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58.導かれ、再び


「(マモルちゃんが、あいつと闘っている音が聴こえてくる…………)」




 六面、淡い琥珀色に染められた亜空間にて。




「(大丈夫だよね……。上手く、神様と手を取り合えているよね……)」




 一人残された彼女は、どこからか鳴り響く闘諍とうじょうの音を耳にしながら、ずっと護の身を心配し、その無事を祈り続けていた。




「(神様が言ってた、あのこと……)」




 彼女が思い出すのは、彼女が初めてこの亜空間へと呼ばれて、護が来る前に、初めてマルクトと会話をした時のこと。




 ――君には、話しておかなければならないことがある




「(マモルちゃんの、心の中……)」




 ――ワレから彼にはまず、奴と闘う意志があるかどうかを聞くのだが




「(それは、ユキもずっと気になっていた…………)」




 ――彼が奴と闘うと、そう選択した時。果たして彼がその選択をどういう意志、どういった想いを抱いて答えるのか




「(マモルちゃんの心の中を覆う、あの赤黒いものが……)」




 ――ずっと、彼の傍にいたキミも。よく気が付いていることだろう? 彼の抱いた思いが、もしその、彼の心の中に巣喰う、怒りや憎しみ、深い憎悪から来るものであるならば




「(マモルちゃんと、神様の繋がりを邪魔してしまったら……)」




 ――キミという、彼にとって特別な……いわば、楔のような存在が、彼を蝕むその憎悪を、どれほどまでに和らげ、解き放つことが出来るのか




「(マモルちゃん……マモルちゃん…………)」




 ――キミが、彼に話すこと、伝える言葉その一つ一つが。彼にとっての命運となるということを




「お願い……。どうか…………」




 目を閉じ、胸の前で強く両手を握り締めるユキ。




 長き時を経て、彼との再会を果たし。触れ合い、言葉を交わすことが叶えられて。


 ぬくもりを、声を。ずっと、届けたかったものを、彼に伝えることが出来た。






 ――ねぇ、マモルちゃん




 ――ん? …………どうした?




 ――あのね、一つお願いがあるの




 ――願い……?




 ――うん。あのね……どうか、みんなのことを。大事に、大切にして欲しい




 ――え……?




 ――あの時の、孤児院の時みたいに。マモルちゃんが、みんなに慕われていた頃みたいに…………どうか。いま、マモルちゃんが関わる、沢山の人達に




 ――それって……




 ――あの女の子のことも。ちゃんと、名前で呼んであげて




 ――それ、は…………




 ――ユキは、ちゃんとマモルちゃんが出来るって信じてる。だから、ね……?






 ユキと再会した彼の表情は、以前までとは違い、僅かにほぐれ、且つて、孤児院の皆に見せていたような、朗らかな様子がちらほらと出かかっていた。




 酷く哀しい過去を通して、人を信用することも、他人に優しくする彼の姿は消えてしまい。そんな彼へ、再びあの時の心を思い出してほしいと、そう願いを込め、彼女は彼へ言葉を送った。




 だが、この短い時間の中で。彼女の想いが、彼女の言葉が。どれだけ彼の心の中のしがらみを、苦しみを解き放ち、マルクトとのつながりを保つことが出来るのかと。




「(早く……どうか早く)」




 こうして、ただ待つだけの時間が。


 一秒、一分と積み重ねられていくごとに。




 彼女の中の不安は徐々に膨らんでいき。




 一刻も早く、キムラヌートとの決着を強く望み。


 また、元気な姿を見せに、ここへ戻ってきて欲しいと。






 ――その時だった






「(………………いで)」




「…………へ?」




 何者かの声が。




「(…………おいで)」




 突然、彼女の頭の中に囁かれる。




「だれ…………なの?」




 それは決して、護でも、マルクトの声でもなく。




「(また…………君を連れていってあげるから)」




 優しくて。彼女だけではなく、亜空間全体を大きく包み込むような、暖かな声。




「連れてくって……ど、どこに」




 それでも、急に鳴り響く声に驚いた彼女は、困惑し、慌てて辺りを見渡そうとするも。




 そこには誰も、彼女以外の姿はなく。




「(ほら……こっちだよ)」




 そんな彼女へ。




「――っ!」




 ある一点から、謎の声が大きく彼女を呼び込むと。


 声がした方向へと、彼女が振り向けば。




「これって……」




 その先には、虹色に煌めく扉が、いつの間にかひっそりと建てられていたのだった。




「こんな扉…………さっきまで」




 目の前で輝く虹の扉に戸惑う彼女へ。




「(こっちへおいで)」




 今度は、扉の向こう側から、謎の声が彼女のことを呼ぶ。




「(彼を、助けてあげて)」




「…………え?」




「(君にしか、出来ないことだから)」




「それって……」




「(もう一度、彼を導いてあげて)」




 呼び掛けてくるその声に、不思議と吸い寄せられるように。


 少しずつ、扉のほうへと足を向けるユキ。




 気が付いた時にはもう、彼女は扉の目の前に立っていて。




「(さぁ、扉を開けて)」




 扉に付けられた、丸くて小さな銀製のドアノブへ、手を伸ばす。




「(さぁ……君の想いを。彼へ……)」




 そして、握る小さな手を、ゆっくりと時計回りに動かして。




「(大丈夫。一緒に行こう)」




 声にそっと、背中を押されるよう、扉を開き。






 彼女は、真っ白に照らされた扉の先へと、進んでいった。










「…………おいおいおいおい」




 キムラヌートと護。


 両者が激突してから数十分が過ぎる頃。




「さっきまでの威勢はどこにいっちまったんだぁ? あぁ!?」




 ”活動の間”のいたるところに、桃色の花びらが舞い散れば、地面のあちこちには、キムラヌートの術による衝撃波で陥没していて。




「はぁ……はぁ……。うる、せぇっ!」




 空中で浮遊し、余裕の表情を見せるキムラヌートに対し、蓮華の花の加護を展開し続ける護の様子には、はじめ見せていた勢いは薄れつつあった。




「おい、マルクトッ! もっと力出せないのかよっ!?」




 一進一退の攻防が続く中。




 キムラヌートの攻撃の隙を狙いつつ、攻勢に出ようと何度も試みていた護だったが、どれも上手くは当たらずに。


 キムラヌートの身体にも、数カ所に渡って目立った切り傷は見えていたものの、どれも致命傷までとは及ぶことはなく。




 マルクトの力を使い続ける護にも、疲労と焦燥の色が徐々に徐々にと濃く出始めて。




「“כדור בלתי נראהカド―・ミ・ピュニエ ” ― 見えざる凶弾 ―」




 キムラヌートの攻撃に対しても。




「…………うっ!?」




 初めの頃より反応も遅れていき。






 ――――――パァンッ!






「くそっ!」




 防ぐことさえ難しく。辛うじて回避するのがやっとの状態になりつつあった。




 そんな護へ。




「おいっ、マルクトッ!」




 背後で鎮座するマルクトは、彼に呼ばれるも、言葉を交わすことはなく。




「……おいっ! なんとか言えよっ!!」




 両腕を胸元の前で組み、ただただ彼の様子を玉座の上から静観し続けるだけだった。




「…………くっ、はははははっ!!」




 そんな中。




「ざまぁねぇなぁっ!!」




 これまで畳みかけるように術を繰り出していたキムラヌートが、突如、術の発動を止めれば、護を見下すように笑い出し。




「てめぇがどんなに頑張ったって。あん時と同じように、オレ様に敵うわけがねえだろうよぉっ!」




 またしても、彼の過去の出来事と絡めて挑発し。




「弱い奴は弱いやつとしてなぁっ!?」




 そして。




「俺様の生きる楽しみとして、ただ殺されるのを待っていればいいんだよなぁっ!!」




 彼を、侮蔑し始める。




「てめぇもよぉっ! あん時のガキどもみてぇに、泣いて喚いて、逃げ回って。そして最後には絶望して」




 キムラヌートが発する言葉に。




「無様に殺されてなぁっ!? 俺様のお陰でガキどもと同じ場所へ送ってやってもいいのによぉっ!!」




 人の心など、当然どこにもなく。




「て、めぇ……!!」




 そんなキムラヌートの言葉に。


 殺された孤児院の子たちを侮辱され、ここまで堪えていた護の心に、再び怒りと憎悪の感情が蝕もうとする。




「(…………まずいな)」




「だからここでいま、お前を仕留めるんだよぉぉぉぉっ!!!!」




 それを背後から感知していたマルクトが危機感を募らせるも、キムラヌートに激怒してしまう護が。




「真・盾技っ!!」




 且つての仇を仕留めるべく、技を発動させようとする。




 だが、この時。




「(このままでは……)」






 ――――ある異変が、護の周辺で起き始める






 それは、マモルとキムラヌートの戦いを見ていたルーナの近くにて。




「(なんて闘いしてやがる……)」




 これまでずっと、護が発動する花園の加護に守られてきたルーナ。身体は相変わらずキムラヌートの術によって受けた傷で動くことが出来ずにいた為、護に言われた通り、その場でじっとしていたのだが。




「――っ!」




 その時。




「(……なんだ?)」




 彼女の下を覆っていた花園が。




「(花が……段々……)」




 枯れ、朽ち始めていて。






「” סוף גן הפרחיםソフ・ガン・ハフラフィーム ”っ!! - 花園の終焉 -」




 そんな異変に気付くことなく。


 無理やり、マルクトの力を引き出そうと技を発動させる。




 技の発動後、桃色に煌めく花びらは、突如真っ赤な血の色へと染まり、禍々しいツタを何本も生やして、剥き出す棘を持ち、護の周りを不気味に蠢く。




 そうして。




 まるで、ツタが意思を持っているかのように。


 地面の花園から宙へ向かい、キムラヌートへと近づいていくが。




 それは。




「――っ!!」




 彼の身にも。




「(な、なんだっ!?)」




 牙を向き。




「ぐっ……あぁぁぁぁあっ!?」




 突然、護の身体中に、真っ赤なツタが強烈に巻き付けば。




「(な、んで……っ!? オレまでっ!?)」




 棘を伸ばしながら、彼の身体を縛りあげる。




「マ、マルクトッ……! お前、なんのつもりでっ!?」




 すぐに護は背後にいるはずのマルクトへと顔だけを振り向き、この事態について訊き出そうとするも。




「なっ…………!?」




 彼が見た先にいたマルクトの姿は。




「な……なん、で……」




 なんと身体全体が透け始め、今にも消えかかっている様相となっていた。




「クソッ! クソぉっ!!!!」




 それでも目の前の仇を討ち倒そうと。


 絡みつくツタを剥がそうと、必死に藻掻き、かなぐり捨てようとするも。




「あぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」




 暴れるごとに、ツタから伸びる棘が、彼の身体を貫かんとして。




「へへ……ははははははぁっ! なんだぁっ!!」




 身体中に激痛が走る中。




「(どうして……どうしてなんだよっ!)」




 それでも、その身を削ってでさえも。




「こいつ、自分で自滅してやがるぜぇっ!!」




 目の前の仇のその命を奪おうと抗う護。




「(こいつは……こいつだけはっ!!)」




 あの時も、今もまた、且つての孤児院の友を侮蔑され。


 黙っていられるわけがなく、彼の心は赤黒い感情へと染まりゆく。




「(あぁっ……! あぁぁぁぁぁっ!!!!)」




 その度に、ツタは彼の身を削り取ろうと襲い掛かり。




 ――――そして




「アッ……! ウッ……うぐ……ァッ!?」




 遂に、彼の命を奪おうと。


 そのツタが、彼の首元を巻きついた。




 その時だった。






 ――マモルちゃん




「「――っ!!」」




 彼女が再び。




 彼の名を、呼んだ。

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