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特別編 大きな声を出し恥ずかしがらず

 演奏が終わって控室へ戻って来た私たちは、まばらに座ってぼんやりと呆けていた。

 騒ぐでも、感想を言い合いでもなく、ぼんやりと演奏の余韻に浸る感じ。

 ただひとり、袖で演奏を聴いていてくれた天野さんだけは、すっかりテンションマックスだった。


「すごかった~! 私、ほんとに感動しちゃった!」


 そう語る彼女の目頭は、確かに赤く色づいて、アイシャドウも崩れていた。


「やっぱ、音楽ってすげぇわ」


 コンサートメンバーが誰も話さない代わりに、雲類鷲さんがぽつりと呟く。

 彼女もきっと客席で号泣してたんだろう。

 天野さんよりもハッキリと涙の痕があるどころか、時おりズビズビと鼻を啜っている。

 琴平さんがその背中をさすって、ほんのり笑みを浮かべる。


「ワタシ、音楽は最強の芸術だと思ってます。悔しいですけど。どの言語圏の人にも同じだけ心を揺さぶることができる。映画は、そうはいきませんからね」

「字幕とか吹替とかあるじゃねぇかよ」

「それはもう、アレンジカバーみたいなもんですよ。〝原題そのままで〟ってところがミソです」


 とうとうと語る琴平さんの言葉は、申し訳ないけどほとんど頭に入ってこなかった。

 代わりに何か詰め込まれてるわけでもない。

 考えていたことを全部脳みそからはじき出して、空っぽになって、そこに音が響く。

 トランス状態って言うのかな。

 しばらく委ねていてもいいのかなってくらい、心地の良いものだった。


 そういえば――と、ふと控室を見渡す。

 少人数のチームはごちゃごちゃしてよく分からないけど、大人数のチームはひと目でいるかどうかが分かる。

 けれど、この場に宍戸さんの先輩の団体は見つけられなかった。

 出番が終わったから、客席の方に移ったのかな。

 宍戸さんの演奏、聞いてくれたかな。

 わざわざもう一度、声をかけて欲しいとは考えていない。


――演奏、聞いてて。


 彼女が言った。


――吹きます。


 宍戸さんも言った。


 面と向かってなくても、確かに彼女たちは会話をしていた。

 ステージと、音楽を通して。

 それってすごく、カッコいいなと思った。


 もし宍戸さんが地元に残っていたら、あの高校の吹奏楽部で、かつての仲間たちと一緒に演奏していたんだろうか。

 宍戸さんの演奏に触発されて、同じレベルで演奏できるようになった彼女たちと仲直りをして――相変わらずのことだけど、単なる『たられば』話でしかない。

 宍戸さんは今ここにいて、私たちと、そして須和さんと出会った。

 彼女の音楽も取り戻した。

 それで良いじゃないか。

 そもそも、須和さんが執拗に宍戸さんを求めなければ、こんなことにはならなかった。

 かつての仲間たちも猛練習をして、いつか宍戸さんが戻って来る時を楽しみにしていた――かもしれないけれど、実際にアクションを起こしたのは須和さんの方だ。

 それが彼女たちとの違い。

 宍戸さんがウチの高校に来て良かったと、胸を張って言える理由。


 ひとつだけ言えるのは、きっと互いに、今日のステージのことは忘れないだろうっていうことだ。


「みなさん、今日は本当にありがとうございました。おかげでわた――歌尾は、今までで一番の演奏ができました」


 余韻も堪能し終えたころ、宍戸さんがすくりと立ち上がって、みんなの前で頭を下げた。

 私たちは小さく笑みを浮かべて、拍手でそれに応える。


「いっぱい迷惑をかけてたってことは自覚してます。だから歌尾は、これからの時間を使ってたくさん……できるだけたくさん、みんなにお返しができたらなと思いいます」

「そんな、気を遣ったらまた同じだよ。私たちはやりたくてやっただけ」


 私の言葉に、宍戸さんはちょっと遠慮がちに笑う。

 演奏後で髪形は変わったままでも、その頼りない笑顔はいつも通りで、逆に安心してしまった。


「ユリ先輩もありがとうございました。ほんと、急に参加して貰えて……」

「ううん、いいの。むしろ、ずっと参加したいなぁっては思ってたし」


 ユリは、苦笑しながら頬をかく。


「練習は全然してなかったから、ホントはもっと良い演奏ができたかなって言うのが心残りかなぁ」

「じゃあ、また演りましょう。機会がないなら作って。それができるのが音楽ですから」

「おっ、言うねぇ。楽しみにしてるね!」


 ユリが悪戯に笑う。

 宍戸さんも、顔をくしゃくしゃにして笑う。


「歌尾……ユリ先輩に出会って本当に良かった! 好きです……大好きです!」


 大きな声で、恥ずかしがらずに放った言葉。

 まっすぐで、純粋で、混じりけのない水晶玉みたいな本心。


 込められた気持ちの意味を、私は知ってる。

 そしてユリは――驚いたように大きく目を見開いて、すっかり固まってしまっていた。

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