生命の樹、”活動の間”。
「と…………止まっ、た……?」
キムラヌートとの戦闘中、マルクトの力の暴走により、自らの技によって追い詰められていた護。
展開されていた花園は、外側から内側へとかけて枯れ果てると、召喚された禍々しいツタが周囲へと伸ばされ、キムラヌートへと襲い掛かろうとしたと同時、発動者である護当人の身体さえも縛り上げていた。
身体中を這うツタは彼を激しく締め上げて、とうとうその首元にまでも迫ろうとした、その時。
当所、全てのツタの動きが停止した途端。
――――ミシッ
ツタから何か、モノが軋むような音を立てたかと思えば。
――――パキィンッ
突然、その姿を粒子状の物体へと変化させ。
その全てが、地面へと散り散りとなって落ちていくのだった。
ツタは崩壊し、縛るものがなくなった護は、そのまま糸が切れた人形のように、僅かに咲き残った花園の上へと力無く倒れて。
同時、その場一帯に、一瞬の静寂が漂う。
地面へと倒れてから暫くして、何の反応も見せない護に対し。
「…………お、おい……」
離れた位置から様子を見ていたルーナが、思わず彼の身を心配し狼狽え、消え入るような声で呼びかけるも。
「………………」
ルーナの呼びかける声に応えることはなく。
まるで、死んでしまったかのように、指一本も動かさず、その場に仰向けに倒れる彼へ。
「……へへへっ、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャァッ!!」
宙に浮くキムラヌートが、身体を反らし、天井を見上げては笑い出す。
「ギャァーハハハハハッ!! なんだぁこいつっ! 自分の術で勝手に自滅しやがったァッ!?」
彼が力尽きたと思い、それがあまりにも滑稽に見えてしまった奴は。
「結局てめぇはその程度のゴミ虫なんだよぉっ! なにも出来ねぇっ!! 虫けら一匹すらも助けられねぇっ! ついにはオレ様に殺されることすらも叶わねぇ、この世で一番みじめな存在なんだよぉなぁっ!!!!」
これほどまでかとばかりの罵詈雑言を彼へと浴びせ、卑劣に、彼の全てを踏みにじる。
そして。
「もう息ぁねぇだろぉがよぉ…………。このままじゃぁあんまりにも可哀そうだからなぁ。せめてオレ様が直々にその役立たずの身体、最期に堕としてやるよぉ……」
笑うことを止めたキムラヌートは。
「“
彼の身体を地下の針山へ突き落そうと。
狂喜でゆがめた表情を浮かべて、術を唱えた。
刹那。
――――パァンッ!!
「――っ!!」
キムラヌートが仕向けた不可視の衝撃波は、空間内に乾いた破裂音を響かせたかと思えば。
決して、彼の身を襲うことは出来ず。
その時、奴の眼に映ったものは、彼の身体が宙へと飛ばされる光景ではなく。
空中で、ゆったりとひらめく桃色の花びらであった。
――――次の瞬間
……………………ドンッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!
「「「――っ!!」」」
突如、地鳴りのような大きな音が、空間内に轟けば。
地面に横たわる、彼の身体を中心に、空間全体が大きく揺らぎだす。
あまりの大地震に、その場にいた全ての者の視界が上下に激しく揺さぶられる中で。
岩上護の姿が、これまで以上に強い琥珀色の輝きを放ち始める。
「(…………成ったか)」
そうして、皆がそのあまりの眩しさに、目を細めてしまったところ。
「(――っ! あ、あいつっ……!)」
彼は、ゆっくりと立ち上がり、己が存命を知らしめる。
彼が再び立ち上がったことに、一同が驚いていると。
彼の身を覆っていた煌めきは次第に収まっていき、同時に空間全体の揺れも弱まっていく。
そして、”活動の間”に静けさが帰ってきたその時。
みなの前に立っていた彼の姿は、先程までとは違う。より透明度高く、より煌めきに溢れたエレマ体に。
白髪だったその髪の色は、彼の彼と同じく漆黒の色となりて。
「…………マルクト、いるか?」
「……あぁ」
起き上がった彼の開口一番。
呼び掛けたのは、己が守護者のマルクトで。
「……すまなかった」
「いいんだ」
謝る彼に、ただ短く一言だけ。
褐色の少年神は静かに返して。
「次は、どんな王国を」
透けていた身体は元通りとなり。
続けて、彼へと問い掛ければ。
「…………頼む」
彼はゆっくりと、背後にいるマルクトのほうへと向き。
「ここにいるみんなを、守ってあげて欲しい」
そう、たった一つの願いを告げる。
「承った」
護の頼みを聞いたマルクトは、これまでにないほどの柔らかな返事をして。
「いくぞ」
「あぁ」
それを合図に、二者は宿敵へと向けて、目線を揃える。
「ちっ……なんだよ、くたばってなかったのかぁ?」
護の再起を、残念そうに見ていたキムラヌート。
地上から見据えてくる護に、小さく舌打ちをすれば、先程までの高揚からは一変。冷酷無慈悲な表情を顕わにする。
「へっへ……まぁいいさ。これでまたてめぇの命をオレ様が奪えるからよぉっ!!」
そう言い、両腕を横目いっぱいに広げたキムラヌートは。
「“
彼へ向けて、不可視の衝撃波を発動させようとした。
その時。
「――っ!!!!」
突如、地面を激しく抉るような音がしたかと思えば。
「(な……なんだっ!?)」
気付いた時にはもう。
キムラヌートの目の前には、大きな槍が迫っていて。
「チッ! クソがぁッ!!」
思わぬ急襲に、一瞬怯んでしまったキムラヌートだが、咄嗟の反射により辛うじて両腕で受け身を取るも。
「(――っ!? ナ、ナンダッ!?)」
頑丈に、鋭利に研がれた槍の先は留まることなく、防ぐ黒色の肉を深々と抉らんと、高速に回転し続け、キムラヌートの身体を押し込んでいく。
「(おっ……重っ……!? それだけじゃねぇ……威力もだぁっ!?)」
明らかに様子がおかしい槍に、顔を歪ませるキムラヌートは。
「……”
咄嗟に術を発動させ。
「グッ、ァァァァッ!!!!」
大量の衝撃波によって目の前の槍を攻撃し、外装から砕き割り、その威力を削っていく。
「ハァ……ハァ…………」
不可視の衝撃波によって、その姿を粉々とされてしまった槍は。
息を荒げるキムラヌートに見つめられる中で、威力を全て失った後、空中から地面へと真っ逆さまに落下していけば、その姿を桃色の花びらへと変えて、下で待つ花園へと還っていき。
「ハァ……ハァ…………てめぇ……クソガキがァァァッ!!」
槍の正体を目撃したキムラヌートは、それが誰による技かを確信した後、地上で静かに佇む護の姿を見て、憤り、叫び散らす。
「”
そうしてすぐさま、彼の命を奪わんと、術を唱えて仕掛けるが。
――――パパァンッ!
「――っ!?」
その攻撃は、彼の身体からは遥か遠くに及ばず。キムラヌートによる攻撃は、彼を守る花びらたちによって、全てが防がれてしまい。
「”
もう一度だと、護へ向けて術を発動させるも。
――――パパパパパパパパァンッ!!
「(なん……だとぉっ……!)」
何度やったところで、不可視の衝撃波は彼の身から遠く離れた位置で花びらとぶつかり、全てを綺麗に相殺されて――。
「(このクソガキ……なにしやがったァ……?)」
桃色の花びらたちの強度、そして反応速度は前よりも段違いで。
目の前で知らしめられる技の練度の高さに、彼が纏う雰囲気の重さ。
技の暴走前と後の様子が明らかに変化したことに対し、キムラヌートは困惑し、対応にあぐねると。
「マルクト」
今度は。
「”
護が技を唱えると。
「――っ!!」
枯れ果てていた花園が、彼を中心に再び咲き広がれば、更にそこから生まれるは、いくつもの巨大な蓮華の花のつぼみ。
その後ろ側には、より一層の、一段と大きなつぼみが現れると。
「さぁ、奴は任せたよ」
護の背後にいたマルクトが、その巨大なつぼみの中へと入っていき、同時に、彼へこの闘いを委ねる。
「あぁ。分かった」
そして、マモルもマルクトの言葉に応えると。
「”
「――っ!!」
奴に向け、大量の花の槍を一斉に仕掛けていく。
「”
大量の槍が己に向かってくるのを見たキムラヌート。
奴も、すかさず術を唱え、応戦し。
技は術の発動はほぼ同時。
地上から打ち込まれる大量の槍と、天井から降り注がれる数多の衝撃弾が、空間中で激しくぶつかり。
耳を劈くような爆発音を伴いながら、高密度の威力をお互いに相殺させていく。
一つひとつが衝突を繰り返すたびに。
”活動の間”全体が、大きく揺れ。
衝撃波によって砕け散っていった槍が、途轍もない速さで吹っ飛ばされると、勢いそのままに、”活動の間”の壁のあちこちへとぶつかって、大きな窪みを跡として刻んでいく。
「――っ! 危ないっ!!」
大きく削られた部分からは、大小さまざまな土砂や岩石が飛び散って。
「う、うわぁぁぁぁぁっ!!!!」
地上で身を伏せていたエルフ国兵らとルーナの頭上へと向かって、降り注がれようとするも。
「…………へ?」
落下してきた岩石に当たってしまうと。頭を抱え、目をつぶっていた彼らだったが。いくら時が経とうとも、その岩石は当たることはなく。
「――っ!? こ、これは……」
ふと、恐る恐る目を開けて、頭上の様子を見たらば。
そこには、桃色の花びらが。
護をキムラヌートの攻撃から守護していた時と同じように、ドーム型の屋根となり、落下してきた岩石と土砂から彼らを保護していたのだった。
「あ、あいつ……まさか」
覆う花びらたちの隙間から、キムラヌートとの激闘を繰り広げる護の姿を覘くルーナ達。
――頼む
一人、凶敵に立ち向かう彼は。
――みんなを、守ってくれ
はじめから、奴との戦いが激しいものになると予見してたが故に。
戦闘による災害にみなが巻き込まれないよう、一人闘いながら。
同時に、皆の身を守ろうとしていたのだった。
「アタシらのこと……」
彼のその想いは、果たしてどこから来たものか。
それでも決して、彼は後ろを振り返るようなことはせず。
その全てを、マルクトへと託し。
己はひたすらに、目の前の宿敵を倒さんと。
揺るがない眼でしっかりと射定める。
「ありがとう……マルクト」
一段と巨大なつぼみの中に潜む、己が守護者へ礼を言う彼は。
「……決着をつけよう」
更に攻撃の手数を増やし、キムラヌートを追い詰めんと死力を尽くさんとす。