「受験お疲れさま~!」
ユリの掛け声で、買ったばかりの缶ジュースを交す。
共通テストを終えて学校へ戻って来た私たちは、そのまま自宅に帰る気にもなれず、何となく教室に集まって二日間の戦いを労い合った。
他にも同様に戻って来たらしい受験生たちが、文字通り管を巻いてダラダラと時間を過ごしている。
国立受験組の私たちは、基本的に受けられるだけ全教科を受けることになっている。
だからすべてが終わった夕方には、ランナーズハイにも似た、独特の高揚感に包まれて、何でもできそうな気分になってしまっていた。
勢いのままアヤセも呼んで、テストと全国大会の打ち上げをやってしまおうかなんて話にもなったけど、流石に一旦落ち着いて自分達だけでささやかに行うことにした。
「アヤセも呼んでの打ち上げは、次の休みの日にしようね」
「まあ、そうね」
タイミングがタイミングということもあって、彼女の大会の打ち上げをやってあげられてないのは確かだし。
受験が終わったわけではないけど、共通テストが終わったことで山場を乗り越えたのも確かだ。
国立大学は二次試験の準備に入るけど、共通テスト利用の私立大学は合格発表を待つだけとなる。
その合格発表が相次ぐ一月後くらいには、少なくとも四月から大学生の肩書が得られるかどうかが決まるというわけである。
「文系科目は昨日の夜のうちに解答が出ましたけど、見ましたか?」
「ううん、見てない。ミスってたら今日ヘコみそうだし」
「あたしは国語だけ見たよ。自信あったし。でも今日の数学はヤバかった……全部解く時間無かったから、苦手なとこはあてずっぽうにマークしちゃった」
「共通テストってそういうもんだから。得意なとこでちゃんと点取れてるかどうかだって」
去年の受験関連のニュースとかもそれなりに興味を持って見ていたけれど、センター試験が共通テストになってから、平均点の低下が著しいそうだ。
これは受験生の学力が下がっているわけではなく、出題の方が点の取りにくい構成になっているということ。
その大部分が問題数の増加によるためのものだ。
まず、全部ちゃんと解くという考えを改める。
苦手な問題は飛ばして、得意な問題を確実に解いて点を稼ぐ。
気持ち的には減点方式ではなくて加点方式。
もちろん全部解くこともできるけど、今度は見直しの時間なんて取れない。そうなるとミスが増えて、結局は点数の低下に繋がる。
受ける側からしたら何とも理不尽ではあるけれど、優劣をつけなければならない側からしたら、ワンミスによる数点の差が生まれた方が効率的ではあるのだろう。
「自由登校って明日からだっけ?」
缶を傾けながら口走ったユリに、心炉が静かに首を横に振る。
「今週いっぱいは登校日で、来週から自由登校ですね」
明日は、大採点会らしいしね。
正直なところ、今日一日くらいはテストの問題を見たくない。
だから私は、明日になるまで自己採点はしないつもり。
かといって今日は帰ってから何もしないわけではなくて、二次試験の準備に手を付けることで、気持ちを先に向けようと思う。
「明日はあれだね。赤本買って帰らないとね」
「やる気十分じゃん」
「赤本って何気に憧れがあったから、実は楽しみにしてたんだ」
ユリのその感覚は分かんないけど、必要なものであることに変わりはないだろう。
私も最新版くらいは手元に置いているし。
それより過去のものは図書室にあるものを利用するつもりだけど、ある程度の争奪戦は覚悟するべきだろう。
「昨日今日は団体戦って感じがしたけど、これからは個人戦なんだよねぇ」
そんな言葉に、私も昨日感じていた連帯感のようなものを思い出す。
「そうだね」
「なんだか、思ったよりも古びた慣習の多い学校だなと思ってましたが、こういう時には心強いですよね」
「そーそー。ここ一番で頼りになるのはね、やっぱり体育会系なんだよねぇ」
ユリが、微妙に答えになってないようなことを訳知り顔で語って、なんとなく締まったような空気になる。
いちいち突っ込むのも面倒なくらいには、頭の中もすっかり出枯らし状態で疲れ切っていた。
そんなゆるーい倦怠感を感じ取ったように、ユリがぽつりとつぶやく。
「今日帰ったらやりたいことー」
「とっておきのバスボムでぼーっとお風呂に入る」
「えー、いいな」
えーって言われても、これだけは譲らない。
この日のために大事にしまっておいた、とっておきのバスボムがあるんだ……ちょっと高いやつ。
今こそそれを解き放つ時。
「あたしはねぇ……うーん……とりあえず冷蔵庫の在庫処分セールしなきゃかなぁ。流石に今週はお手軽メニューばっかりになって、食材溜まっちゃった」
それはそれで良いじゃないか。
一時間くらいかけてゆっくりお風呂に入った後に、美味しいご飯が出来上がっていたら最高だ。
旅館なりの至れり尽くせり。
てか、温泉行きたいな。
ぼーっと一日ゆっくりしたい。
「私は家族で食事です。久しぶりに父も母も揃いそうなので」
「いいねー。やっぱりご飯だよねぇ」
「ユリさ……もう、ほとんど何も考えないで言ってるでしょ」
「あ、バレた?」
彼女が、ぺろりと舌を出して肩をすくめる。
「いやー。疲れたねぇ」
「疲れたよ」
「疲れましたね」
たぶん、それ以上言葉はいらない。
疲れたっていうことも、共有できる相手がいれば労いの言葉に変わる。
缶コーヒー一杯分くらいの余暇が、今の私たちにはちょうどいい報酬なんだ。
お疲れさま。
みんな、お疲れさま。