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108.ツェデック・アリー



 ――生命の樹内、“創造の間”。



「はぁっ……はぁっ…………くそっ!」


 白灰の大理石、其の床を鳴らす硬い革靴の音が、乱れる呼吸音に混ざりて木霊をし。

 不気味に反響する空間は、生い茂る樹々に一面全てを覆われる。


「一体、どこへ曲がれば出口に突き当たるんだっ……!」


 外界からの光など、内へと差し込まれることはなく。天井高く伸びきった草木、花々は。まるで迷路のような構図を生み出し、新たな迷い人を誘い手招いては。


 生温く、微かにそよぐ風が吹き抜ければ。彷徨う者をあざ笑うかのよう、樹々の擦れる騒めきが。独りの大柄な男の背後から、前方へと不気味に撫でては通りすぎ――。


「ザフィロ……! どうか、どうか無事なのだろうなっ……!!」


 変貌した空間の中を駆け回るその男、ツェデック・アリー氏。

 レグノ王国軍、元魔法士部隊部隊長にして、現エルフ国配属警護隊隊長を務める彼。此度の魔族襲来が起きるやすぐに、重鎮の安否を確認すべく生命の樹内部へと潜入しては、エルフ国女王であるリフィータ王女とその右腕であるマルカ、両氏の捜索を続けていた。


「もう既に他の空間でも魔族らとの抗争が始まっているはずなのにっ……なのに、なぜこんなにもっ……!」


 また、現レグノ王国軍魔法士部隊部隊長のツェデック・ザフィロの父でもある彼は、たった一人しかいない我が娘の安否を心配して……彼女のことも、きっとどこかにいるはずだと想っては、生命の樹中央に高く聳える螺旋の階段を何度も行き来して、その都度各層を隈なく懸命に探し続けていたのだが。


 そこへ――。


「イタゾッ! アソコダッ!!」


「――っ!! しつこいぞっ……!」


 彼を標的とし、執拗に追いかけてきていたのは、大量のエセク達。

 薄暗く、道幅の狭いこの植物の迷路を掻き分けるように進んでいた奴らは、小路先を曲がった途端にアリーを見つけるや一斉に奇声を上げ、残虐に尖らせた両腕を振り回しながら一気に突進を仕掛けてくる。


「くそったれ……!」


 すぐに奴らの視界から外れようと、一つ先の曲がり角まで大急ぎで走り始めるアリー。後ろを振り返ることなく、背後から反響して聴こえてくる悍ましい声だけを頼りにエセク達との距離差を把握し、行き止まりにだけは気をつけながら、右へ左へと何度も曲がり少しずつ時間に余裕を持たせようとする。


 そして。


「はぁ……はぁ……! よし、ここで……」


 暫し走り続けたのち、一度あるところで立ち止まったアリーは途端に後ろを振り返り。


「…………魔技」


 あと数秒ほどで奴らが追いつき姿を見せるはずだと、遠く見つめる一本道の先端。己が先ほど通りがかった曲がり角へとめがけて片腕を真っすぐに伸ばしては、技を発動させる用意を整えようとする。


「――っ! イタゾッ! ミツケタッ!!」


 読み通り、狙い澄ました先からは、遅れて曲がり込んだエセク達が一斉に姿を見せるや、すぐにアリーの姿に気が付くと、再び細い一本道を真っすぐに突き進もうとした――。


 直後。


「“ שטן לבן《サタン・ラヴァン》 ”ッ!! ― 白い悪魔 ―」


 詠唱の詞が唱えられると同時、構えられたアリーの右手からは空中へと青白い魔法陣が描かれれば、すぐにその魔法陣は辺り一帯に強烈な眩い光を放ち始めるのだった。


「ナ、ナンダッ!?」


 思わず視界が真っ白に襲われたエセクらは、たまらず鋭利に尖った両腕で赤の両眼を覆い、その場に脚を止めてしまうと。


 次の瞬間。


「喰らえッ!!」


「「「――っ!? ギャアァァァァァァァッ!!!!」」」


 光源である魔法陣からはなんと、薄いガラス板のような氷弾が大小さまざま大量に放たれると、勢いそのままに、目を潰されていたエセクらの身体めがけて襲い掛かる。


「ギャァァァッ! ウデェッ! オレノ、アシガァッ……!!」


 次々と空間を切り裂く氷弾に、たちまちエセクらの身体は無数の切り傷を刻まれて、そのたび奴らは断末魔の叫び声を上げると併せ、辺り一面に黒の体液を飛び散らせては。


 アリーの放つ魔技によって、手足は千切れ、引き裂かれ。四肢の全てを氷弾の鋭にもぎ取られたらば首と胴体だけを捻らせて、黒に染まった大理石の上に倒れ伏す。


「ドケッ! ドケッ……! ギャァァァッ!!」


 その場から逃げ出そうにも、左右は分厚い植物の壁によって遮られ、狭い一本道を大量の氷弾が空間を埋めつくすように飛び続ける中を掻い潜るのは極めて難なこと。

 既にバラバラとなり行動不能となった同族たちを、掻き分け奥へと進もうとすれば、それよりも先。アリーによって放たれた氷弾に背中を切り刻まれ、積もる漆黒の肉塊の上に力なくうつ伏してしまう。


 さらには。


「魔技…………」


 混乱しては団子状態となるエセクらに向かい、まだ最初の魔法陣が目の前で消えずに浮かんでいる最中、悶え苦しむ奴らへ追撃の魔法を放たんと、同時詠唱を試みるや。


「…………“ שְׁחִיקָהシェフィカ ”ッ! ― 浸食 ―」


 詠唱を終えたらば、今度は目の前の青白い魔法陣に重なるよう、紫に染まった別の魔法陣が浮かび上がれば。


「ナ、ナンダッ……! カラダガ……動ケ……!」


 紫(し)の魔法陣から放たれる淡い光が、倒れるエセクらの上から降り注がれたその時。


「そのまま氷漬けにでもなっているがいい……!」


 なんと、先ほどエセクらに襲いかかっていた氷弾の残骸が突然液状に溶け出すと、触れるエセクらの身体上に、膜を張るように急速に流動し。

 抵抗できずにただ首と舌を動かして喚き続けるエセクらのバラバラとなった身体をあっという間に覆い尽くせば。


「「「………………」」」


 切り刻まれた躰を再生する猶予も与えらぬまま、氷弾によって倒れ伏していたエセクらはみな、アリーの魔技によってなすすべなく固められ、その場から一切動けず機能停止させられてしまうのだった。


「お前たちが簡単に死なないことも、高密度のマナでしか倒せないことも。こっちは既に織り込み済みなんだよ」


 再び静寂漂う空間へと戻った“創造の間”のなか、モノ言わぬ置物となったエセクらの成れの果てを見つめては、もう懲り懲りといった様子で言葉を吐き捨てるアリー。

 流石の元魔法士部隊部隊長である彼の技術の高さは、務める場所が変われど健在のまま。エセクの情報については以前より、ユスティを通じてレグノ王国から共有していたこともあり、此度の襲撃に遭っても他のエルフ国兵らのように、対処に手こずるなどといったことはあまり少なかった。


「今のうちに、早くリフィータ王女らと、ザフィロを……!」


 だが、いくら彼でもここまで至るまでに数回と、追いかけてくるエセクらを撃退しては逃げ、撃退しては再び逃走を繰り返していけば、蓄積される疲労は確実に増すばかりで。


「はぁ……はぁ……くそっ、あまりこれ以上は、マナの使用も制限しなければっ……」


 体内に内在するマナの残量不足は、それこそ魔法士にとっては多大な死活問題。

 さらには、無限にマナを生産できるオーロとは違い、何ら特殊体質を持たない彼にとって、魔技の使用回数にも限度があり。


 彼自身、技量の高さはあれど、ザフィロほどの高密度のマナを含んだ魔技を放てるわけではなく、先ほどエセクらに放った魔技の効果が切れてしまえば、奴らの身体を覆う膜は徐々に剥がされて……やがて動けるようになった黒液の身体は時間をかけて再生され、再びアリーを探して追いかけてきてしまうのだ。


「それに、なんだ……この空間。やけにマナの濃度が薄い気が……」


 自然と息苦しさを覚える植物の迷路。小路に僅かな風が吹き抜けているとはいえ、額から滲む汗は止まらず、肩で息をし続けるアリーの顔色も、心なしか少しずつ芳しくない様相を醸し出し――。



「はぁ……はぁ…………。ザフィロ……」


 小路に咲く毒々しい花々が。


「どこに、どこにいるのだっ……」


 妖しく光り、揺らめいて。


「どうか、お前だけでも……!」


 彷徨う者をあざ笑うかのように。

 手を惹き奥へと誘い続ける。


 どこか、胸が苦しくなるような。

 掻き立つ薫りに唆され。


 ツェデック・アリー。

 未だ見つからぬ娘の姿を追い求め。



 彼は、再び脚を動かし前へと進もうとする。



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