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1月9日 自分なりの総決算

 連休最終日。

 巷は成人式だなんだと朝からニュースになっているけれど、新成人と市政関係者以外にとってはただの祝日だ。

 そしてただの祝日だから、何となくみんなでウチに集まって勉強をしている。


 本当は図書館ででもなんて話をしていたのだけど、朝起きたら思ったより寒かったので「外に出るのが面倒になった」と率直な意見を述べたら、会場が変更になった。

 私は「別にグループ通話でも繋げばいいんじゃね」というつもりで言ったんだけど、結果として家から出なくて済んだならまあいいか。


「あたし、こんなに穏やかな長期休暇の終わりって初めてだよ」


 ユリが、しみじみとお茶を啜りながら言う。


「宿題を最後にまとめてやるからだよ」

「宿題をまとめて片付けるのは、夏と冬と春の風物詩じゃないか」

「ほとんど年中じゃん」


 ウチが二期制の学校じゃなくてよかったね。

 もしもそうなら、春夏秋冬コンプリートしていたことだろう。


「そんなギリギリまで、毎日むしろ何をしてたんですか?」


 心炉のストレートな疑問に、ユリはいくらか困ったように言葉を詰まらせる。


「部活……とか?」

「朝から晩までじゃないですよね?」

「が、合宿とかよくあったし」

「毎日じゃないですよね?」

「家事やったりとか!」

「偉いですね」

「すいません、あとは遊んでました」


 丁寧な相槌を受けて、何も追いつめられてないはずなのに、ユリが勝手に折れた。

 なるほど、そういう恭順のさせ方もあったか……頭ごなしに指摘することだけが教育ではないらしい。

 とても勉強になった。


「別に、最後にちゃんとやることやってるなら良いんじゃないですか」

「そう! でしょ!?」

「こなすだけで身につかなかったら何の意味もありませんが」

「はい、すいません」


 ユリはもう一度、素直に頭を下げた。


「そう言えば、昨日のアヤセさんはカッコよかったですね」

「ねー。あたし、ぼろぼろ泣いちゃった」

「流石に言い過ぎだと思いますけど、気持ちは分かりますよ」


 こういう話題は、当人が居ないところの方が盛り上がるものだ。

 当人はというと、昨日のうちに地元に帰って来てはいながらも、今日も今日とて実家の手伝いに駆り出されているらしい。

 どうせなら今日、お疲れ様会をやっても良かったのに――と思う一方で、何となくだけどアヤセも気を遣ってくれたんじゃないかなって気がしている。

 そういうところは、すこぶる気の回る女だ。


 それからしばらく、たまの雑談は挟みつつも勉強に集中する。

 勉強会のために集まる意義は、最初から勉強するつもりが無いか、ちゃんと勉強するように互いに監視するつもりかのどっちかだ。

 流石に今、前者のつもりで集まる人たちは私の周りには居ない。


 ひとりか、私たちみたいに集まってかは知らないけど、きっとみんなが勉強している。

 最後の追い込みのため、力を出し尽くしている。

 自分だけじゃないというのは連帯感があるようにも感じる一方で、ライバルの成長を実感するような焦燥感もある。


 いいや、実を言えば、この三連休はずっとそわそわしっぱなしだ。

 旅行の前のワクワクとは違う、どっちかと言えば部活の大会の前日みたいな感じ。

 みぞおちの辺りを内側から撫でられてるような不快感。

 若干の気持ち悪さも感じる。

 吐けたらスッキリするんだろうけど、あいにく食欲もあんまりないところなので、たぶん出すものも無いだろう。

 一方、さっきから鼻歌交じりに古文の問題を解くユリを見ていると、その図太さに敬意すら覚えて来るね。


「ユリってさ、大会の前とか緊張すんの?」

「どしたのいきなり?」


 どうしたもこうしたも、特に理由はないんだけど。

 強いて言えば、何か話をしていたら気分もマシになるっていう、乗り物に酔った時理論のような考えだ。


「緊張は、どうかなぁ。たぶん、してないわけじゃないんだろうけど」

「自分のことなのに、ずいぶん曖昧ですね」

「緊張と楽しみなのって同じ気がするから。あれだね、吊り橋効果」

「それはまた違うんじゃないの」


 あれって、恐怖のドキドキと恋愛のドキドキが同じに感じちゃうってやつでしょ。

 錯覚によるものだから、ふたつの気持ちのよりどころは明確に違う。


「じゃあ、吊り橋を渡るくらいの気持ちで行こうっていう。清水みたいな」

「清水に比べたらずいぶんと格落ちだけど」


 道として存在している吊り橋を渡るのと、死ぬ気で舞台から飛び降りるのとでは、違うんじゃないかな。


「やっぱり、場数の問題じゃないですか。ユリさんも、チア部で全国大会とか出てますし」

「そう思う? まー、チームが少ないから全国大会しかないんだけどね!」

「部活動には、心身の成長の他にも本番に慣れる意味もあるそうですよ。進学校ほど帰宅部を認めてないのも、そういう理由みたいです」

「なるほどねー。じゃあ、星とか大変じゃん」

「他人事だと思って……」


 でも、たぶんその通りだよ。

 部活を捨てて勉強に全力を注いだ分、確実に成績は上がった。

 代わりに本番に弱い体質は変わらないままだ。

 中学のころから、それだけは変わっていない。

 いわゆる成功体験の少なさと、そもそもの度胸のなさ。

 石橋を叩いて渡らずに来たツケとも言える。


「そういう心炉だって、英語部じゃそんなに変わらないでしょ」

「英語部だってスピーチコンテストとか、ディベート会とか出てますよ」


 ふふんと鼻を鳴らされる。

 というか、そんなこと無くても心炉は最初っから度胸たっぷりなところはあるし……それもまた、毒島メソッドの力なのかもしれない。

 後ろめたいところがなければ、ビビる必要がない。

 その点私は、幽霊部員だったいう時点で後ろめたいところばっかりだ。


「星も部活ちゃんと出たら良かったのに」

「出てたら、今のランクは狙えてなかったよ」


 結果としてはそう。

 部活までやってたらたぶん、心炉に並ぶこともできないくらいの成績だっただろう。

 ただでさえ、姉の居た上の世代までは全国経験メンバーだ。

 練習だって、それに見合った量になる。

 だからこそ、穂波ちゃんみたいな新しい珠玉の世代が集まって来るのもあるんだろうけど。

 私がその礎になるのは、少々気が重い。


「その分、生徒会でいろいろやってきたから……経験を詰めてないわけじゃないよ」


 ほとんど井の中の蛙状態だけど、全く経験がないよりはマシだ。

 外部ならクリスマスコンサートだって経験してる。

 須和さんや宍戸さんに引っ張ってもらったところが大きかったけど、経験は経験だ。


 そんなちいさな一粒一粒を、前向きな力に変える。

 この大一番は、私なりにあがいてきた総決算なんだから。

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