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1月24日 昨日より今日。今日より明日。

 寒波が来た。

 朝から家が揺れるくらいの風に苛まれて、ホントはもう少しだけ寝ていた買ったけれど、ほとんどいつもと同じくらいの時間に目が覚めてしまった。


 もちろん今日も学校へはいかない。

 自由登校になっても生活サイクルを変えないという在りし日の宣言は、初日から二日連続で覆す形となった。


 ユリのヤツなにやってるかな。

 スマホを取り上げてメッセージのひとつでも送ってやろうと思ったけど、何も送らずに通話ボタンをタップした。

 数回のコール音を経て、気持ち遅れ気味に繋がる。


『おはよー。どしたの』

「いや、今何してんのかなって思って」

『今はねー、お父さんのおべんと詰めてたとこ。あ、いや、今終わった!』


 カチャカチャと食器の音を響かせながら、ユリはひと騒ぎすると「よーし」と満足げに息を吐いた。


「お父さんのお加減はどう?」

『絶好調~って言って良いのか分かんないけど、休んでた分、張り切ってるよ』

「そっか。電話して邪魔だったかな?」

『今日は学校行かないんだよね? だったら大丈夫だよ』


 スピーカーの向こうでは、コポコポとカップか何かにお湯を注ぐ音が響く。

 ひと息ついて、お茶か何か入れてるんだろうか。

 暖房を入れたばかりで部屋が温まり切っていない私も、ホットミルクの一杯でも欲しくなってくる。


「別に、私に合わせなくたっていいんだよ。学校行きたいなら行っても」

『うーん。星もアヤセも行かないなら、行かなくてもいいかなぁ』

「じゃあ、アヤセが行くって言ったら?」

『うーーーーん……それでもいいかな?』

「私がいなきゃダメなんだ」

『えへへ、そうかも』


 言わせておいてなんだけど、ちょっと恥ずかしくなった。

 そして同じくらい、ちょっぴり嬉しい。

 もっとぐいぐい行くことにしたんだ。

 意地悪心を働かせつつ、もうちょっと突いてみることにする。


「心炉はいいの?」

『どうして心炉ちゃん?』

「さっき、名前が出なかったから」

『心炉ちゃんは友達だけど、やっぱり星とアヤセは別枠だよ。年季入ってるね。ビンテージフレンド』


 たった三年でビンテージなら、ずいぶん安上がりじゃないか。

 その間に十年分くらい使い倒してくれたっていうなら良いけど。


「ユリって、中学のころの友達とか繋がってないの?」


 尋ねると、ユリは「それな~」と言葉を濁らせた。


『切るつもりは別にないんだけど。実際、南高に入った子はたまに話すし。でも、連絡先交換してない子って自然と疎遠になっちゃうよね』

「ああ……確かに。私もスマホ買って貰ったの卒業してからだったから、IDとかひとりも交換してないや」

『そうそう! だから同窓会とかありそうなら、その南高の子が頼りだよ』


 その子も中学の子と繋がって無かったらどうするつもりなんだろう。

 私も人のことは言えないんだけど、中学のころはそんなに途切れて惜しい繋がりもなかったし、まあいいかと思う自分がいる。


 確かにアヤセやユリの方が、小中通して十年近く付き合って来た子たちよりも、濃い時間を過ごしているような気がする。

 これが大学に行ったら、また上書きされてしまうんだろうか。

 それは寂しいって言うより、単純に嫌だった。


『それにしても、朝から電話して来るなんて珍しいね? いつも午前中いっぱい眠そうで、怖い顔してるのに』

「怖い顔ってどんなんよ」

『こう、眉間にぐーって力が入って、目がどんよりぐりぐりしてるの』


 たぶん顔芸つきで説明してくれているんだろうけど、残念かな、いつも通りビデオは繋がっていない。

 だったら――と、私は画面に表示されたカメラマークを押す。

 応答を待って、画面いっぱいにモコモコのガウンみたいな防寒具を身にまとったユリの姿が映し出された。

 いつも片結びにしている髪は下ろされていて、代わりに寝ぐせでうねっている。


『わっ、ビデオ通話とか久しぶり。ちゃんと映ってるかな』

「繋いでから身だしなみ整えても意味ないでしょ」


 カメラ目線で髪に手櫛を通す彼女に、思わずツッコミを入れる。


「それより、さっき行ってた怖い顔やって」

『えー? そんなに見たかったの? こうだよ、こう』


 見せてくれた顔芸は、なんだか歌舞伎の見栄みたいだった。

 ほんとにそんな顔してるのかな。

 いや、流石に誇張表現だろう……たぶん。


「朝から電話したのは、寒かったからかな」

『なにそれ、現国の問題?』

「寒いから、声が聞きたくなったのかも」

『ん? んんん?』


 ユリは人差し指でこめかみをぐりぐりしながら、難しい顔で唸る。


『ダメだ。分かんなかった。でも、電話くれたのは嬉しいよー』

「うん。私も嬉しい」


 口にするのと一緒に、ぶるっと足先から震えが伝わった。

 暖房をつけたところで、身体を内側から暖めないと意味がないか。

 そろそろ下に降りて、燃料(ご飯)とオイル(温かい飲み物)を入れよう。

 胸の内だけは、十分に温まったんだけどね。


「私もそろそろご飯食べてくる。一回切るけど、また後でかけるね」

『わかった。今日は家から出ないから大丈夫。風、すごいもんね』

「明日の登校日が憂鬱」

『そうだねー。でも、みんなに会いたいよ』

「うん、私も……会いたいかな」


 流石に「ユリに」と付けるのは、恥ずかしさの方が勝ってしまった。

 これをサラッと言えるようになるには、もう少し修行が必要みたい。

 でも、いつもに比べたら自分の気持ちに素直になれたみたいで、朝から気分がとても良かった。


 言った通り通話を切って、私は上着をもう一枚ついでに羽織ってから部屋を出た。

 廊下に踏み出した瞬間、手足の先から痛いくらいの冷気にさらされる。

 どうやら今の部屋の中でも、ずいぶんと温かかったみたい。

 今日はいつもより暖房を高く設定した方がいいのかもしれない。

 電気代も燃料費も高騰しているけど、受験生が風邪をひくくらいなら、許して貰えるだろう。


 ちょっとずつ、ぐいぐい行く。

 今日は軽い練習みたいなもん。

 明日は今日よりもう少しだけ、上手に迫ってみせようじゃないか。

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