――――護の意識が亜空間から“活動の間”へと戻された直後
「……さぁ、彼はどのような意志を貫こうとするのか」
護だけがいなくなった亜空間にて、玉座へと座り、目を閉じながら、静かに己が召喚される瞬間を待つマルクト。
「…………ねぇ、神さま」
「……ん?」
その隣では、不安そうな顔を浮かべながら、元の世界へと戻っていった護の行く末を心配するユキの姿があった。
「マモルちゃん…………大丈夫、だよね?」
大切な、友の身を案じ。
「……さぁ、それはどうだろう」
しかし、そんな彼女へマルクトが示す態度は、肯定とも否定とも受け取れない曖昧なもので。
「彼が初めてここへと来る前に。ワレが、キミに話した内容は覚えているかい?」
「う、うん…………」
閉じていた眼を微かに開いたならば、今度はマルクトのほうから、彼女へ向けて問いかける。
「これよりワレと彼は、奴を倒すための契約を行う。契約を終えた後、彼はワレの力を解放させ、それを行使することが可能となるが……」
ユキの返事を聞いたマルクトは、おもむろに、これから護の身に起きることを彼女へと説明し始めるが。
「初めての召喚のため、ワレと彼の間を繋ぐリンクは……すなわち、手綱のようなものは、非常に脆く、不安定なものとなる」
その口調は重く、マルクトが彼女へ見せる表情は到底、楽観視出来るような雰囲気ではなかった。
「決して……リンクの強度を上げることが出来ないわけではない。ワレの力を行使する際の彼の抱く思い。どのような目的、どのような意志によって。奴を倒すためにと扱われるかにより、リンクの強度は保たれるか否かが決まるわけなのだが……」
そして。
――おい、マルクト
”活動の間”へと戻った護から、名を呼ばれたマルクトは。
「彼の意志が……。ワレの、そしてキミの望まないもので埋め尽くされるのならば」
途端にその身体を煌めかせ、頭部のほうから、粒子状の物体へと姿を変化させると。
「彼とワレのリンクは強制的に途切れ……行使されていたワレの力は暴発し」
そのまま、彼女の前から姿を消しながら。
「彼の肉体は壊れ……」
彼女一人を、亜空間の中へと置いていって。
「彼はそのまま……死ぬ運命を辿るだろう」
不穏となる言葉を残し、護が待つ”活動の間“へと向かうのであった。
「オレ様を、倒すだぁ……?」
エルフ国兵達と、ルーナからの注目を受けながら。
”活動の間”中央にて対峙するキムラヌートと護。
「この、オレ様を……あん時のクソガキがぁ?」
覚醒の瞬間を終え、琥珀色の光沢を全身から煌びやかに放つ護を目の前にして。
「…………くっ…………くはははははっ…………」
己を倒すと言われた後、キムラヌートが自身の顔を手で覆い隠せば。
身体を前へと屈め、不気味に笑い始めると。
「てめぇがんなこたぁできるわけねぇだろぉがよぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
次の瞬間、激しい憤りを顔全体へと這わせ、その場で怒り狂い。
「「「――っ!!!!」」」
辺り一帯の空気が震わされるほどの、凄まじい憤怒の咆哮を上げる。
「“
そうしてすぐさま術を唱えては、護へ向けて不可視の衝撃波が放たれていく。
「――っ! 危ねぇっ!!」
キムラヌートの口から術が唱えられるのを聴いた瞬間、護の後ろで地面へと伏せていたルーナが。このあと彼に向かって攻撃が迫り来るはずだと、思わず顔を上げて叫ぶが。
それとほぼ同時。
――――パァンッ!!
何の前触れもなく、何かが破裂したような乾いた爆発音が、空間中に響き渡り。
「「「――っ!!」」」
その音を聴いた者はみな、彼がキムラヌートによってやられてしまったと思い込み、息を飲んだが。
「…………あぁ?」
しかし。
「なんでてめぇ、吹っ飛ばされてねぇんだぁ?」
キムラヌートの前に立つ護に変わった様子はなく。
ルーナや他のエルフ国兵達も、術が発動されたはずが、誰一人としてその影響を受けておらず。
「…………“
外してしまったのか、と。
怒れるキムラヌートは術を唱えて、再度護へ向けて不可視の衝撃波を与えようとした。
だが。
――――パァンッ!!
またしても、空間中に先ほどと同じ破裂音が響き渡っても。
「………………」
蓮華の花の楯を構える護の様子に、何ら変化はなく。
――――ただ
「……あぁ?」
その代わり、今まで何もなかったはずの、彼の身の回りには。
「なんだぁ?」
小さく舞い散る、桃色の花びらがあった。
「おい、マルクト」
「…………あぁ」
何故、二度に渡っても攻撃が通じていないのかと。
眉をひそめては、首を傾げていたキムラヌート。
そんな、奴を前にして。
「やるぞ」
「……いつでも」
護は表情を崩すことなく。
「真・盾技」
今度は楯を頭上へと高く掲げて。
「”
次に、技を唱えれば。
「――っ!」
護によって掲げられた蓮華の花の楯は、突然、白く輝き出すと細かい粒子状へと姿を変え。
「ちっ! なんだぁ!?」
すぐさま、空間中を埋め尽くすほどの花びらへと変化すると。
桃色の花びら一枚一枚が、高速に、”活動の間”の空間中を旋回しながら宙高く舞い上がる。
「”
続けて護が技を唱えた途端。
蓮華の花びらたちは、使役者である護の下へと戻り。
「…………キレイ……」
彼を中心に、一面桃色に煌めく蓮華の花畑へと生まれ変わるのだった。
「これでいいか?」
楯を持たずして、花園に立つ護は。
「あぁ。キミがそう想うのならば」
背後で鎮座するマルクトの姿を横目に見て、力の使い方を確かめるよう尋ねれば。
「ワレは、いかなる王国のその礎となろう」
そんな護へ、マルクトが試すような口調で返事をする。
――――そうして
「……そうか」
マルクトの言葉を聴いた護は。
「おい、キムラヌート」
「――っ! あぁ?」
奴の名を呼び。
「もう一度、やってみろよ」
空いた左手をキムラヌートへ向け差し出せば、伸ばした指先を軽く折り曲げ挑発する。
「あぁ? …………てめぇ」
それを見たキムラヌートは。
「何にも出来やしねぇくせに調子こいてんじゃぁねぇぞぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!」
そんな彼の態度に我慢ならず。
「“
矢継ぎ早に、術を唱えて。
「くたばっちまぇっ!!」
目を見開き、口から牙を剥きだしにして、彼の死を心から望むよう言葉を吐き捨てるが。
――――パァンッ!
「――っ!?」
奴の術は。
「…………どうした?」
彼の身には届かず。
「…………“
すぐさま、次の術を唱えるも。
――――パァンッ!!
先程から同じように、乾いた破裂音が鳴るだけで。
「…………なんだぁ?」
不可視の衝撃波は、彼に当たる事はなく。
「(なんでさっきから攻撃が当たらねぇ……)」
今、目の前にいる標的は楯すらも持っておらず。
手足どころか、指一本さえも動かしていないにも関わらず、彼の楯が蓮華の花と化して以降、一度たりとも彼は衝撃波に襲われず。
そんな摩訶不思議な状況に、さらに焦れ込むキムラヌートだったが。
「(…………あぁ?)」
ふと、その時。
「(あれは…………)」
捉えていた視界の中、ある一点に違和感を覚える。
「(花……だァ?)」
目を細ばせて、キムラヌートがその箇所を注意深く視ると。
そこには、さっき見た光景と同じように、破裂音が鳴り響くとほぼ同時、桃色の花びらが舞い散り、宙から地面へと、ひらひらと落ちていたのだった。
「(……まさか)」
それを視たキムラヌートは。
「…………“
再び術を唱えて、護の周囲に起こる変化を観察すると。
――――パァンッ!!
「――っ!」
空間中に、破裂音が鳴り響いたと同時。
「(なるほどなぁ……)」
あることに、気が付く。
「なんだぁ? その変な術はぁ?」
それは、護の身体から僅かに離れた位置にて。
「“
――――パァンッ!
キムラヌートが術を唱え、空間に破裂音が鳴り響けば。
その一瞬。
「はぁぁぁ。その花が……邪魔くせぇことしてんだなぁ?」
護の足元を覆う蓮華の花園から、複数枚の花びらが現れると、拳一つほどの大きさとなっては固まり、そして。破裂音と同時に何かに当たったかのよう大きく散り散りとばらけては、そのまま地面で待つ花園の下へと戻っていくのだった。
「“
何度も。
「“
何度も何度も。
キムラヌートが術を唱えるたび。
花園からは花びらたちが現われては。
「“
その度に、まるで彼に不可視の衝撃波が届かないように。花びらたちは破裂音と共に散り、そして再び花園へと還って。
「あぁ、そうだよ」
すると。
「キムラヌート。お前が考えている通り、お前の術はいま、ここにある花で全部防がれている」
攻めあぐねるキムラヌートへ、護が
「さっき聞いたよ、お前のその能力とやら。見えない衝撃波で、わけもわからずに追い詰められる奴を、叩いて、嬲り殺して……お前は、それが楽しいんだろうな」
展開される技の、その種を明かしながら、徐々にキムラヌートの下へと近づいていき。
「けどな…………」
そうして、キムラヌートとの距離が、ほんの僅か五歩先といった辺りまで縮まった時。
「――っ!」
護の下から、大量の花びらが舞い上がれば、彼を守護するよう球状の群集となり、彼の身の回りを覆い始め。
「だったら最初から、お前の能力を感知して、お前の衝撃波が届く前に、この花で全部防御しさえすればいいだけのことだ」
全方位からの攻撃全てを防がんと、花びら一枚一枚が、高速に周囲を回転する。
「さぁ、かかってこいよ」
大量の花びらに覆われ、防御する護に。
「ぜんぶを……防ぐだぁ?」
幾度も焚き付けられるキムラヌートは。
「……へ、へへへへははははっ…………だったらやってみろやぁっ!!」
激昂し、術を発動させるべく両腕を広げ。
「”
目の前の標的に向かって、大量の衝撃波を浴びせる。
「やるぞ、マルクト」
「どこからでも」
相手の術が発動された瞬間、護はマルクトへ、一言合図を送り。
「”
対抗すべく、護を技を唱え、宙に舞う花びらたちを操作する。
――――パァンッ!
不可視の衝撃波が花の加護へと到達すれば。
――――パパパァンッ!!
衝撃波がぶつかった箇所から、護を囲っていた花びらたちは分裂し。
――――パパパパパパパパパパパパパパパパパァァァァンッ!!!!
宙を舞い、地面に広がる花園へと落ちていき。
「”
続けざま、護が技を唱えたらば。
花園からは、花びらたちが顕れて。
不可視の衝撃波によって空けてしまった花の加護の箇所を、修復すべく、元いた場所へと再配置され。
繰り返し、彼を凶弾から守ろうとする。
「…………っち! めんどくせぇっ!!」
どれだけ攻撃を繰り出しても、全く崩れない花の防御包囲に、苛立ちを隠せないキムラヌート。
「けどなァ……。いつまでも防いでばっかりじゃぁオレ様には攻撃できねぇよなぁっ!!」
だが、一向に彼に対して反撃の隙を与えていなかったこともあり、防戦一方の護の様子を見ては、嘲笑い、さらにその防御をこじ開けようと術を畳みかけようとするが。
「ほんとうに、そう思うのか?」
「あぁ?」
そう、護が言葉を返せば。
――――刹那
「――っ!!」
何の前触れもなく。
突如として、蓮華の花園から一本の槍が現れ、キムラヌートへと物凄い速さで迫りくる。
「……っち!」
間一髪、襲い掛かってきた槍をキムラヌートが躱すも、通り過ぎた後、掠めた頬の表面には一線の血が流れ出し。
「(なんだぁ……?)」
思わずキムラヌートが後ろを振り返れば、躱された槍は空中でピタリと静止すると、その姿を花びらへと変え、ヒラヒラと、桃色の輝きを見せながら花園へと向かって落ちていくのだった。
「……外したか」
その様子を見ていた護は、槍を当てきれなかったことに、一瞬だけ表情を曇らせるも。
「もう一回だ、マルクト」
「…………あぁ」
攻撃させる暇を与えることなく。
キムラヌートへ向け、自らの手を
次々と、創り出していく。