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1月18日 綺麗な形

 巷では、大寒波が近づいている。

 その例に漏れず、来週の天気予報は見渡す限り真っ白な雪だるまだった。

 東京じゃ「雪が降った」というだけで全国ニュースになるけれど、地方の降雪は北海道で初雪が降った時と、災害級の豪雪になったときくらいしかスポットが当たることがない。


 来週の寒波は、それこそ関東でも雪の予報らしいし、きっと朝の情報番組でべちゃべちゃの雪にはしゃぐレポーターを横目に、私たちは文字通り埋もれて行くんだろう。

 自由登校だし、来週くらいは家から出なくても良いかな。

 少しだけ、真面目に考えてみてもいいのかもしれない。


 今日は、嵐の前の静けさと言わんばかりの久しぶりの陽気だった。

 陽気とはいえ、空気は頬を刺すほどに痛いし、積もった雪に光が乱反射して、日焼けだって気になってしまう。

 こんなところでゲレンデ焼けなんてみっともなくてやってられない。


 それでも月に一度の晴れ間に街の中もどこか明るくなって、家々のベランダでは布団が風に吹かれていた。

 私も出かけに干して来たら良かったかな。

 いや、暗くなって帰ってから、寒風に吹かれた布団を取り込むのはイヤだし、今日は我慢しておこう。


 校舎についたころには、始業時間間際だった。

 間際とは言っても普通に歩けば余裕で間に合うから、急ぐほどではないのだけれど。

 一方で、グラウンドや、離れになっている第二体育館の方からは、朝練を終えたらしい一二年生が、慌ただしく校舎へ入って行く。

 制服が多少乱れていてもお構いなしなのが実に女子校らしい。


「おはようございます」


 その一段の中に穂波ちゃんの姿があった。

 律儀に私の前で立ち止まって頭を下げる。シャワーを浴びたのか、ぺたんこになった髪をタオルでわしわしと拭きながらだった。


「そんな乾かし方したら、髪痛むよ。てか寒くないの?」

「道場の方が寒いです」


 タオルを取り上げてから、髪を撫でるように整えてあげる。

 その上から、ぽんぽんと叩くように水滴をとってやった。

 穂波ちゃんは、ぎゅっと力強く目を閉じながらなすがままにされる。


「そんな力まなくても」

「すみません、つい」


 指摘されて、彼女はほっと力を抜く。

 その上から、髪が風にあたらないようにタオルをかけてやる。


「シャワー室にドライヤーないの? これくらいの長さならすぐ乾くでしょ」

「あるけど大人気なので、時間が無いときは我慢です」

「今度、マイドライヤーを持ってきときな」

「なるほど」


 穂波ちゃんは、新発見とでも言いたげに目を丸くする。

 この辺ちょっとニブいっていうか、ちょっと抜けてるところがあるよね。

 クラスにコテ持って来てるやつ――は、最近じゃ珍しいか。

 でも、同様に部活後用のドライヤーくらい持って来てる人は居そうなものだけど。

 自分のことってなると、案外無頓着になるものである。


 靴を履き替えて、教室の途中まで一緒に歩く。

 階数的には三年生が一番下で、一年生が一番上だから、ちょっと階段の先までくらいのものだけど。


「この時期にも朝練やってるんだ。大会とかないでしょ」

「来年のためにっていうのもありますけど、昇段審査があるので」

「あれ、穂波ちゃんって今、何段?」

「二段です」

「ああ、じゃあ、同じか」


 小学校から剣道をやってた人間は、だいたい中学校のうちに二段まで取れる。

 というのも、この段位審査ってやつは次の段に挑戦するために、数年間の決められたインターバルを取らなければならないのだ。

 だから上の方になるにつれて、自然と年齢も上がって行くわけである。

 若い高段位者が存在しないのはそのせいだ。


「じゃあ、今年は受験期じゃないよね?」


 三段の受験資格は、二段を取ってから二年後。

 中一で一級。

 中二で初段。

 中三で二段と順当に取得してきた剣士たちは、最速で挑戦できるのは高二の冬ということになる。


「来年受ける時の勉強になるので」

「それは熱心なことで」


 とはいえ、三段ともなれば合格者五~六割くらいの難関に位置して来る。

 早め早めに準備をするのは間違いではないのかもしれない。

 そんな話をしていると、何となく自分が受験した時のことを思い出してくる。


「日本剣道形ってあるじゃん。あの、木刀でやるやつ」

「今ちょうど練習してます」

「私、あれ得意だったんだよね」


 竹刀も木刀もこの場にないけど、握っているつもりでブンと両手を振ってみる。


「中学の時、私は全然弱かったんだけど、フォームは部の中で一番綺麗って言われてたんだよね。だから試合とか嫌いだったけど、形の練習は好きだし得意だった――八相」

「五本目、脇構え」


 私がエア刀を野球のバットみたいに構えると、穂波ちゃんは反射的に同じくエア木刀を脇に構える。


「やっ」

「とぉ!」


 流れるように私が打ち込んで、穂波ちゃんはそれをいなしてから切り返す。

 私は半分遊びのつもりだったけど、今まさに講習を受けている彼女の気迫は本物だった。

 びりびりと、肌を刺すような闘気がうなじを駆け巡る。

 ほんとは、寒さに肩をすくませただけかもしれないけど。


「先輩。やっぱり、クラスマッチ出ませんか?」

「剣道? でも二次試験の日程とモロ被りだし」

「当日、試合に出るだけで良いですから」

「ぶっつけ本番ってこと?」

「身体が覚えてますよ」


 今の形も、確かに何も考えずに脊髄反射でやっちゃえたけど。


「出たところで、穂波ちゃんとやれるか分からないけど」

「出るつもりにはなってくれたんですか?」

「なってはないけど」

「なってくれたら、私、裏で操作しちゃいます」


 そう悪びれることなく言って、穂波ちゃんはドヤ顔で胸を張った。

 クラスマッチのトーナメント表を作るのは生徒会。

 つまるところ、組み合わせの不正はいくらでもし放題ではある。

 実際、不正と言われるような操作はしてないけど、早い段階で同じ学年のクラス同士がぶつかることが無いような調性は、当たり前にしている。


「そこまで言うなら考えておくよ」


 先輩としては、そう返しておく。

 身内だけのレクリエーションだし、気が向くこともあるかもしれないし……ね。

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