今日の勉強会は、アヤセの家でやることになった。
「あんた、受験勉強いらないじゃん」
「勉強だって言っとけば店でなくて済むんだよ。代わりにお茶とお菓子振舞うからさ」
アヤセは「たのむ」と苦笑しながら、和菓子の詰め合わせセットを机の真ん中に献上した。
「わぁ、嬉しい。東京に行ってから、ここのあんこが恋しかったの」
「確かにねぇ。恵比寿あたりに支店出す気ない?」
「いやぁ、そう言ってもらえると嬉しいっす。支店はわかんないけど、通販とかは検討してるっぽい話が」
先輩ふたりにおだてられて、アヤセは笑いながら追加のお菓子をドサドサとお盆の上に積み上げた。
ユリが、その様子に目を輝かせる。
「こんなにいっぱいどうしたの?」
「年末の余りがいっぱいあるんだよ。年始に売るわけにもいかんし」
つまり在庫処分じゃん。
「大丈夫! 賞味期限は切れてるけど消費期限は切れてねーから!」
「何も言ってないでしょ」
思ってはいるけど。
「もらえるだけありがたいよ」
それは本心。
勉強中の甘いものは、いくらあってもありがたい。
「それに、私は明日からまた部活だしな」
「今週末か、大会。どこですんの?」
「岡山のショッピングモール。土産はきび団子で良い?」
「きび団子って、そもそもどういうものかよく分かってないんだけど」
駄菓子屋にあるスティック状のアレとは違うのかな。
ガムとかラムネとかよりは好きで、小学校の遠足とかでよく買ってた思い出がある。
オブラートに包まれてて、ちょっとモサモサするんだよね。
味はほとんど覚えてないけど。
「学園祭のも見たよ。美術部vs書道部だっけ。何書いてあるかはよくわからなかったけど……」
「ライブドローイングならそんなもんです。ライブ感とパフォーマンスが第一」
そう語るアヤセに、続先輩はうんうんと頷き返す。
「なんかすごいなっていうのは伝わるんだけどね」
「それで充分すよ。すごいなとか、きれいだなとか、単語ひとつで終わるくらいでも何か思ってもらえたら、書いた価値があると思ってます」
「すごい芸術家っぽいセリフじゃん」
たまにひやかしてやろうかなって思ってみたけど、アヤセは逆に得意げに胸を張った。
「ぽいんじゃなくて芸術家ですから。まー、それで食ってくつもりはないけどな」
「でも、それ系の大学に行くんですよね?」
心炉の言葉に、今度は少しだけバツが悪そうに唇を尖らせる。
「何か道が拓けそうなら、それはそれで良いけどな。それでも、書かなきゃ死んじゃうってわけでもねーし。みんな、そういうもんだろ」
「まあ、確かに……夢は夢、現実は現実ですか。元も子もない言い方ですが」
「もちろん真面目に勉強するつもりだけどな」
「そうじゃなきゃ困ります」
その言葉は私たちじゃなくて親とかが口にするべきことだろうけど、先に進学が決まって散々みんなで祝福したあとだし、それなりに頑張って欲しいよね。
やりたいことで芽を出すっていうのは難しいんだろうけど……資格さえ手に入れたらどうにかなるって世界とも、また違うんだろうし。
アヤセは、お盆からどら焼きの包みを一つ取りあげると、封を開いてもちゃもちゃと口に含んだ。
「家業があるのは、いい後ろ盾だよなっては最近よく思うわ。パッケージデザインとか勉強しても良いのかなって」
「そっか。アヤセはこれを作る人になるのか」
ちょうど彼女が食べ捨てたどら焼きの袋をまじまじと見つめる。
半透明の袋に「どら焼き」って明朝体で印字されているだけだけど、考えてみたらこれもデザインをした人がいて、なんなら印刷してくれる人がいるわけだ。
当然、中身を作ってる人たちが今も下の階で働いていて――そう考えると、これ一個を取っても数多くの仕事があるわけで。
世の中狭いんだか広いんだか、よくわからない気分になってしまった。
「そういう道もあるよなって話。実際、中身の味なんてそうそう変えられるもんじゃないんだから、品を変えるっつったらとりあえず見た目なわけだろ」
アヤセが、目線をそらして頬を搔きながら言う。
「なんでちょっと恥ずかしそうなのさ」
「いや、なんかやるのかどうかもわからんことを言うのって、ちょっと恥ずかしいというか」
なんだそりゃ。
いつも口から出まかせに、適当に語り散らすくせに。
「そん時はたまに通販してあげるよ。通販始めてたらね」
「ぜひ、そうなる前から買ってくれ。大前提として、店が続いてくれなきゃいけないわけなんだから」
そんなこと言ってられるうちは大丈夫でしょう。
私も、友人の家というひいき目を抜いても、だいぶお世話になっているしね。
「将来か……私は、心炉がつかなかった仕事につくかな」
「なんですかそれ」
「いや、法律関係目指すことにはなるんだろうけど、別にどれでもいいから……あと、同じだと仕事の愚痴も微妙に言いづらそうじゃん」
直接関係ない方が、好き勝手に愚痴を言えそう。
あくまで今の私のイメージだけどね。
いまいち要領を得ていない心炉は首をかしげる。
一方でユリは、元気よく手をあげながら自分の顔を指さした。
「あたし、警察官ならありかなって考えてる!」
なにをもって「あり」なんだろう。
その謎の根拠が気になる。
「かなり体育会系ですし、ありなんじゃないですか?」
心炉という予想外のところから援護が入った。
彼女の後押しを受けて、ユリはずいぶんその気になったようで、うんうんと感慨深く頷く。
「ユリちゃんがお巡りさんになるなら、悪いことできないなぁ」
「関係なしに悪いことしないでよ。家族が前科者とか、私の将来に関わる」
姉がアホなことを言いだしたので、冗談だとしてもきつく釘を刺しておいた。
その隣でスマホとにらめっこしていた続先輩が、突然「あっ」と小さな声をあげる。
「書道の大会、ライブ配信もするんだね」
「らしいっすね。ぜひ、パブリックビューイングで」
「どこの公共施設でビューイングすりゃいいのよ」
「うーん、学校とか?」
「日曜日で休みだし、来てる奴はみんな部活とかだわ」
どうでもいい話にツッコミを入れつつ、その日の勉強会も粛々と進んでいった。
糖分という脳の影響のおかげか、無駄話をしていた割にはわりと捗ったような気がした。