終業式と共に二学期が終わる。
キリ良くクリスマスから始まる冬休みは、一月の三連休明けまでで、おおむね二週間ほどの期間となる。
三連休が終われば次の週には共通テスト。
この二週間は、本当にカンヅメになって、ひたすら机に向かい続けることになるだろう。
そして終業式後の講堂では、そのまま生徒会主催の『年忘れ会』へとイベントがシフトした。
プログラム自体は、ほとんど新入生歓迎会と同じような感じ。
各部の出し物があったり、今年のことを記録写真や映像で振り返る上映パートがあったり。
ただ、あの時と違うのは、主体が一、二年生であるということだ。
銀条さんが、『三年生を送る会』を兼ねての開催にしたいと言ったこの会は、後輩たちから三年生へ、「バッチリ後を引き継いでます!」と物言わず宣言してくれているような気持ちの入り方だった。
そして――私が銀条さんに頼み込んでもらった五分間は、吹奏楽部、その後の軽音部のプログラムが終わった後に差し込まれる形となった。
「まーた、思い切ったこと考えたな」
舞台袖でアヤセが独り言ちる。
ステージ上ではうるさいくらいにギターやらがかき鳴らされて、ここでの会話は近くにいる私たち『D.C.』のメンバーにしか聞こえていないだろう。
アヤセの隣で、心炉も微妙に煮え切らない表情を浮かべる。
「会の趣旨をはき違えてやいないでしょうか?」
「大丈夫でしょ。穂波ちゃんと宍戸さんがいるし」
そう言って視線を向けた先に、やる気十分の穂波ちゃんと、すっかり緊張した様子の宍戸さんの姿があった。
〝やれることは何か〟を考えた結果、私は元生徒会長という権限を大いに利用して、『D.C.』の演奏を披露する時間を用意してもらった。
全校生徒にプログラム表なんかを配布しているわけではないので、しれっと追加する分には問題が無い。
ただ、登壇することはおそらく誰にも話されていないので、ほとんどサプライズ演出だった。
「流石は影の権力者だな」
「いや表の権力者だから」
アヤセの軽口に、そう言ってのけるくらいの余裕が今の私にはある。
昨日一日、何も考えないで行き当たりばったりに過ごしてみたのが、本当にいい気分転換になったみたいだ。
昨日の件は、とりあえず突然の体調不良ということにして、特筆するお咎めにはならなかった。
担任への伝令役を務めてくれた雲類鷲さんには、何かお礼をしておかねばなるまい。
心炉とふたり一緒にっていうのが、いくらかネックになるかと思っていたけど、あの担任から特に突っ込まれることも無かったそうだ。
ここは、普段は品行方正に生きている(つもり)結果だと思って、ありがたく受け取っておこう。
そして、突然決めた今日のステージには、もうひとり協力者がいる。
「スワンちゃん、本当に大丈夫?」
「問題ない」
須和さんは、淡々と答える。
その肩には、宍戸さんのサクソフォンがベルトでかけられていた。
「この一曲で全て決める」
「うん、まあ、頼もしいね」
私としても、無理をしてもらうつもりはなかった。
だけど、この話をしたときに須和さんが「ぜひ吹かせてくれ」と言うので、今日のサクソフォンパートをお願いすることになった。
そもそも天野さんをここに呼ぶわけにはいかないし、須和さんが居ないならサクソフォン無しの演奏にせざるを得ない。
その場合、私たちの望む成果が得られない可能性が十分にあった。
軽音部の演奏が終わって、ドラムなんかのステージ上の配置が入れ替えられる。
吹奏楽部も軽音楽部も終わったのに、後何があるんだと、会場が僅かにざわつくのを感じた。
「いこうか」
みんなが頷き返してくれるのを見届けて、私たちはステージへ踏み出す。
今できる全力をぶつける。
他人の不満を納得させるには、結局、成果を見せるしかないんだ。
私たちは、本気で音楽をやっている。
きっかけは作為的だったかもしれないけど、宍戸さんは少しだけ、自分の意思で音楽と向き合えるようになった。
そのために、みんなが力を貸してくれた。
そうやってできたこのチームを、周りの言葉で無かったことにはさせない。
私たちは今、試されているんだ――
年忘れ会のメインプログラムが終わって、講堂ではそのまま自由歓談自由解散のアフターパーティーが開催されていた。
そもそもの、この会の開催趣旨である「先輩と後輩の時間」を提供するためのものだった。
「ごめんなさい……私、ミスしちゃって」
傍で、穂波ちゃんがものすごく落ち込んだ様子で呟いた。
演奏は、ベストではないにしてもベターな感じで収まったと思う。
そもそもリハの時間もなく、急遽決まったぶっつけ本番。
普段、人前で演奏慣れしている人たちばかりではないということも考えての「ベター」な結果だった。
「明日のミスを今日前倒しにしたと思う」
須和さんの言葉に、穂波ちゃんはちょっぴり元気を取り戻した様子で頷く。
「そうですね。今日で良かったです」
認めてもらうどうこうを抜いても、今日こうして発表をやる意味はあったのかもしれない。
明日の本番を前に、本番想定のステージを体験できたというのは、いい経験と、本番でのリラックスに繋がるだろう。
思えばガルバデの時も、文化祭での練習公演があったからこそ、最終日でのステージがあったような気がする。
「先輩方」
声をかけられて振り向くと、そこに東海林さんの姿があった。
遠巻きに、おそらく須和さんに声をかけたいのであろう、吹部の後輩たちの姿もあった。
「演奏、とても良かったです」
「そう。ありがとう」
「いえ、ただのお世辞です」
東海林さんはズバッとそう言いきってから、バツが悪そうに視線を逸らす。
「ですが、遊びでやってるわけでないことは伝わりました。明日の演奏も頑張ってください」
その言葉が聞けて、胸の奥につかえていた塊が、すっとほどけたような気分だった。
それでも私は、余裕しゃくしゃくって顔をして、彼女に微笑みかける。
「吹奏楽部もね」
「ありがとうございます。あと……須和先輩をお借りしても良いですか?」
その言葉に須和さんのことを見ると、彼女は無言で頷いて、東海林さんの方に歩み寄る。
同時に、後ろに控えていた吹部の子たちが、わっと色めき立った。
「ちゃんと、優秀なリーダーじゃん」
思わず、ちょっと前に須和さんが話していたことを思い出す。
――私は、優秀なプレイヤーではあったかもしれないけど、優秀なリーダーにはなれなかった。
そんなことはない。
こうしてちゃんと後輩に愛される、素敵な先輩じゃないか。
家に帰って、今日は早めにベッドに入ることにした。
本当なら、ユリがウチで暮す最後の日になるのだから、夜通し語り明かしたりもしたかったけど。
明日のコンサートに響くといけないので、そこは大人の選択をした。
「今日のステージ良かったよ。やっぱり、講堂とか、ホールで聴くと全然違うね」
「明日来られない分、ユリにも今日聞かせられて良かった」
「うん、そうだね」
ユリは頷いて、自分の布団の上に身を投げ出した。
「でも、あんなの聞かされたら、やっぱり私も出たかったなって思っちゃった」
「もっと早くに受験勉強始めてたらね」
「むう、それはムリかも……」
しかめっ面のユリを見て、思わず笑みがこぼれる。
明日に対して、それほど緊張も感じていなかった。
たぶん大丈夫。
このままステージを最後までやりきれる。
不安要素はもう、何もないはずなのだから。