「メリークリスマース!」
ファミレスの一角に華やかな声が響く。
ユリと約束したクリスマスパーティー。
今日はその当日だった。
どこで開催するのかは、昨日の夜ギリギリまで迷っていた。
というか、コンサートの余韻のせいで、夜中になるまで考える気にならなかったって言うのが本当のところだ。
誰かの家でやるという手もあったのだけど、結局、馴染みのファミレスに落ち着いたのは、前日にみんな出し切って疲れたというのが大きい。
「とりあえずチキン頼もうよチキン。この辛い味のチキンくださーい!」
面々の中では唯一元気な体力お化けユリが、気の向くままにメニューを注文していく。
私もアヤセも心炉も、好きに任せるつもりで全権を彼女に委ねた。
「チキン何皿にする?」
「私、ふた皿欲しいです」
穂波ちゃんが、一緒にメニューを覗き込みながら意気揚々と答える。
ユリは「じゃあ人数分頼んだらいいかな」と言って、チキンを六皿注文した。
「せっかくだからスワンちゃんも来りゃよかったのにな。そしたらコンサートの打ち上げも兼ねられたのに」
「スワンちゃんは、吹奏楽部のクリスマス会だって」
昨日、誘いはしたのだけど、そう言われて断られてしまった。
その理由にはアヤセも納得した様子で、ドリンクバーのウーロン茶を飲みながら頷く。
「歌尾、二年生になったら吹奏楽部に入ろうと思います」
ちょうど須和さんの話が出たところで、テーブルの隅に座る宍戸さんが、落ち着いた口調で語った。
流石に驚いて、私は前のめりぎみに詰め寄る。
「大丈夫? その、他の部員のこととか」
「実はコンサートが全部終わってから、今の部長さんが歌尾のところに来てくれて。自分たちの代わりに、須和先輩の演奏に応えてくれてありがとう――そう、言ってくれました。だから、大丈夫だと思います」
「そう。なら、いいんだけど」
知らないところで、そんなことがあったんだ。
これもまた実力で――演奏で説き伏せたってことになるんだろうか。
上手い人が正義というだけの世界じゃないと思うけど、それでも宍戸さんの演奏には、他の〝ただ上手い人〟には無い何かがあるように感じた。
周りの演奏も引き上げられるっていうか……この感覚はたぶん、一緒に演奏した人じゃないと分からないだろう。
「宍戸さん、なんだか雰囲気が変わりましたね」
優しい口調の心炉に、宍戸さんはちょっぴり恥ずかしそうにして俯く。
「ひとつ、目標もできたんです」
「目標……来年こそ、吹部を全国に連れてくとか?」
「それはきっと部の目標です。そうじゃなくて、私個人的な目標で――」
彼女は覚悟を決めるように深呼吸をすると、真っすぐにみんな――いや、私のほうに向き直った。
「歌尾、来年の生徒会選挙に出馬します」
「それって……」
「はい。生徒会長になりたいんです」
迷うことなく、ハッキリとした言葉で語る。
「この学校に入って本当に良かった。後悔なんて、ひとつもありません。これから入って来る子たちにもそう思って貰いたい。だから歌尾が、生徒会長になりたいんです」
――この学校に通いたいって思ってくれたこと、後悔はさせないよ。
私がそう、強がって彼女に言ったのは、いつのことだったかな。
もしもそれが、彼女の中でこれまで支えになってくれていたのなら――柄にもなく目頭がほてって、私は気持ちを落ち着けるようにウーロン茶に口をつける。
「そのころ、私たちはもう卒業しているけど……そう言うことなら応援するよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、私とライバルだ」
「そうだね。手加減抜きだよ」
宍戸さんと穂波ちゃんが、張り合うようにして笑う。
二期連続の出馬を目指すっぽい穂波ちゃんと、すっかり気持ちが変わった宍戸さん。
来年の選挙は、ずいぶん見ごたえのある形になりそうだ。
選管はまた大変そうだね。
それから注文したご飯を食べたり、上限千円と決めたプレゼント交換をしたり、クリスマスらしいクリスマスを満喫する。
学校のこと。
最近見ているテレビや動画のこと。
ワイワイと話が盛り上がる中で、私は一度トイレに立った。
さっと用を足して席に戻ろうとしたところで、ドリンクバーコーナーにユリとアヤセと心炉が固まっているのが見える。
彼女たちもこちらに気づいて手を振って来たので、私もそこに合流する。
「ちょうど星のグラスも持って来てたんだ。適当にお茶入れときゃいいかなって」
「ありがとう。でも私、次はホットにしようかな」
アヤセから受け取ったグラスを返却トレーに置いて、私はホット用のカップを手に、数種類が並ぶティーバッグを物色する。
「歌尾のやつ、ホント変わったな。俗にいう〝覚醒〟ってやつだ」
「そんな仰々しいものじゃないよ。たぶんだけど、あれが本来の宍戸さんだったんだと思う」
私たちの知らない、中学一年の夏までの宍戸さん。
もちろん、成長している点もあるんだろうけど、無意識に抑え込まれることがなくなった本来の彼女の姿。
「んで……ユリはどうすんだよ」
「うん?」
アヤセの問いに、メロンソーダを注いでいたユリは、話半分に振り返る。
その間アヤセは、お伺いを立てるように私のことを見ていた。
私は何も言わずに、同じようにユリを見る。
「昨日の歌尾のあれ。きっと〝そういうこと〟だろ?」
「あー、うん……あはは――うわっ、ジュースこぼれた!」
ユリの意識が削がれている間に、彼女のコップからメロンソーダがこぽごぽと流しにあふれ出していた。
慌ててボタンから指を離したユリは、なみなみのコップにストローを刺して、持ち運べるようになるまで中身を吸い上げる。
「あの、ごめんなさい。〝そういうこと〟って、何がどういうことなんですか?」
全く状況を理解できてないらしい心炉が首をかしげる。
「だからほら。昨日の演奏の後、歌尾がユリのこと〝好き〟って」
「はい……はい!?」
静かに聞いていた心炉は、突然素っ頓狂な声を上げて固まった。
すぐに顔を真っ赤にした彼女は、やがて狼狽えたようにもじもじとし出す。
「えっ……あれって、尊敬してますとかそう言う意味じゃ……ええ……?」
「残念だ。心炉ちゃんに人の心は無かったか……」
「失礼なこと言わないでください、アヤセさん! 私だってそんな――」
心炉は目くじらを立ててアヤセに詰め寄ろうとしたけれど、突然ハッとして言葉を飲み込む。
そのまま何も言わなくなってしまったので、アヤセの視線は再びユリへと向いた。
「ううん……あたし、どうしたらいいんだろうね?」
ユリは、苦笑しながらそんなことを言う。
それはいったい、どういう反応なんだろう。
スッパリ断る気が無いなら、受け入れる道もあるってこと……?
「あたしさ、今さらなんだけど、続先輩の気持ちが分かった気がする」
呟くように口にしたユリに、アヤセも心炉も首をかしげる。
「なんでまた、ここで続先輩?」
「実はあたしさ、続先輩に告ったことあるんだよねー」
「あっ……」
私の止める間もなく、ユリは「えへへ」と頭を描きながら暴露した。
今度はアヤセと心炉がダブルで固まって、また同じように慌てだす。
「はあ!? あっ……いや、まて! そ、そうか……ああ、ああ……ああー! そういうことかぁ!」
アヤセが両手で顔を覆って、へなへなとその場にしゃがみ込んだ。
直前に私とユリとを見比べていたのは、たぶん、全部理解しましたってことなんだろう。
ユリが慌ててアヤセの真正面にしゃがみ込む。
「え、アヤセ大丈夫? そんなにショックなこと?」
「ショックってわけじゃねーけど、今までモヤモヤしてたことのつじつまが全部合ったって感じ」
「そ、そう?」
ユリは、アヤセが何をどこまで理解したのかまでは分かるまい。
この中で唯一それを知るのは、私だけだと思う。
「えっと……それで、結局どうするんですか?」
一方、単純に暴露された新事実を受け止めただけの心炉が、再度話をもとに戻す。
ユリは腕組みをして小さく唸ると、困ったような顔で天井を見上げる。
「ちょっと、考えたい……かな。返事を急がされるんでなければ、一番〝良い〟って思える方法を」
「……そっか」
当事者でない私は、そう頷くほかなかった。
ユリがどんな選択をするのか。
それは彼女の気持ちに寄るべきことだ。
私が口を挟む問題ではない。
けど……その選択を私が受け入れられるのかどうかもまた、私の気持ちに寄るべきことなのだと思う。