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1月2日 真剣ゼミ

 正月気分も、元旦を過ぎたらぱったりとなりをひそめてしまうものだ。

 小さいころなら年賀状の到着を心待ちにしたりもしたのだろうけど、なんでもラインでやり取りできるこのご時世なら、イベントごとへの関心も日刻み、はたまた分刻みだ。

 喜んで初売りに出かけたりしたのも去年までのこと。

 ぱーっと買い物をしたい気持ちはあるけれど、せめて受験が終わるまでは我慢しておこう。


 では三が日の二日目に何をしているのかというと、ウチの和室を全面開放して大勉強会が開催されていた。

 元旦未明のぼんやりとした記憶に残る、続先輩の「勉強見てあげる」という言葉は、彼女(たち)が東京に帰るという六日の夕方までにかけて、毎日場所を変えながら実行されることになった。

 参加したのは私とユリと心炉の、まだ受験が残ってる組。

 アヤセは実家の仕事始めで大忙しらしい。


「さすが牧瀬先輩ですね。とても分かりやすくて助かります」

「心炉ちゃん、生徒会にいたころによくみんなで勉強したもんね。それにしてもすごく伸びたね。びっくりしちゃった」


 勉強しながら世間話に花を咲かせる、元生徒会の先輩後輩コンビ。

 あの世代の下位役員は心炉ひとりだけだったから、たっぷりと可愛がられていたんだろうなっていうのは容易に想像できた。

 心炉は、なぜか得意げに鼻を鳴らした。


「いい競争相手が目先に居ましたので」


 それが私のことを言っているのなら、まるで人をニンジンみたいに言うじゃないか。


「ランク上げるつもりなんだって?」


 尋ねる姉に、心炉は確かに頷き返す。


「共通テストの自己採点次第ですけれどね。浪人をするつもりはないので、滑り止めの私立もいくつか受けなければなりませんし」

「じゃあ、春からは東京か。私らみたいに、星と心炉もルームシェアでもしたら?」

「ぶっ!? 何を言ってるんですか!」


 すすりかけたお茶で、心炉は思いっきりむせ返っていた。

 私は慌ててハンカチを貸しながら、姉の頭を思いっきりはたく。


「いたっ!?」

「アホなこと言うから心炉が困ってるでしょうが」

「お姉ちゃん、わりとまともなこと言ったと思うけど!?」

「そうだよ。東京の家賃は高いし、日中に玄関のカギをかけなくていい地方の街とは違うんだから。真面目に考えていいことだと思うよ」


 続先輩に、至極真面目に窘められてしまった。


「言ってることは正しいんでしょうけど、まだ受かったわけでもないのに、いきなりすぎるって言ってるんです」

「じゃあ、いつならいきなりじゃないのかな?」


 たった一言で、何も言い返せなくなってしまった。

 決まってからじゃ遅い……姉の時は、入試当日に内見も一緒に済ませてくる勢いだったっけ。

 学生も社会人も異動の時期だから、物件もなくなってしまうだろうし。


「ごめん、心炉。ウチの姉がアホで」

「それは構いませんが……少なくとも、日本で一番偏差値の高い大学に通ってるお姉さんをアホ呼ばわりはよくないと思いますよ」


 フォローのつもりが、こっちからも正論パンチが飛んできてしまった。

 くそう、これだから頭の良い人と話すのは嫌なんだ。


「ねーねー、ここの構文がわけわかめなんですけどー?」


 それまで問題集とにらめっこしていたユリが、いい感じに偏差値の低そうな声を上げてくれた。


「どこ。見せてみ」

「大丈夫、私が見るよ。星ちゃんは自分の勉強をしないと」


 いつもの調子でユリのノートを覗き込もうとしたところで、続先輩に釘を刺されてしまった。

 いろいろと思うところはあるけど、どうにも引き下がるほかない。


「ユリちゃんもずいぶん伸びたねぇ。今までテストは振るわなくても、課題とかは真面目にやってたもんね」

「ユリは、基礎はできてたから……ほんと、最低限も最低限だけど。それを思い返して、あとは応用をたたき込むだけ」

「なんで星が得意げなんだい?」


 姉にそんなこと言われたって、これだけは胸を張って言える。

 ユリは私が育てた。

 定期テストや長期休暇のたびに何度泣きつかれては、面倒を見てきたと思ってるんだ。

 むしろ、今まで成果が出てないことのほうが不本意だったよ。

 少なくとも、赤点回避なんていうデッドラインの戦いを強いていたつもりはなかったんだけどな……もっと取れたはずなのに。


「ユリちゃんは、大学はどうするんだっけ?」


 続先輩に尋ねられて、ユリはちょっとだけ迷ったように唸る。


「今のところ、そこの国立ですかね~」

「今の実力を十分に発揮できたら大丈夫だと思うよ」

「わぁ~、良かったぁ!」


 ユリが嬉しそうに笑う。

 文系ならキャンパスも変わらないはずだし、実家からできるだけ実家から離れたくないっていうユリの希望も叶う。

 私から見たら、そんなの家に縛られてるだけ……にしか見えないけれど、きっとユリにとってはそうじゃない。

 〝宿題〟の答えはまだ出ていないままだけど、心炉も言っていた通り、すべては共通テストの結果次第だ。

 どんな道に進むにしても決して避けては通れない分岐点。

 だからこそ、一般試験に臨むすべての受験生がそこを目指すんだ。


「共通テストって大学で受けるんですよね? だとしたら、ユリさんにとっては二次試験の予行演習になるかもしれませんね」

「どういうこと?」

「二次試験も同じ大学で受けるわけですから、いくらか気持ちも楽なのではという話ですよ。見慣れた場所かどうかという心理的な要因も、当日の体調を左右したりするんです。だからオープンキャンパスとかも積極的に行かなければならないわけで――」


 心炉の丁寧な説明を、ユリはひとつひとつ頷きながら聞いていた。

 それをよそに、姉が私に顔を寄せる。


「星ならランク下げてもユリちゃんと同じにするんじゃないかっても思ってたけど」

「そんな意味のないことしないよ」

「意味がないってことはないんじゃない?」

「意味はないよ」


 私のほうは思ったよりも素直に、そう感じていたと思う。

 同じ大学に通えるなら、それはそれで嬉しいことだとは思うけど。

 じゃあその先は?

 就職先も同じにするの?

 そんなことを考えたら、大学が違うことくらいどうってことないような気がしていた。


「私は、私の志望大に受かることのほうが大事だから」

「ふぅん」


 姉は納得したように小さく頷く。

 そのためにこの三年間を頑張ってきたんだから、ぶれることは決してない。

 迫ってきている卒業というタイムリミットも、今だけは頭の中から完全に振り払うことができていたような気がする。

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