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1月25日 ホームグラウンド

 自由登校とは言え、登校日は何度かある。

 受験の状況確認だったり、そもそもの生存確認だったり、理由は理解できるけど、何も今日じゃなくても――と思っているのは私だけではないはずだ。


 寒い。

 防寒具がほとんど意味を成さないレベルで寒い。

 寒すぎて湿気が無いせいか、雪が大したことないのが救いだけど、まだ帰り道もあるのかと思うと憂鬱だ。


 さくっとホームルームが終わって、午前中は学年集会。

 二次試験に向けた心構えやらなんやらを聞いて、残りは自習時間となった。


「これが、各教科担当教員が作ってくださった、二次試験の傾向です。質問があれば、それぞれの担当教員に聞いてください」


 集会の後に担任から呼び出された私と心炉は、職員室で三センチはあろうかと言うプリントの束を手渡される。

 過去問や過去模試の切り貼りがメインのお手製の問題集だが、近年流行りの出題形式や、逆にしばらく見ていなかった型式などがカテゴリごとにまとめてあってとても見やすい。

 そのやり取りを見た他学年の教員が、感心したように笑みをたたえる。


「今年も会長副会長コンビが受験か。ぜひ、恒例になってもらいたいもんだね」

「そればかりは、本人たちの気持ち次第ですから」


 担任は愛想笑いをうかべつつ、軽く諫めるように口にする。


「ただ、近頃の生徒は安定思考にありますから。教員としては挑戦思考でいてくれた方が、教え甲斐があるのは確かですね」

「手間が増えるだけじゃないですか?」


 余計かなと思いつつも、思わず尋ねてしまう。

 作ってもらっておいてなんだが、すごく面倒な作業だったと思う。

 それも、私たちを含めた、たった数人のためにだ。


「教員だって、直接受験をするわけではありませんが、今年の出題傾向を読み切って攻略してやるっていう気持ちを持っています。それで合格者が出れば、自分のことのように嬉しいものです」

「なんか、代理戦争みたいですね」

「結構。これは南高校というひとつの国家で臨む、侵略戦争です――と、時世的には不適切な発言なので、ここだけの話にしておいてください」


 そう言って、真面目なのかふざけてるのか分からない仏頂面で、私たちを送り出してくれた。

 受験のことで一対一で話す機会が増えて、基本は生真面目でキッチリした性格だと思っていたけど、案外ノリが良いと言うか、わりと熱い性格をしてるなと思うようになった。

 二十八歳、登山部顧問、恋人なし。

 いずれ、彼女を恩師と呼ぶ日もやってくるのかもしれない。


「窓口っていつまでやってたっけ」

「中央郵便局なら夜中までやってますよ」

「そりゃすごい」


 教室へ戻りつつ、心炉と出願手続きの打ち合わせをする。

 WEB登録した願書は、昨日のうちにプリントして今日持って来てある。

 それと内申やらなんやらの他の必要書類を取りまとめて、帰りに簡易書留で郵送する。

 受験の準備はこれでOKだ。


「ちょうどひと月前ですね」

「そうだね」

「まだひと月前ですよ」

「そうだね」


 〝まだ〟の意味は計りかねたけど、ひと月前という事実は変わらない。

 残りの時間を悔いのないように過ごす。悔いが無いっていうのは、すべてうまくいくってことだ。

 それ以外じゃ満足しないっていう傲慢さが、この先には必要だと思った。


 それから私たちは、教室で荷物をとりまとめると、一路昇降口を目指す。

 帰ろうって言うんじゃなくって、その方面に目的地があるってだけだ。

 古びて若干立て付けの悪くなった木造扉。

 簡素な丸ノブをひねると、鍵はかかっていなかった。


「おう、やっと来たな」

「おつかれー」


 目的地――生徒会室に入ると、アヤセとユリが先に長テーブルに各々の勉強道具を広げていた。

 これからの戦いを考えたら、どこか集中して勉強できる場所が欲しい。

 図書室でも良かったのだけど、あそこはたまに授業で使われることもある。

 そこで候補にあがったのが生徒会室だった。

 事情を説明したら、銀条さんは快く場所を提供してくれた。

 放課後は生徒会の活動があるので、授業時間が終わるまでという条件付きだけど、ここ以上に落ち着くホームはこの校舎に存在しない。


「見て。こんなに貰って来た」


 先ほどのプリント束をテーブルの上に無造作に置きながら、私は自然とユリの隣に座る。

 アヤセとユリは、どちらからともなく感心したようにため息を吐く。


「教員も気合入ってんな」

「去年のダブル合格で味を占めた――ってのは言葉が悪いか。先生たちも、要領を得たんじゃないかな」


 今年のこのノウハウは、間違いなく去年の姉たちの成果が礎になっているだろう。

 奇しくも姉と先輩の轍を歩くことになってしまったけど、この際、不満は言うまい。


「ふたりは何やってたの」

「ユリが過去問解いて、私がその採点」

「友情タッグトレーニングだね!」

「そのタッグトレーニングは、どこに相乗効果があるの?」

「自分で採点しなくていい分、たくさん問題を解けるよ!」

「そりゃ偉大だ」


 ユリが得意げに言うので、私は笑顔で返す。

 すると、必然的にアヤセの隣に座ることになった心炉が、同様にプリント束をテーブルの上にドンと置く。

 重さと衝撃で、長テーブルが軽く揺れた。


「こうして集まってると、星さんがここに座ってるのは少し違和感がありますね」


 彼女は空席の会長デスクをちらりと見てから、鞄を開けて筆記用具やらを取り出し始める。

 私も準備をしながら話半分に答えた。


「もう自分の席じゃないのに座れないよ。それより、みんなと机を囲む方が大事。いい気分ではあったけど、ひとりであそこに座ってるの結構寂しいんだよ」

「そんなこと思ってたのか……偉そうにふんぞり返ってる姿しか思い浮かばない」

「ふんぞり返ってないし。むしろ悩み事ばっかで俯いてる時の方が多かったと思うし」


 我ながら情けない反論だが、事実としてそうだから仕方がない。


「ユリ、間違ったとこで分かんなかったらすぐ聞きな。調べてる時間ももったいないでしょ」

「いいの? 星だって今からそれやんなきゃいけないのに」

「基礎的な応用問題の確認になるからいいの。こっちの試験は、そういう応用問題をさらに掛け合わせた感じの奴なんだから」

「そーなのかー」

「それに、ユリがちゃんと受かってくれたら私も嬉しいし」

「そっか……うん、がんばる!」


 ユリは、ぐっとガッツポーズを作って再度目の前の過去問と向き合い始めた。

 私も自分のプリントに目を向けようとすると、ふと心炉と目が合った。

 彼女はどこか訝しむというか、ちょっと軽蔑するくらいの視線で私を睨んでいた。


「便秘?」

「デリカシー無さすぎです」

「うんうん唸るのは、難問を前にしたときだけにしとこ」


 私のほうは完全に気持ちを切り替えてというか、割り切ってペンを動かし始めた。

 その耳に、ボソリと呟くような声が聞こえた気がした。


「だったらこっちも考えがあります」


 不穏な口ぶりが気にはなったけど、初っ端からいきなりの難問にぶち当たって、不安なんて一瞬で頭の片隅から追いやられてしまっていた。

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