『今年の想い出を語ろうタイムー!』
夜、グループ通話を開いて勉強をしていたら、ユリが突然そんなことを言いだした。
「どうした突然」
『だって年末だよ? 今年のこと振り返らなきゃ』
「その使命感はどこから来るんだ」
本当に謎だ。
何をどう思ったら、そんな「やらなきゃ死んじゃう」みたいな声のトーンで語れるのだろうか。
『明日の夜中に、みんなで初詣に行くじゃないですか。どうせその時に話すんじゃないですか?』
心炉の冷静なツッコミが入る。
ユリは通話口越しにう小さく唸ってから、あっけらかんとして答えた。
『たぶん、新年を祝うのに忙しくて、昨年(今年)のことなんてスッパリ忘れちゃうよ!』
ご丁寧に「かっこ今年かっことじ」まで添えて力説する。
そしてそれは、ユリの思考回路的には大いにありうることだと思った。
『じゃあ、あたしからね! えっとね……えーっとね』
先陣を切ったわりに、すっかり黙りこくってしまう。
まさか、トップバッターから思いつかないなんてことある?
『ごめん、いろいろありすぎたからランキングにしていい?』
「好きにしな」
どうせ、勉強の休憩がてらの戯言だ。
ユリが考えてる間、こっちはカリカリとシャーペンを動かす。
『よし、決まった! 第三位! じゃじゃん!』
それから、待ったんだか待ってないんだか分からないくらいの間に、ユリの思い出ランキングが始まった。
『お泊り会で作ったエビカレー!』
「え、そこ?」
『つい最近じゃねーか』
思わず、私とアヤセの双方から野次が飛ぶ。
『ええー。だって、カレーをみんなで食べるって最高の想い出だよ? 林間学校だよ?』
「少なくとも林間学校の場ではない」
いきなり突拍子もないところが出てきて、驚いたんだか、呆れたんだか、よく分からない空気になってしまう。
むしろそれが三位って、他のふたつは何なんだ?
『第二位! じゃじゃん! 映画撮影の肝試し!』
あ、二位は思ったよりまともだった。
『あれはまあ、楽しいと言えば楽しかったですね』
『私は、ソッコーで脱落だったからなぁ。ゾンビ側にまわりゃよかったかな』
「アヤセは、私にだけ遠慮なさそうだから却下」
『星さんの克服できない弱点を知れたのは、いい経験でした』
「知っても使う機会は訪れないよ」
私が、そういうものに近づかないからね。
映画だって、立場さえなければ……立場さえなければ。
あの時ほど、生徒会長であることを後悔したことはない。
『第一位――は、CMの後!』
「なんだそりゃ」
『はい、CMもとい、他のひとどーぞ!』
そういう意味ね。
きっと、自分ばかり語ってるのに飽きたんだろう。
さっさと終わらせるためにも、サクッと何か言ってやるかと思ったら、先にアヤセが口を開いた。
『なんだかんだで、みんなで学園祭ライブできたことかなぁ。私、部活は書道部か軽音部の二択だったから』
『なんで書道部を選んだんですか?』
『ウチの親、わりと古い感じでさ。軽音とかチャラチャラしたのダメだって、猛反対されちまったんだよね。だから書道部』
〝だから〟の繋がりがいまいちよく分からないんだけど。
『私が一年の時の三年の先輩に、ウチの常連さんがいてさ。確保されちゃったんだよ。着付けができる人って』
「そんな理由なの?」
『そんな理由よ。私、最初は着付け要員。それが書道で推薦取ってんだから、人生どうなるか分からんもんよなぁ』
アヤセは、すっかり還暦のおばあちゃんみたいなトーンでしみじみと語る。
『私は、ホワイトデーでしょうか』
続くように、心炉が言う。
『みなさんがくれたハンカチは、本当に嬉しかったです。ちゃんとお礼を言えてなかった気がしたので、この機会にありがとうを言っておきたいです』
『心炉……』
『心炉ちゃん……』
音声通話だから顔は見えないけど、たぶんみんな心が〝トゥンク〟してるんだろうなってのは伝わった。
「心炉は最近、〝がーん〟しなくなったもんね」
『みなさんのノリに慣れて来たことと、あと期待をしなくなったからですかね』
『お、心炉のやつ、なかなか失礼なこと言ってるぞ』
『よーし、じゃあ明日はどっかで言わせてやるー!』
『それ、別に頑張らなくてもいいことですよね!?』
余計なことを言うからだよ。
まったく、つくづく心炉はウチの学校が似合ってないなと思う。
もっと真面目ちゃんが集まってる東高か、もしくは山の上のお嬢様学校とかの方がピッタリそうだ。
それは私にも言えるんだろうけど、それぞれなんでかこの高校に来てしまったから、こうして出会うことになってしまったんだろうね。
『星はー?』
ユリが、急かすように言う。
どうやら自分の第一位は、オオトリに取っておくらしい。
「そうだな……」
パッと思い出せるのは、どれもユリとの思い出ばかりだった。
なんだかんだで、私のいるとこにはだいたいユリの姿があって、いつも目で追ってて、だから記憶に残るのも彼女の姿。
でも、そんなの恥ずかしくって言えないし、アヤセに絶対茶化されるのが分かっているので、そこからちょっと脇道に逸れようと試みる。
「アマレス部の部長さんの、やたらいい笑顔かな……」
『えー、なにそれ!?』
ユリだけじゃなく、みんなの素っ頓狂な声が響く。
まあそうでしょう。
だって、私の記憶にしかないはずだから。
「いや、クラスマッチのために一緒に特訓してたのが、妙に頭に焼き付いてて」
『あー、ノーザンライトスープレックスな。それならしゃーない』
何がしゃーないのか分かんないけど、アヤセが同意してくれて、他のふたりも納得した様子で頷く。
実際、強烈だったんだよ。
綺麗に生えそろった歯とか、真っ白だったし。
てか、ユリとの思い出をちょっと脇道に逸らすと、だいたい変な記憶がついてくる気がする……私は、人生の綺麗なところだけを見ているのかもしれない。
「はい。お膳立てはもう済んだから、第一位どうぞ」
思ったより話し込んでしまったので、話を無理やりたたもうと投げかける。
ユリもそのつもりらしく、ふふんと小さく鼻を鳴らしながら、勿体ぶるように語った。
『それでは、栄えある第一位は――』
そこまで言って、言葉を飲み込むようにして固まる。
まだ引っ張るのかと思ったところで、「うー」と唸る声がスピーカーからこぼれた。
『やっぱり、ベストテンにしていい?』
「はい、みんな休憩終了だよ。勉強しよ」
無慈悲に言い放つと、他二名からは「はーい」と同意の返事が帰ってきた。
この調子じゃ、絶対にベストテンで終わらない。二十になって、三十になって、最終的にカウントダウンTVになるんだ。
そしたら思い出語りで朝までコースだね。
『みんな聞いてるだけで良いから! ね!』
「それじゃ、あんたの手が止まったままでしょうが、受験生」
『うう、でも思い出がありすぎて……』
それは結構なことだけどね。
だけど、そう言えば今年はいつもよりも一年間のこと、よく覚えてるような気がするな。
なんでだろう、なんて考えなくったって、日記をつけてるおかげなんだろうけど。
イコール続先輩のおかげって感じがしてしまって、個人的には認めたくない。
それでも、ほんとにちょっとだけなら、感謝しても良いなって思う。