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1月11日 ゲン担ぎ

「年末に紅白見たヤツ、手あげ」


 自習時間で静まり返っていた教室に、不意にそんな言葉が響く。

 話題に出したのは雲類鷲さんだったけど、つられたように何人かのクラスメイトが無言で手を上げた。


「受験の年に紅白見ると落ちるらしいな」

「てめえ、なんてこと言うんだ、この野郎」


 手を上げた生徒のひとりが、臨戦態勢で立ち上がる。

 雲類鷲さんは、「まあ、まあ、冗談だって」となだめるように苦笑を返す。


「なんか、そういうジンクスいっぱいあるよねー。勉強疲れたときに、めっちゃ調べちゃった」


 そう語る別のクラスメイトの言葉を皮切りに、教室はすっかり「受験のジンクス検索会」となってしまった。


「アメちゃん舐めたらだめなんだって」

「アメちゃんてかドロップだろ。サクマなくなったし、もうわざわざ買わないだろ」

「あれ、バナナ駄目なの? 毎朝ヨーグルトに入れてるのに」

「朝飯ヨーグルトとか女子高生じゃん」

「ヨーグルト食べないとねー、お腹詰まるよねー」

「てかバナナの皮で滑ったことある?」

「もっさりしてるし、案外滑んないよね」


 あまりにも不毛な会話すぎる。


「雪道走るのもダメだって」

「あたしら無理ゲーじゃん」

「大丈夫、みんな滑らない走り方マスターしてるでしょう」

「ランウェイ歩くつもりで行くと一○○%滑るよね。四股踏むつもりで歩かないと」

「大学で彼氏できても、冬だけはデートしたくない。でも転ぶのもっと嫌だからどすこいを選ぶ」

「オシャレブーツとかグリップ全然効かないから、どう頑張ってもどすこい歩きになるよね」


 どんどん、話そのものが横道に滑ってない?

 てか監督の先生もそろそろ注意しても良いんだよ……と思って見たら、オイルヒーターの傍に椅子を寄せてゆらゆらと船をこいでいた。

 流石に自由過ぎる。


「縁起悪いジンクスはやめやめ! むしろ縁起良いジンクス希望」

「はい! 志望校の写真を待ち受けにすると合格する説!」

「マジかよ。今から隣に撮りに行くか」


 そう言ってそわそわし始めたのは、ユリと同じ、隣の国立大を受ける人たちだろう。

 流石に今すぐ出かけるつもりはないようだけど、休み時間になった瞬間に飛び出しかねない雰囲気だった。

 ちなみにウチの高校は、基本的に放課後になるまで理由なく敷地から出ることを許されていない。


「トンボの鉛筆とかも運気アップアイテムらしいよ」

「えー、三菱じゃダメ?」

「あとはー、成績優秀な人から貰ったシャー芯で受験するのも縁起良いんだってさ」


 誰かがそんな事を口にした瞬間、クラス中の視線が一気にこっちを向いた。


「……あげないけど」


 会話に参加する気なんて無かったのに、これじゃあ返事せざるを得ない。


「一○○円!」

「三○○円!」

「五○○円!」


 あげないって言ってるのに、何かオークション始まってるし。


「一○○○円! 一○○○円までなら出せる!」

「だからあげないって。そもそも、残り少ないから帰りに買わなきゃいけないところだったし」

「じゃあ、金出すから私らの分も勝って来てよ」

「それは、なんかもう縁起物でもなんでもなくない?」


 それに、そのジンクスじゃあ私は誰から芯を貰ったら良いんだ。

 同格って意味では心炉?

 あとは須和さんとかかな……いや、貰おうとは思わないけど。


「あー……受験番号が三で割れると合格するとかってジンクスもあるらしいよ」


 とりあえず、話題を逸らそうと、高校受験の時に聞いた迷信を挙げてやる。

 瞬間、みんな一斉に自分の受験番号を確認し始めるのが面白い。


「はぁー? 素数なんだが?」

「あれ、割り算できないんだけど」

「それは別の意味でやべー」


 とか繰り広げている間にチャイムが鳴って、監督の先生がハッと目を覚ます。

 そのころには、みんな何事も無かったかのように装って、机に向かっていた。


「という話がありましてね」


 いつもの四人でお昼を食べている時に、心炉がジンクスの話を話題に出した。

 すると、今まさにお弁当のデザートのバナナを食べていたユリが固まる。

 彼女は青ざめた顔で私のことを見るので、首を横に振ってやった。


「食べ物で合否が決まるんなら、日本中で輸入制限してるよ」

「それもそうだね。バナナは美味しいから許す」


 ユリは納得した様子で、バナナの残りをもちゃもちゃと口の中に放り込む。


「食べ物のジンクスはなー、いろいろあるよな。カツを食えとか、おにぎりを食えとか」


 そんなことを言いながら、アヤセが大口を開けて弁当のおにぎりにかぶりつく。

 聞き馴染みが無かったのか、心炉が首をかしげる。


「おにぎりにどんな由縁があるんですか?」

「おにぎりって言うか、おむすびでしょ。縁を〝結ぶ〟って」

「ああ、なるほど。じゃあ、こんぶのおにぎりとか超ラッキーアイテムですね」

「こんぶ?」

「知りません? よろ〝こんぶ〟って。おせちにも入れる時ありますし」

「ま、食べ物の縁起とか、だいたいダジャレだよな」


 ちなみにアヤセのおにぎりはゆかり味のようだ。

 ゆかりも「縁」になるから、それなりに縁起物だよね。


「つまり、受験当日は最強の縁起物弁当を作ればいいのかな?」


 食べ物の話だからか、ユリが真面目な顔で頷く。


「それってつまりおせちじゃないの?」

「今年、忙しくておせち作ってないんだよねー。お雑煮は食べたけど。みんなの分も作ってこようか?」

「頼むから、弁当作る時間で勉強して」


 ユリのことだから本当に作ってきそうなので、口酸っぱく言っておく。

 ユリは不満そうにしながら、小さなパック牛乳をストローで啜った。


「息抜きをさー、したいじゃん?」

「今週だけは我慢しな」

「うー……はーい」


 そもそも、食べ物なんかで合否が決まってたまるか――と言いながら、昨日の晩ご飯が既にトンカツだったことを思い出す。

 本人より周りの方がそういうの気にしたりするよね。

 トンカツ自体は美味しいから、縁起関係なしに大歓迎な私である。

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