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12月31日 ゆく年

 大晦日の夜中に、私たちはずらりと並んだ初詣の待機列の中ほどで身を寄せ合っていた。

 初詣なのだから、年が明けなければ動き出すことが無い行列。

 あと30分少々の時間が、途方もない拷問のように感じられた。


「昔からこの辺で初詣って言ったらここだけどさ」


 悪態のひとつでもつかないとやってられなくって、思わず独り言ちる。


「なんで私ら、小さい頃からご利益があるわけでもない戦没者に詣でてんの?」

「それを考えてるやつは、たぶんこの行列の中にほんの一握りしかいないと思うぞ」


 アヤセの忌憚なきご意見に、私はただ唸るしかない。

 なんかもう、そういう場所なんだ。

 誰を祀ってるかとかじゃなくて、人がたくさん来るから初詣の定番みたいになってる場所。

 実際に、県内じゃ一番の初詣客が訪れるらしいし。


 ちなみに二位は、同じく市内になる、山岳信仰の分社らしい。

 家から少し離れていることもあり、そっちの方には行ったことが無い。


「でも、とっても由緒あるんだよここ。古くは戊辰戦争の英霊を祭っていたところでね」


 ユリのウンチクがこぼれた瞬間、私と心炉の脳内のシナプスがパーンと弾ける。


「戊辰戦争、一八六八年」

「新政府軍、旧幕府軍、奥羽越列藩同盟、蝦夷共和国」

「鳥羽伏見で始まって箱館戦争で終わる」

「ハコの字が今と違うので注意ですね」

「こいつらの歴史観は完全に穴埋め問題になってるな」


 ほとんど反射的だったので、私も心炉もハッとして、意識を大晦日に引き戻した。

 無意識の痴態を取り繕うように、小さく咳ばらいをする。


「仕方ないじゃん。もう二週間前だよ」

「反射的にあふれ出るくらいに詰め込んでますよね」


 受験生の脳内は、基本的に要領いっぱいの飽和状態だと思ってる。

 人生の中で、マジでこの二日間でしか使わない知識を、箱の形がパンパンに変形して蓋が閉まらなくくらいに、ギッチギチに詰め込む。

 だからある意味、テストをしている瞬間は、独特の気持ちよさがある。

 抑え込んでいたものを開放するっていうか。

 「えっ、いいの?」って、子供みたいに素直に、頭の中の知識をマークシートの上にぶちまけて行く。

 その境地にまで至ったら、あとはイカの色塗りゲームみたいなものだ。

 昔、一回だけ友達の家でやったことあるけど、あまりに下手くそすぎて「二度とやるか」って放り投げた記憶がある。

 隅々まで綺麗に塗りあうだけならいいのに、なんで対戦相手を攻撃する機能があるの。

 気持ちよく塗らせてよ。


「あー、みんな来てたんだね」


 嫌な記憶を思い出していたところに、嫌な声が響いた。

 恐る恐る振り返ると、続先輩が姉と連れ立ってニコニコと笑みを浮かべていた。


「出た、ラスボス」


 アヤセが耳元で呟いたので、私は咄嗟に彼女のみぞおちを肘で小突いてやる。

 クリーンヒットしたらしい彼女は、お腹を抱えながら脂汗を浮かべて悶えていた。


「続先輩、今から並ぶんですか?」


 ユリがちょっと身を乗り出しながら訊ねる。

 完全にご主人様を見つけた柴犬みたいだった。


「私たちは隣の薬師堂だよ。明ちゃんがそっちが良いって」

「県民としては、薩摩より最上の縁でしょう」


 胸を張って答えた姉に、ユリはずがーんと雷に打たれたように硬直する。

 歴史に興味のない私からしたらサッパリだけど、何か通じる話があるんだろう。


「ユリの字一生の不覚……言われてみれば、確かにそうだね」

「あ、じゃあ、みんなも一緒に薬師堂並ぶ?」


 ふわふわと語る続先輩だったが、私は思いっきり嫌そうな顔を浮かべて答える。


「私、並び直すの嫌なんだけど」


 それは反骨心とかじゃなくて、単純に嫌だった。

 寒いし。

 ここまで待ってたし。

 今動いたら、ものすごく損した気分になる。


「えー、でも明ちゃんの話聞いてたらさ! なるほどってなるじゃん!」

「ならなかったけど」


 ユリが食い下がる。

 どうせだから先輩といっしょが良いのかなっても思ったけど、その目の色は単純な歴史ヲタのそれに染まっていた。


「そんなに言うなら行って来たら」

「えー、でも、このあとみんなで甘酒飲んで、ちょっとだけ夜店回ろうって言ってたじゃん」

「参拝終わったら合流すればいいでしょ。ほんとに、敷地が背中合わせなんだし」


 私はぶっちゃけ、初詣という行為ができるなら拝む相手は誰だっていい。

 誰だっていいなら、できるだけ動かなくて済む方を選びたい。

 すると、いつの間にか復活していたアヤセが、また耳元に顔を寄せた。


「いいのか?」

「初詣くらい大したことないよ」


 ちょっと強がった。

 でも、得意の意地っ張りでどうにか気を持った。


「まっ、せっかく並んだんだし、ウチらはここでお参りしてこうぜ。その後、ハシゴ詣ですりゃいいじゃん」


 私の意を汲んでくれたのか、アヤセはユリの肩をがっちり組んで、何でもないように言った。

 そのひと言でユリも納得した様子で、ハッキリと頷く。


「そだね。流れでそのまま行けば良いもんね」

「そっか。じゃあ、私たちは良くね。もし、また会ったら~」


 続先輩と姉は、ひらひらと手を振りながら隣の薬師堂の参道へと吸い込まれていった。

 同時に、ゴーンとお堂の鐘の音が響く。

 一○八回鳴らすわけではないだろうけど、そろそろ、年越しが近いのであろう合図だった。


 長い一年だった。

 大変なことばかりだった。

 ほとんどなんでも「乗り切ろう」って気持ちばっかりだった。


 来年はもう少し、心に余裕のある大人の女になろう。

 狩谷星十八歳の新年の抱負だ。

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