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1月4日 実は戯言だと思ってた

 持ち回り勉強会の、今日の会場は心炉の家となった。

 ここも久しぶりだな。

 前に来たのは春先のことだったっけ。


「今日はご両親は?」


 尋ねると、心炉は入れたばかりの紅茶を運んでくれながら、首を横に振った。

 なんとなく、彼女の両親にお堅いようなイメージを持ってしまっていたのは、彼女自身の人となりを理解しているからだろう。


「母は仕事始めで事務所です。父も、今日は非番なのでおそらく署に出勤してますね」

「そう」


 流れで頷き返してしまったけど、非番だから出勤ってどういうこと?

 よくわからないけど、とりあえず県警職員は忙しいということなんだろう。


「心炉ちゃん家おしゃれ~。ウチもこういう感じにしたいなぁ」


 ユリが、物珍しそうに部屋の中をぐるりと見まわす。

 小洒落た準ヨーロッパテイストの、例えるならシルバニアファミリーのお屋敷みたいなお部屋。

 私も最初に訪れた時、そんな感じだったよ。

 こう、家の見た目から中の調度品から、すべてテイストを統一された家って日本じゃなかなか珍しいような気がする。

 たいていは機能性だけ優先で統一感のない、バラエティ豊かな家具レイアウトになってしまいがちだし……この家からは「絶対に最初に決めたレールを乱さない」という鋼の意志を感じられた。

 それがまた、なんとも毒島家らしい。


「心炉ちゃんは、将来の進路は決めているの? 法律系って結構先が広いよね?」


 続先輩の問いかけに、心炉は物怖じすることなくまっすぐに見つめて答える。


「今のところは検察か裁判官に興味があります」

「へえ、ゴリゴリに司法を守る側だね」


 そう言って姉が笑う。

 全く同じことを考えていたと知ってなんともムカついたけど、なんとなく警察と弁護士は司法を運用する側だよなっていうイメージがある。

 別に職場体験をしたこともなければ、実際のところは分からないのだけど。


「そういう意図もあるかもしれませんが、理由はもっと単純で、父とも母とも違う形で法律に携わってみたいなというのが一番のところです」


 なるほど……思った以上に単純明快だった。

 心炉は立て続けに、目元に影を落としながらニヤリと笑う。


「あと、違う立場にいた方が、万が一にでも父と母が不正を働いたときに、正々堂々と正しやすそうなので」

「黒い……黒心炉ちゃんだ」


 ユリが小さく息をのんだ。

 対する心炉は影を解いて、いつもと同じ、綺麗なよそ行きの笑みを浮かべる。


「もちろん、最終的には面白そうだなと思ったところに進みますよ」

「そうだよね! どうせなら楽しく働きたいよね!」


 うんうんとユリが訳知り顔で頷く。

 たぶん、ユリの考えてる〝楽しい〟と心炉の〝面白い〟は別の意味のような気がするよ。

 でも指摘するのも説明するのもちょっとめんどくさそうなので、私も理解したていで頷き返しいておいた。


「そういう先輩方は、どうされるおつもりですか? まず三年次選択があるんでしたっけ?」


 心炉の問いに、先輩ふたりは顔を見合わせてうーんと小さく唸る。


「医学部には進むつもりだよ。私は、そのままお医者さんになりたいなと思っているけど。ただ、何年か現場で勉強してから国外に出てみたいなって考えてる」


 そう語るのは続先輩だった。

 思えば初めて彼女の将来の展望を聞いた――というか、そもそもこういう話をするのが初めてのことだった。


「海外って、留学的なことですか?」


 私の乏しい想像力では、そんな未来予想図を思い描くので精一杯だった。

 先輩は微笑みながら首を横に振る。


「国境なき医師団とか興味あるんだ。そのためには語学も勉強しないといけないけど」


 そう来たか。

 自分の社会認識の浅さに嫌気がさす。

 だけど、言われてみたら途上国とかで、ラフな格好をしながら医療従事に汗を流す先輩の姿は、容易に想像できた。

 なんていうか、興味があると言えば成し遂げるんだろうなっていう謎の信頼感がある。


 ユリなんか、すっかり目を輝かせて尊敬モードに入っていた。


「なんかよくわかんないけどカッコいい……そういう明ちゃんはどうするの?」

「私は心行くまで研究してたいね。まだ見ぬなんちゃら細胞とかおもむろに見つけていきたい」


 姉の言うこともまた、ものすごくおおざっぱな夢語りのくせに、その姿が容易に想像できる。

 しかも、白衣姿で研究しているよりも、びしっとキメたスーツ姿で記者会見に望む姿だ。

 たぶん、医学研究というやつが具体的に何をするのかっていう知識が私に不足しているからだろうけど。


「いつだか言ってたことは戯言じゃなかったんだね」

「え、お姉ちゃん何か言ってたっけ?」


 言ってたよ。

 IPSで同性婚がどうこうとかいう夢物語を。

 これまた謎の自信のくせに、単なる戯言の域にとどまらないような気がしてしまうのは、やっぱり彼女たちのこれまでが成せる業なのだろう。


「ただ、医学部は六年制だからね。お姉ちゃんたちが卒業できるのは、星たちが現役で卒業してもそのあとだ」

「今までさんざん先輩としてふるまってきたけど、社会人としては星ちゃんたちが一年先輩になるね」


 先輩たちふたりが笑う。


「なんかそれって、変な感じがする……」


 私の素直な感想はそれだった。

 得も言われぬ気持ち悪さがある。

 それくらい、少なくとも彼女たちのことを〝先輩〟と認識していたってことなんだろうか。


「就職に困ったら、社会人の先輩であるあたしたちに任せてね」


 ユリがドヤ顔で胸を張る。

 その言葉は、どんなに頑張っても五年は気が早いよ。

 一緒に聞いていた心炉も、あきれた様子で溜息をついた。


「それじゃあ、無事に現役で合格できるように今日もよろしくお願いします」


 心炉が先輩たちに頭を下げて、今日の勉強会も始まる。

 果たして、年が明けてから私たちはどのくらい伸びたんだろうか……比べる相手がいないせいか、ただただ徒労感だけを感じているのは、私だけではないと信じたい。

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