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12月26日 勝負の年末

 クリスマスが過ぎて、街の浮ついた気分も落ち着いたものに変わっ――たかは分からないけれど、少なくとも仲間内の空気は年越しのまったりムードに変わった。

 今日からしばらく、それこそ大晦日と元旦までは、家から一歩も出る予定はない。

 それが受験生っていうものだ。

 相変わらず雪もひどいし。


 街の様子が分からないのも半引きこもり生活のせいであって、きっと商店街に出れば、クリスマスカラーと何ら変わらない赤白緑の元旦商品があたりを埋め尽くしていることだろう。


 年なんて変わらなきゃいいのに――今年ほど、そんなふうに願ったことはない。

 受験勉強は、ぶっちゃけお尻に火がついている状態。

 クリスマスコンサートは大成功だったものの、代わりに色んなものをお座なりにしてしまったのも事実で、特に成績の低下は無視できるものじゃない。

 担任曰く低下してるわけじゃなくて、相対的に周りと比べて停滞しているってことらしいけど、どちらにしろ全国の顔も知らないライバルたちにおいていかれている事実は、私を焦らせるのに十分すぎるものだった。


 そうは言っても、各教科、基本はとっくの昔に抑え終えている。

 足りないのは出題パターンに慣れること。

 つまるところ、できるだけ多くの過去問を解いて、この問題文だったらあの解き方だなって、瞬時に脳みそから引き出せるようにすることだ。

 受験において、最も必要な力は国語力だと言う教師もいる。

 数学でもなんでも、書かれている問題文を読み解く力が、そのまま理解力に直結するってことだ。

 新聞の社説を読むとか、論文対策以上に、そもそもの「読む力」を高める意味がある。

 もっとも、このスマホ社会において現代人はかつて以上に文字を読んでいるとも言われているけれど。


 勉強に集中していたところで、トタントタンと聞き馴染みのある足音が階段を登って来る。

 このつま先立ちでもなく、かといってベタ踏みでもない。

 スマホの保護シートみたいに、足の裏をねっとり忍ばせる歩き方。

 ほとんど反射的に心を殺して、私は襲来に備える。


「妹よー? おるかー?」


 何の気を遣ってるのか分からないけど、まるで泥棒が忍び込むみたいにそっと開け放たれる部屋の扉。

 そういう気の遣い方をするなら、そもそもノックをして欲しいって言うのは贅沢なんだろうか。


「でてけ」

「第一声がそれって何事!?」


 突然来訪した姉は、大げさに驚きながらどさっとベッドに腰を下ろす。

 あからさまに邪険にされてるところに、それでも居座ろうとする豪胆さだけは、本当に尊敬に値する。


「久々のご帰還のお姉さまに、愛してるの一言もないの?」

「I see tell you」

「いや、分かりましたじゃなくって。まあいいや、はいこれ、お土産の雷おこし」

「またベタな」


 変なキーホルダーとか買って来られるよりはいいけどさ。

 ただ、姉さまは何やら不満なご様子で、自分で差し出したお土産の袋を、自分でビリビリと破き始めた。


「雷おこしって、もはや一周回ってベタじゃないと思うわけさ。人形焼きとかも」

「東京土産って言ったらさ、もうほとんどバナナとか、なんたらサンドとか、バウムクーヘンなわけじゃん」

「最近はひよこのお菓子が復権してるらしいけど」

「ああいう動物模したヤツって、可哀そうでお姉さま食べられないわ」


 お土産なんだから、そんな個人の好き嫌いは関係ないんじゃないかな。

 なんで自分が食べる前提で話が進んでるんだろうと思った傍らで、姉は雷おこしをバリボリとむさぼっていた。


「ベッドの上に落とさないでよ」

「大丈夫。雷おこし食べるプロだから」


 まったく意味が分からない。

 まあ、汚したら汚したで、代わりに年末の大掃除をさせるだけだから良いけど。


「おーい、妹よー」

「I see tell you」

「そのネタはもう良いから。一回くらい振り向いたらどうじゃ?」


 なんか、ヤケに絡んでくるな。

 久しぶりに会ったからか?

 ほっとくのも面倒そうなので、シャーペンを机の上に投げ出して、椅子ごとぐるりと振り返る。

 瞬間、思わずそのままの体勢で硬直してしまった。


「……髪、切ったの?」


 夏までは肩口に垂れるくらいだった髪の毛が、軽やかなショートボブに変わっていた。

 毛先を軽く外側に跳ねているのは彼女なりのオシャレなのか、クセなのか分からないけど、とにかく一瞬理解が追いつかないくらいの代わり映えだった。


「ひと通りお土産の話をするまで気づかないって、可哀そうだとは思わないのかね?」

「それは全く」

「ぴえん」


 似合わない泣きっ面で、彼女は相変わらずお米を固めて揚げたお菓子を、バリボリと頬張る。

 なんか、軽いサイコパスでも見てるかのような光景だ。


「なに。ついに失恋?」

「ラブラブですぅー! てか、ついにって何ー!?」

「あんたがフられる時は、飽きられるか、呆れられるかのどっちかでしょ」

「んもう、失礼しちゃう!」


 姉は頬を膨らませながら、それでもまだバリボリと糖分と油の塊をかみ砕いた。

 大丈夫?

 なんか中毒になってない?


「ふたりとも髪長いとさ、すぐ詰まるの!」

「何が」

「お風呂の排水溝!」

「捨てればいいじゃん」

「うるさぁい! 風呂掃除の思ったよりめんどくさい感を思い知れぇ!」


 んなこと言われたって、私は何の仇なんだ。

 それに「思ったより」って言ってる時点で、普段やって無かったのまるわかり出し。

 まったくもって説得力がないね。


「来年ひとり暮らししたら、絶対めんどくささが骨身に染みるんだ」

「その時は銭湯通いするから」

「くそう。時間効率を金で買うブルジョワジーめ……これだからバイトなんてさせたくなかったんだ」

「反対された覚えないけど」

「そうだった。お姉さまはいつだって味方だよって、カッコつけてたんだった」

「せめて一環しろ」


 いい加減付き合いきれなくなって、私はシャーペンを拾い上げて再び机に向かう。

 すると、姉は机の傍まで嬉々としてすり寄って来た。


「勉強教えようか? 東大リケジョの特別個人レッスン、ポロリはないよ?」

「じゃあいらない」

「あ、うそ! ちょっとならアリでもいいから! ああ、先っちょくらいなら!」

「うるさい! これで十分だから!」


 そう言って、参考書代わりに広げていた「ニガテ解体・真」……なんだっけ、忘れた。

 とにかくアネノートで、うざったい姉の顔面を思いっきりひっぱたいてやる。

 すると彼女は、大げさにベッドの上に倒れ込んだ後に頬を押さえながらこちらを睨んだ。


「それの使用法守られてないもん! 使用権はまだー、星にはありませんー」

「使用法……? なんだっけそれ」


 本当に、全く覚えてなくって、アネノートをぱらぱらとめくる。

 すると、一番最後の奥付に、思いっきりそれは書いてあった。


――ただし「お姉ちゃん大好き」と、愛を込めたボイスメッセ―ジを録音し、私のもとへ送付すること。


 初めて見たレベルで、完全に忘れてた。

 私は少しだけ考えた後に、何事もなかったかのように机に向かう。


「I see tell you」

「そのネタはもう良いって!?」


 これ以上は、もう無視したほうが早そうだ。

 私は完全に興味を失くした素振りで、勉強に集中することにした。


 とにもかくにも、私にとっては騒がしくも大事にすべき、勝負の年末が始まるのだった。

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