偽りのない本心でも、やっぱり失言だった。
何も悪いことは言っちゃいないんだ。
要約してしまえば、自分よりもユリが大事だって、それだけのこと。
だけど、本人がそれを聞いて嬉しいと思うかどうかは別の話だというだけ。
ユリにとっては、戸惑う内容であったというだけ。
私は今日も学校に投稿している。
昨日、ユリは登校するなり帰ってしまったけれど、帰りに彼女の家に寄る勇気は私にはなかった。
そもそも、何て言葉をかけたらいいのかもわからない。
そして、彼女に拒絶されるのが怖い。
だから一晩寝て落ち着いて、今日は学校に来てくれるんじゃないかっていう僅かな希望に縋ってしまう。
けれど、結局彼女は生徒会室に現れなかった、トイレに行きがてら下駄箱もチラ見したりしたけれど、そもそも学校に来ていないようだ。
流石にふさぎ込んでるとかじゃないだろうけど、当然のように連絡もないので心配なことは心配だ。
昨日の夜に送った当たり障りのないメッセージも、既読がついたまま返事はなかった。
私とアヤセと心炉だけの部屋の中は、微妙に空気が重い。
いつもならテンション高めのアヤセも、責任の一端を感じてしまっているのか、昨日から口数が少ない。
彼女が心配してたのは、むしろ心炉との関係の方だったんだから、そんなに気にしなくたっていいのに。
「昨日からなんなんですかこの空気。集中できるのでありがたいと言えばありがたいんですが」
いいかげん痺れを切らした心炉が、ぽつりとつぶやく。
私とアヤセ、どちらに当てるでもない言葉は、強いて言えば両方に向けた叱責だった。
「ユリさんはお休みですか? 自由登校なので、そんなにとやかく言うことではないでしょうけど」
そして当然、頭もキレる。
なんだか尋問を受けてる気分だ。
しかも、直接的な言葉は容疑者に言わせる見事な自白誘導。
たぶん、隠す必要も意味もなかった。
「ちょっとポカやっちゃって、距離取られてるところ」
「そうですか」
知ってましたけど、とでも言いたげに心炉はさらりと相槌を打つ。
「でも良いと思いますよ。お互い自分のことに集中できるわけですし。やることをやってから、改めて仲直りをしたらいいじゃありませんか」
「そんな言い方しなくても」
「もちろん、既に解決の糸口が見つかっているのなら、仲直りは早いに越したことはないでしょうけれど」
ひと言文句を言ってやろうかと思ったけれど、具体的な反論をする前に、先回りで太刀筋を潰されてしまった。無慈悲すぎる。
実際のところ、具体的な解決策なんてない。
話をする。
納得できる妥協点を探す。
それだけ。
ただ今のところ、ユリから返事が来ない限りは取り付く島が無い。
「心炉みたいに、勝負で雌雄を決することができたら手っ取り早いんだけどね」
返す言葉がなくって、そんな皮肉しか出てこない。
心炉は呆れたようにため息を返す。
「言っておきますけど、私の場合は勝負自体が直接の要因じゃありませんからね」
「じゃあ、いつかの勝負はなんだったの?」
「それは……整理をつけるための儀式みたいなものです」
分かってるよ。
私だってそうだったし。
お互い歩み寄る気持ちになっているのなら、何か言い訳にできそうな行動ひとつで丸く収まるんだ。
それが喧嘩なら、どっちかの「ごめん」のひと言だろうし。
私と心炉みたいな意地の張り合いだったら、勝負で雌雄を決しようというだけのこと。
「ちなみに、アヤセのとこに連絡は来たの?」
「うん? まあ、当たり障りのない感じならな」
「どんな?」
「ふつーに『今日は来るのか?』みたいな話に、『家でやることあるから休む』って」
「そっか」
連絡が取れてるだけで安心した。
とりあえず、今のところはアヤセに任せておこう。
「たぶん、心炉が言うことが解決策としても一番正しいよ。私もユリも、ちゃんと大学に合格できれば、何の問題もない話なんだ」
「だったら、やることは決まっているじゃないですか」
「でも、それじゃ嫌なんだよね」
心炉がキョトンとして私を見る前で、私はゆっくりと自分の意思を手繰り寄せる。
「ちゃんと、ユリと〝一緒に〟大学に合格したい。同じ大学に行くって意味じゃなくって、一緒に挑む気持ちでいたいって意味で」
私たちは、南高という単位で受験に臨んでいる。
担任が冗談めかして言った言葉が、そのまま自分の気持ちと重なり合う。
在学中に一緒に何かを成せるのは、本当にこれが最後だから。
遠い未来にこの日記を読み返す機会があったときに、〝大変だった思い出〟じゃなくって〝楽しかった思い出〟として懐かしみたい。
それに、私の目指すゴールは仲直りじゃない。
その先があるんだから。
「明日、ユリのところに行ってこようかな」
「私も行くか?」
「ううん。ひとりで行く」
アヤセの好意を断って、そう自分の中で覚悟を決める。
私たちのことなんだから、私が解決しなくっちゃいけない。
大丈夫。このまま素直な気持ちで話をするだけなんだから。
「だったら、上手く行くことを祈ってますよ」
不機嫌そうながらも、心炉もそう後押しをしてくれた。
心炉だって、なにも私とユリの仲が悪くなって欲しいわけじゃないはずだ。
ただ、同じ大学を受ける以上は、これからどんな試練に立ち向かわなければならないのか誰よりも知っていて、その壁の高さも、必要な努力も、全て理解していて、そのうえで私のお尻を叩いてくれてるんだ。
真っ向から対抗意識ばかりを燃やしていられない。
ユリと同じように、心炉ともちゃんと〝一緒に〟合格したいんだ。
だから彼女の心配を失くす意味でも、ちゃんと仲直りをしてくるよ。
少なくとも、この生徒会室に日常が戻って来るように。