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第3話

 広場の舞台上に、ユウタが上げられている。

 アロガンツィアの民に期待されて魔王討伐に旅立った異世界の勇者が、両手を合わせた状態で項垂れている。その右手には清廉なるパーティの癒し手のネージュ、左手にはざっくりと肩が出たドレスを纏う呪術師、ロベリア。その二人は、ユウタの方を見ることはしなかった。まっすぐに、民衆を見ている。

「さて……人間の皆々様方、はじめまして、我は魔王フィニス。今日はあなた方に伝えたいことがあってこの都へ参じた。この通り、あなた方に危害を加える意思は全くない。どうか、恐れずに耳を傾けてほしい」

 魔王のよく通るバリトンボイスが、静まり返っていた広場に響いた。おずおずと民衆の中から中年女性が問う。

「勇者様を、どうするおつもりだい、首をとって晒すつもりかい」

「くび?」

 どこかの宿の女将なのだろう、エプロンを付けたまま広場にやってきていたその女性は、どうやら勇者を応援していたうちの一人だったようだ。公開処刑が始まるのではないかと怯える婦人だったが、魔王は首という単語にいまいちピンと来ていなかったようで、首を傾げて、それからぽんと手を打った。

「ああ! ああ、首かぁ! いや、そのようなことはしない。貴殿ら人間の文化であれば、罪人や敵将は首を取って晒すものらしいな、なんと野蛮なことか……」

 民衆がざわついた。

 それじゃあ、勇者の命は取らないという事か、と。

「もとより、かの者の命を奪うつもりはない。そんなことをしても無意味だ。というか、その発想はなかった。首……首ねぇ」

 くすくすと魔王は笑う。そして、ちら、とユウタに視線を移した。ユウタはというと、首と胴体を離されてしまうことは無いのだと理解し、ほっと息を吐く。それを、ロベリアはあきれたような顔で見ていた。


「それで、聞いてほしい話というのがな……」

 魔王はすっと眼前に指先で大きな円を描く。すると、その円がすっと魔王をすっぽり包むくらいの大きな鏡のようになり、実体を持った。一番前でそれを見ていた勇とマルタンがわぁ、と声を上げる。鏡には、エニレヨの村が映し出された。まるで、プレゼンをするときのスクリーンのようだな、と思いながら勇は鏡を見つめる。

「見えるだろうか、現在のエニレヨの様子だ」

 何の変哲もない、のどかな村の様子が見て取れる。

「エニレヨは、数か月前に勇者様が近隣の魔物を退治にいってくれた村じゃないか!」

 民衆の中から男が叫んだ。

「よかった、エニレヨは無事なのね」

 女が囁き合う声が聞こえる。

「まあ、聞いてくれ、この村についてなんだがな、酷い雨による土砂崩れの後に干ばつが起きたという話は聞いたか?」

 人々が騒めいた。雨? どしゃぶり? 干ばつ? 口々に何かを言い合う。何人かが、知っているというようなことを話している。親戚がエニレヨに住んでいるという女が口を開いた。

「勇者様方が村に来てくださって、その次の日から大雨が降り続いたと言っていたわ、一週間も! やんだと思ったら、そこからは一週間、酷い日照りが起きたって」

「こ、こら、滅多なこと言うもんじゃないぞ」

 夫とみられる男性が慌てて女が話すのを止めようとする。

「だって本当のことだもの、あたしのいとこ、エニレヨにいるの。小さい子供もいて……」

 ようやく日照りが収まった日に、リザードゾンビが襲ってきて大変だったっていう話も聞いたわ、と女が続けると、うんうん、と魔王は頷く。

「やはり近親者の話を聞けるというのは大きいな、それで、その異常気象の原因を掴んだから伝えたくてなあ」

 えっ、と女は身を乗り出す。

「原因? あれってやっぱりなにかおかしなことが起きていたんですか!?」

「おい、お前、やめろって」

 臆病な夫は女の肩を掴んで引き戻そうとする。女は好奇心に駆られるまま、魔王の話に耳を傾けた。

「うん、勇者殿を信頼しているあなたたちに告げるのはまあ、はばかられるのだが、勇者殿がエニレヨ北の祠にて『魔物』を討伐したというふうにあなたたちは聞いておろう」

「はい、そのように……王城の広報室からニュースがでてました」

 人々は頷きあう。

「それは半分正解で、半分外れだ」

 民衆が更にざわつく。


「な、何を言って! 魔物の討伐は事実だ! あの祠にいた、龍の魔物を僕たちが……!」

 噛みつくように否定するユウタに、魔王は笑顔で答える。

「まあまあ、半分は正解と言ったであろう。おぬしにもおぬしなりの正義があってやったことなのだろうな、だがな、あれは魔物ではなかったのだよ」

 ユウタはそれを鼻で笑う。

「頭に二本の龍の角が生えていた。あれが魔物じゃないって? じゃあ何だっていうんだ」

「あれは、おぬしらの言うところの神にあたる存在だ」

 魔王の答えにユウタが笑おうとした。しかし、民衆はさっと静まり返ってしまったのである。ユウタはおろおろと視線をさ迷わせる。

「ど、どうしたんだ……皆……?」

 その目に浮かんだ動揺の色を、マルタンは見逃さなかった。何か言うのであれば、今しかない。魔王の存在が大きすぎて、最前でこれを見ていたエビルシルキーマウスやハルピュイアに、人々は気づいていなかった。ぴょこん、と舞台へ飛び乗ると、マルタンは魔王の横で民衆へ呼びかける。

「人間の方々の中にも、伝わっているのではないですか、東に流転の『風の神』、あの日ユウタさんが封印した龍、その方こそあなたがたの『風の神』です!」

「バカなことをいうな!!」

 マルタンが一息で伝えた東の柱についての情報に、被るようにユウタは叫ぶ。しかし、見物人たちは東に流転の『風の神』という言葉に反応した。


「聞いたことあるわ、あたしのおばあちゃんが寝物語に聞かせてくれた……」

「俺も知ってる。小さいころ絵本か何かで読んだぞ」

「ねえ、まさか」


 あのネズミの子が言っていることは本当かもしれない、とアロガンツィアの民衆は囁きだす。これは旗色が悪くなってきた、とユウタは顔をしかめる。それでも――。

「皆さん、魔物の言うことを信じるのですか!!」

 必死に呼びかける。ユウタの声に、民衆の半数近くがハッとした顔をした。


「そうだな……相手は魔物だ」

「勇者様の言うことを信じなくてどうするの」

「勇者様は悪しき龍を退治してくださったのに」


 ざわざわと囁き合う声が聞こえる。ユウタの魅了スキルが発動している。マルタンは、信じてもらえないかと肩を落としそうになった。

 しかし――。


「いいえ、ユウタさんは龍を『退治』はしておりません」


 民衆の中から、鈴を転がすような、凛とよく通る声が響いた。

 辺りがしんと静まり返る。

 それから数秒後、人々はどういうことだと口々に言って動揺を露わにした。

 声の持ち主が、静かに魔王の前に歩み出る。

 マルタンよりも少しだけ背が高いその少女は、生成り色のローブを纏い、フードを目深に被っていた。マルタンに並ぶと、少女は黒い瞳を民衆へ向ける。マルタンはすんっ、と鼻を鳴らした。

 少女は、小さな手をゆっくりと添えて、静かにフードを脱いだ。


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