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1月14日 いざ出陣

 共通テスト当日の朝。

 いつもの登校時間に学校に集められたわが校の受験生諸君は、講堂で行われた臨時の学年集会で教員と、既に受験を終えた推薦組からの激励をうけた。

 普段は厳しい先生たちが声を張り上げて歌ってくれた応援歌は、当事者になってればそれなりに心に染みる。

 何の意味があるんだって思って嫌気もさしてた入学時の応援練習だけど、ここ一番の連帯感は確かに育まれている。


「よーし、会長。なんか気の利いたこと言え」


 雲類鷲さんが無茶振りと共に、私の背中をドンと推した。

 つんのめるように列から外れた私は、セーラー服を正しながらしぶしぶ前に出る。


「えー……担ぎ出されましたが、〝元〟会長です」


 一応挨拶をすると、そこかしこから「いよっ!」っと歌舞伎鑑賞ばりの声が上がる。

 そんな、オッサンの飲み会じゃないんだからさ。

 もう少し女子高生らしくしようよ。

 せめて黄色い声援とかさ。


「今日明日の試験は受験のゴールではなく、スタートです。まずは前哨戦を納得のいく結果で終われるよう、三年間の成果を出し尽くしましょう」

「おう!」


 威勢のいい声が一斉にあがる。

 緊張の〝き〟の字も無くて羨ましい。

 多少いきってる連中も、あれはたぶん武者震い的なヤツなんだろう。

 ほとんど戦闘民族だ。

 東北の地にアマゾネスあり。


 講堂から出ると、渡り廊下をびゅっと寒風が吹き抜けていった。

 みんな、小脇に抱えていたコートやらダウンやらを、いそいそ着こむ。ここから最寄りの大学試験場まで十分程度。

 ついたら熱いお茶の一杯でも欲しくなるところだけど、試験中トイレに行きたくなっても困るので、最初の休憩時間まで我慢しておこう。


「お、あれ二年じゃん」


 靴を履き替えて校門へ向かう途中の道に、ずらっと下級生たちが並んでいた。

 それぞれジャージや、部の練習用ユニフォームを着こんでいる辺り、土曜日の朝練のついでといった感じだろう。

 それでも、わっと拍手交じりに送り出してくれるのは嬉しい。


「先輩方!」


 校門の前で、女生徒がひとり、行く手に立ちはだかるように前に躍り出る。

 上下を弓道用らしい袴に身を包んだ銀条さんだった。

 その隣には、同じく弓道着に身を包んだ金谷さんの姿もある。

 金谷さんはなぜか、低めの脚立の上に登っていた。


「生徒会長として、みなさんのご検討と、合格をここに祈願いたします!」


 銀条さんは、ハキハキとそう宣言すると、ぎゅっと歯を食いしばって胸元で手を合わせる。

 すると金谷さんが、これまた隣に控えた書記ちゃんから、重そうな大きなポリバケツを受け取る。

 ポリバケツがあるなとは見てたけど、何を――っていう疑問は、バケツが銀条さんの頭の上まで掲げられたところで、大きな驚きに変わっていた。


「こい!」

「よし!」


 阿吽の呼吸で、金谷さんは思いっきりバケツをひっくり返す。

 中になみなみと入っていたのであろう水が滝のように零れ落ちて、銀条さんは頭上からとっぷりと浴びた。

 三年生も後輩たちも一斉に息を飲んだけど、すぐに歓声と拍手と口笛のお祭り騒ぎに変わる。

 銀条さんも、ずぶぬれになって張り付いた前髪をかき上げて、涼しそうな顔で校門への道を譲った。


「行ってらっしゃい!」


 その言葉に、三年生は口々に「言ってきます」と返事をしながら、ぞろぞろ校門を出て行く。

 銀条さんは、最初の数人を見送ったら、他の役員たちに毛布を被せられて校舎に帰って行った。

 流石に気温一桁の中で、濡れたまま最後までお見送りをするわけにはいかないだろう。


 元会長としては、ひと声労いの言葉をかけたいところだけど、それじゃあ送り出して貰った意味がない。

 今日はこのまま、私も出陣しておく。


「気合が入りましたね」


 心炉が振り返るように言うので、私も小さく頷き返す。


「私じゃああはできない」

「星さんは、挨拶したあとチア部に丸投げしましたからね」

「使えるコネを最大に使っただけだよ」

「あれはあれで楽しかったよー」


 ユリが懐かしむように空を見上げた。

 相変わらず寒いけど、雲の切れ間からうっすらと青空が覗いている。

 冬の空は遠く、それでいて川の清流のように澄んでいる。

 雪模様に比べたら心も晴れ晴れだ。


「星さんは、体調は大丈夫なんですか?」

「そうそう、それが一番気がかり」


 一番は言い過ぎでしょ。

 特にユリは、もっと自分の受験の心配をしてくれ。


「全快じゃないけど……薬は飲んで来たし、今のところ調子は良いよ。むしろ、少しストレスがあった方が私は集中できるし」

「そんな、いきなり性癖をカミングアウトされても……」


 ユリが引き気味に言うので、その肩を小突いてやる。


「性癖じゃないし。アホなの」

「受験生にアホなんて言わないで!」


 怒られたって訂正はしてやらない。

 馬鹿でアホなりに頑張ったことを、ちゃんと全部出し切って来るんだよ。


「ユリさんなんかは、二次試験の会場調査にもなるんですから良いじゃないですか」

「そうなんだよね。トイレの場所とか、ちゃんと覚えておかないとね」

「キャンパスは同じでも、校舎も同じとこになるとは限らないけどね」

「それならキャンパス図だけ何となく覚える! 入口と出口間違えないように」

「入口も出口も同じだよ」

「ええい、もう出とこ勝負だ!」


 ユリはハチマキを締めるようなジェスチャーをして、そのままぐっと両手で握りこぶしを作った。

 私も心炉も微笑ましくそれを眺めてから、前方に見えて来たキャンパスの校門に向かい合った。


 受験は個人戦。

 でも仲間もいる。

 結果に恨みっこもなし。

 さあ、戦を始めようじゃないか。

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