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12月30日 おもいでぽろぽろ

『今年の想い出を語ろうタイムー!』


 夜、グループ通話を開いて勉強をしていたら、ユリが突然そんなことを言いだした。


「どうした突然」

『だって年末だよ? 今年のこと振り返らなきゃ』

「その使命感はどこから来るんだ」


 本当に謎だ。

 何をどう思ったら、そんな「やらなきゃ死んじゃう」みたいな声のトーンで語れるのだろうか。


『明日の夜中に、みんなで初詣に行くじゃないですか。どうせその時に話すんじゃないですか?』


 心炉の冷静なツッコミが入る。

 ユリは通話口越しにう小さく唸ってから、あっけらかんとして答えた。


『たぶん、新年を祝うのに忙しくて、昨年(今年)のことなんてスッパリ忘れちゃうよ!』


 ご丁寧に「かっこ今年かっことじ」まで添えて力説する。

 そしてそれは、ユリの思考回路的には大いにありうることだと思った。


『じゃあ、あたしからね! えっとね……えーっとね』


 先陣を切ったわりに、すっかり黙りこくってしまう。

 まさか、トップバッターから思いつかないなんてことある?


『ごめん、いろいろありすぎたからランキングにしていい?』

「好きにしな」


 どうせ、勉強の休憩がてらの戯言だ。

 ユリが考えてる間、こっちはカリカリとシャーペンを動かす。


『よし、決まった! 第三位! じゃじゃん!』


 それから、待ったんだか待ってないんだか分からないくらいの間に、ユリの思い出ランキングが始まった。


『お泊り会で作ったエビカレー!』

「え、そこ?」

『つい最近じゃねーか』


 思わず、私とアヤセの双方から野次が飛ぶ。


『ええー。だって、カレーをみんなで食べるって最高の想い出だよ? 林間学校だよ?』

「少なくとも林間学校の場ではない」


 いきなり突拍子もないところが出てきて、驚いたんだか、呆れたんだか、よく分からない空気になってしまう。

 むしろそれが三位って、他のふたつは何なんだ?


『第二位! じゃじゃん! 映画撮影の肝試し!』


 あ、二位は思ったよりまともだった。


『あれはまあ、楽しいと言えば楽しかったですね』

『私は、ソッコーで脱落だったからなぁ。ゾンビ側にまわりゃよかったかな』

「アヤセは、私にだけ遠慮なさそうだから却下」

『星さんの克服できない弱点を知れたのは、いい経験でした』

「知っても使う機会は訪れないよ」


 私が、そういうものに近づかないからね。

 映画だって、立場さえなければ……立場さえなければ。

 あの時ほど、生徒会長であることを後悔したことはない。


『第一位――は、CMの後!』

「なんだそりゃ」

『はい、CMもとい、他のひとどーぞ!』


 そういう意味ね。

 きっと、自分ばかり語ってるのに飽きたんだろう。

 さっさと終わらせるためにも、サクッと何か言ってやるかと思ったら、先にアヤセが口を開いた。


『なんだかんだで、みんなで学園祭ライブできたことかなぁ。私、部活は書道部か軽音部の二択だったから』

『なんで書道部を選んだんですか?』

『ウチの親、わりと古い感じでさ。軽音とかチャラチャラしたのダメだって、猛反対されちまったんだよね。だから書道部』


 〝だから〟の繋がりがいまいちよく分からないんだけど。


『私が一年の時の三年の先輩に、ウチの常連さんがいてさ。確保されちゃったんだよ。着付けができる人って』

「そんな理由なの?」

『そんな理由よ。私、最初は着付け要員。それが書道で推薦取ってんだから、人生どうなるか分からんもんよなぁ』


 アヤセは、すっかり還暦のおばあちゃんみたいなトーンでしみじみと語る。


『私は、ホワイトデーでしょうか』


 続くように、心炉が言う。


『みなさんがくれたハンカチは、本当に嬉しかったです。ちゃんとお礼を言えてなかった気がしたので、この機会にありがとうを言っておきたいです』

『心炉……』

『心炉ちゃん……』


 音声通話だから顔は見えないけど、たぶんみんな心が〝トゥンク〟してるんだろうなってのは伝わった。


「心炉は最近、〝がーん〟しなくなったもんね」

『みなさんのノリに慣れて来たことと、あと期待をしなくなったからですかね』

『お、心炉のやつ、なかなか失礼なこと言ってるぞ』

『よーし、じゃあ明日はどっかで言わせてやるー!』

『それ、別に頑張らなくてもいいことですよね!?』


 余計なことを言うからだよ。

 まったく、つくづく心炉はウチの学校が似合ってないなと思う。

 もっと真面目ちゃんが集まってる東高か、もしくは山の上のお嬢様学校とかの方がピッタリそうだ。

 それは私にも言えるんだろうけど、それぞれなんでかこの高校に来てしまったから、こうして出会うことになってしまったんだろうね。


『星はー?』


 ユリが、急かすように言う。

 どうやら自分の第一位は、オオトリに取っておくらしい。


「そうだな……」


 パッと思い出せるのは、どれもユリとの思い出ばかりだった。

 なんだかんだで、私のいるとこにはだいたいユリの姿があって、いつも目で追ってて、だから記憶に残るのも彼女の姿。

 でも、そんなの恥ずかしくって言えないし、アヤセに絶対茶化されるのが分かっているので、そこからちょっと脇道に逸れようと試みる。


「アマレス部の部長さんの、やたらいい笑顔かな……」

『えー、なにそれ!?』


 ユリだけじゃなく、みんなの素っ頓狂な声が響く。

 まあそうでしょう。

 だって、私の記憶にしかないはずだから。


「いや、クラスマッチのために一緒に特訓してたのが、妙に頭に焼き付いてて」

『あー、ノーザンライトスープレックスな。それならしゃーない』


 何がしゃーないのか分かんないけど、アヤセが同意してくれて、他のふたりも納得した様子で頷く。

 実際、強烈だったんだよ。

 綺麗に生えそろった歯とか、真っ白だったし。

 てか、ユリとの思い出をちょっと脇道に逸らすと、だいたい変な記憶がついてくる気がする……私は、人生の綺麗なところだけを見ているのかもしれない。


「はい。お膳立てはもう済んだから、第一位どうぞ」


 思ったより話し込んでしまったので、話を無理やりたたもうと投げかける。

 ユリもそのつもりらしく、ふふんと小さく鼻を鳴らしながら、勿体ぶるように語った。


『それでは、栄えある第一位は――』


 そこまで言って、言葉を飲み込むようにして固まる。

 まだ引っ張るのかと思ったところで、「うー」と唸る声がスピーカーからこぼれた。


『やっぱり、ベストテンにしていい?』

「はい、みんな休憩終了だよ。勉強しよ」


 無慈悲に言い放つと、他二名からは「はーい」と同意の返事が帰ってきた。

 この調子じゃ、絶対にベストテンで終わらない。二十になって、三十になって、最終的にカウントダウンTVになるんだ。

 そしたら思い出語りで朝までコースだね。


『みんな聞いてるだけで良いから! ね!』

「それじゃ、あんたの手が止まったままでしょうが、受験生」

『うう、でも思い出がありすぎて……』


 それは結構なことだけどね。

 だけど、そう言えば今年はいつもよりも一年間のこと、よく覚えてるような気がするな。

 なんでだろう、なんて考えなくったって、日記をつけてるおかげなんだろうけど。


 イコール続先輩のおかげって感じがしてしまって、個人的には認めたくない。

 それでも、ほんとにちょっとだけなら、感謝しても良いなって思う。

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