かった心炉は、どこかちょっぴり得意げな様子だった。
「なんだかんだ言って、しっかり仕上げて来るんだから心炉様ですわ」
アヤセは茶化し半分、テーブルに三つ指突いて平伏する。
無理に誘って、ちゃんとやってくれているんだから、気持ち的には私の方こそ図が高い。
平伏はしないけど。
「ガルバデの時も、合わせの時には完璧だったもんね」
「合奏の段階で『できてません』じゃ、話が先に進みませんから」
「耳が痛い」
先月は大変ご迷惑をおかけいたしました。
でも、暇じゃないんだっていうのはみんな同じこと。
強いて言うなら、当日に間に合わせるつもりで進行していたら、あの段階ではそうだった……っていうのが、ギリギリ正当な言い訳ラインかなと勝手に思っている。
〝全力投球〟よりも、〝終わりよければ〟を学んだのは、それこそ生徒会活動のたまものだ。
帳尻合わせはお手の物である。
「あの……二十四日はコンサートがありますけど、その後何か打ち上げ的なものはするんですか?」
どこかバツが悪そうに、心炉はポツポツと口にする。
「何? クリスマス会したいの?」
「したい、と言うよりは、予定があるなら空けておきますってことです……! 毎年、家族と過ごしていたので、家を空けるなら言っておかなければいけませんし」
「家族の時間があるなら、優先してもらって大丈夫だけど。クリスマスって本来そういうものだよね。別に、神様信じちゃいないけどさ」
「ああ、もう!」
痺れを切らした様子の心炉に、なんでか怒られてしまった。
こっちはこっちで気を遣ったつもりだったのに、こういう会話はなんでか相変わらず噛み合わないね。
「二十四日は特に決めてないけど、軽く打ち上げくらいはするんじゃない? 自由参加くらいの気持ちで」
「そ、そうですか」
心炉は、ほっとしたような、でもどこか残念なような、曖昧な表情で頷く。
「でも、ユリが二十五日にクリスマス会的なのしたいって言ってたから、クリスマスっぽいことするならその日かな」
「あっ、そうなんですね」
今度は、ぱぁっと目に見えて表情が明るくなった。
なんだろう、嬉しいのかな。
たぶん企画することになる側からしたら、モチベが高いのはありがたい限りだけど。
「じゃあ、二十五日は空けておきます。二十四日は、夜は家族と過ごしますね」
「全く問題ないよ」
「私も右に同じな。クリスマスは唯一、家で気兼ねなく洋菓子が食える日なんだ……生クリームの海に溺れるぜ」
「外じゃいつも溺れてる気がするけど」
毎年聞いてるような気がするアヤセの宣言を、私はさらっと流して肉まんのゴミをまとめた。
そろそろ、ユリも家に帰っているかな。
クリスマス会の話も進めておかないとな。
コンサートは不安ではあるけど、同じくらい楽しみなこともある。
なんだかんだで、人生そのくらいの配分で生きるのが、私にとってはちょうどいいような気がした。