全国高等学校書道パフォーマンスグランプリは、開催回数たったのひと桁の、新進気鋭のコンテストだ。
秋に全国各地のショッピングモールで開催される地区大会を勝ち抜くことで、決勝大会へと駒を進めることができる。
パフォーマンス書道なんて口で言われてもよく分からないし、私もアヤセに教えてもらうまで存在すら知らなかったくらいだけど、ひと言で言えば年の瀬によくある「今年の漢字」を書くイベントを、もっとエンタメ性あふれるものにしたような感じだ。
絨毯のような大きな半紙一枚に、数名で筆と墨による合作を行う。
この「書く」こと自体がエンタメである一方で、お囃子や演舞などの盛り上げ隊による演出、お手製の画材など、その辺のトータル演出はすべて自由。
どっちかと言えばよさこい系のお祭りとか、そっち系の印象が強い。
描くものも、インパクトある名言だったり、エモい感じのポエムだったり、内容は割と自由。
水墨画みたいなのを添える実力派のチームもある。
描画中の派手なパフォーマンス。
そして完成した作品そのもののインパクト。
おおむね、このふたつで評価されてるんだろうなっていうのは、何校かぶんの演舞を見た辺りで理解できた。
勉強の片手間にスマホで見ているだけだけど、こうしてじっくり競技を見るのは始めてた。
開催回数が浅い分、まだまだ定石みたいなものは定まっていなくって、各校の試行錯誤が垣間見えるのが面白い。
このアイディア勝負の「あっ、と言わせたら勝ち!」感は、小さい頃に良くテレビで見てた仮装大賞に近いものがある。
比較的どこも演舞に力を入れるのは当たり前のようなので、あっと言わせるとしたら画材の使い方になる。
色墨を使ったりするのはもちろん、数人で運ぶような巨大なハンコなんかも見ごたえがある。
現地でずっと集中して観てるのは疲れてしまいそうだけど、こうしてライブ配信で気になったところだけ見る分には、なかなか面白い大会だと思った。
とまあ、ダラダラ見続けるハメになったのも、アヤセのやつが出番が何時からなのかを送ってよこさなかったからだ。
今朝、思い出したように「そう言えば何時から?」なんてメッセージを送ったけれど、当日の準備で忙しいのか、既読がつくこともないまま開催時間となってしまったわけだ。
おかげでそれなりに楽しむことはできたので良いけれど。
そうこうしている間に、見慣れた高校名のテロップと共に見慣れた集団が準備を始める。
青を基調にした振袖と紺色の袴に身を包んだ、アヤセと書道部員たち。
昨日、通話越しに見た時とは違い、髪の毛も綺麗にまとめている。
こんな都市の頭から大会なんてとも思っていたけど、見た目もやることも実に正月らしい。
――はずなのに、演技が始まった瞬間、会場はどこか南国の島国に様変わりしてしまった。
警戒でリズミカルな打楽器のミュージック。
巨大半紙を取り囲むように並んだ楽器隊が演奏していたのは、どこの国のモノともわからない、みたこともない打楽器の数々だった。
太鼓っぽいのはまだわかるけど、まんま椅子みたいな木の枠を叩いてたり、ヘンな形の木の棒だったり。
てか、あの楽器隊よく見たら書道部じゃなくて吹奏楽部だ。
たぶん大会のために協力しあってるんだろう。
ほかの高校も、和太鼓隊とか、明らかに別の領分の人たちが居たし。
ともあれ、そろそろ落ち着いてきたお正月ムードもぶっ壊しで響くトロピカルでトラディショナルなミュージックの中で書が描かれていく。
書き手たちも軽快に、踊るように。
どこか部族的でトラディショナルなダンス。
これ、何かで見たことあるなと思ったら、学園祭前の準備でに詰まった書道部員たちが踊ってたやつだ。
あの時はすっかり頭が湧いた人たちかと思ってたけど……どうやら違ったみたい。
あの時の部員たち、ごめん。
それにしてもアヤセのやつ、楽しそうだな。
表情は真剣。
だから楽しそう。
全力を出してる人は、カッコよくて魅力的なものだ。
毎年夏になると、別に地元のチームが勝ってるわけでもないのに甲子園を応援してしまう感じとたぶん同じ。
じゃあ、なんで甲子園を日本中の人たちがあんなに楽しんでいるのかっていうと……たぶん〝来年が無い〟からだ。
また来年が無いからこその出し切り感。
それが青春ってやつの正体なのかもしれない。
だから要するに彼女は今、青春してるよ。
受験を目前に控えて、すっかり高校生活なんて終わったつもりになっていたのに、まだまだやれることがあるような気にさせられる。
いや、きっとある。
まだ二ヶ月も残っているんだから。
やがて、音楽の終わりと共に書き上がった巨大半紙が、横断幕のように掲げられる。
――Every drop in the ocean counts.
――The sky is the limit.
そこには楷書とは違う温かみのある書体で、大きくそう記されていた。
墨は色墨。
原理はよく分からないけど、線の途中でみるみる色が変わって行く。
複数の絵の具をゆるーく混ぜて筆で塗った時のマーブル模様とも違う。
青空が茜色に染まっていくような、色の移り変わり。
その回りを沢山の青い鳥が羽ばたいていた。
それが重なり合って、青空と海、その境界線となっていた。
チームの、そして学校のカラーをふんだんに使った、見る人が見ればストレート過ぎる作品。
きっと表現ってそれで良いんだ。
堂々と礼をするアヤセたちに向かって、私は画面の向こうから小さく拍手を送った。
面と向かってじゃたぶん恥ずかしいから、ここでくらい、素直な気持ちで。
突然、ライブ映像の上に着信通知が走った。『ユリ』と名前が出たその画面に、私は指を走らせる。
『よがっだねぇ~!』
開口一番、ユリの嗚咽交じりの叫びが響いた。
ハンズフリーにしてて良かった。
耳に当ててたら、しばらくキンキン耳鳴りがしていたことだろう。
『ところで、なんて書いてあったの!?』
「それで大丈夫か受験生」
まあ、慣用句じみた表現だけど……こういう言葉のチョイスをするのが、それなりに頭が良いことを逆にネタにしているウチの学校らしいなと思った。
「辞書出してそのまま訳しなよ」
『ええ~。えっと……』
ユリは不満げにしていたけれど、画面の向こうでぱらぱらとペラい紙がめくられる音が響く。
『海の水滴は全部数えられる!』
「おしい。countは〝価値〟の意味。はい、次」
『これは読めるよ。限界は空の高さ!』
「余計な単語入ってるけど、まあそんな感じ」
『つまり!』
「つまり?」
『どういう意味?』
「意訳は受験に使わないし、大丈夫か」
そこまで行ったのにがっかりだよ。
てか、直訳までできたら後は英語力じゃなくて国語力の問題じゃないの?
あんたの得意分野でしょうか。
ああ……違った。
こいつが得意なの現文じゃなくて古文だった。
仕方がないから教えてあげよう。
私はスマホのマイクに顔を寄せて、囁くように言った。
――大海の一滴一滴に価値がある。
――限界なんてない。