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115.親の心、娘知らず



『うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!! ママ起きてよぉ!!!! ねぇママァァァァ!!!!』



『ザフィロ……ママは、もう…………』



『いやぁっ!! いやだぁ!! ママやだよぉ!! ザフィロを置いていかないでよぉ!!!!』



『……ファティマ…………すまないっ……』



『ねぇやめてよぉ!! みんなでママを埋めようとしないでよぉっ!! そんなことしたら……ママが……ママが出られなくなるよぉ!! ママが困るよぉ!!』



『……ザフィロ…………ザフィロッ……!!』






『…………ねぇ、パパ……』



『…………あぁ』



『パパ……ザフィロ…………ほら……お花、創ってみたよ……?』



『…………………あぁ』



『ねえ、パパ……げんき、だして…………まえみたいに……えがお……に……なって、ね…………?』



『……………ザフィロ』



『…………パパ?』



『もう、お前は…………魔術なんてものには一切手を出すな』




 ――――――え……?



* * *



「はぁ……はぁ…………よかった……!」



 黒薔薇の怪異、アグゼデュスから繰り出される種々様々な魔術に翻弄された彩楓とザフィロ。

 激しい攻防の最中、アグゼデュスの掌の中へと召喚される小さなオルゴールによる暴風渦へ襲われては、彼女の魔術に巻き込まれないよう急いで近くの本棚へとしがみ付き、幾つもの本や木材の欠片が飛び交う中でなんとか耐え忍ぼうとするも。


「ぜぇ…………はぁ…………」


 ザフィロの小さき手が先に離れ、身軽で小さな躰が宙へと浮かべばいよいよと。

 その身、狂気に笑うアグゼデュスの下まで引っ張られようとした、その時。


「アリーさんっ!!」


 突如、術者であるアグゼデュスの側頭部を眩い光が一閃。

 不意打ちにより、糸が切れた人形のように倒れ伏すアグゼデュスの隣から顕れ、危機に扮する二人を助けたのはツェデック・アリーだった。


「あぁ……! 無事でよかったっ……!!」


 冷たい床の上で静かに横たわるアグゼデュスへ掌を向けては、暫く様子を見ていたアリーだったが、駆け寄る彩楓の声に反応すればすぐ、目の前の彩楓を見ては一息つき、表情少し緩ませて。


「はぁ、はぁ……なん、だ……?」


「――っ! ザフィロッ!!」


 続けざま、彩楓の背後その遠くより。四肢は伸びきった状態で倒れ伏していたザフィロが怠そうな様相でゆっくりと起き上がったとほぼ同時、我が娘の無事を今一度確認したアリーは飛び跳ねるように彼女の下へと急ぐと。


「ザフィロッ!! 大丈夫かっ!? どこか怪我はっ……!」


 胸を押さえて荒れる息を整えようとする彼女の肩を、自分の娘の顔よりも大きな掌で思いきり掴んで揺さぶりながら、そのまま大事そうに抱きしめようとする。


 迫られ、いきなり両肩を掴まれては。


「…………ゲッ!?」


 思わず驚き顔を上げるザフィロだが。


「パパァッ!?」


 目の前にいる者が己の父だと気づくやすぐ、彼女は力づくで父の手を振り払うや大慌て。まずそうな顔をしてはその場から後ずさりし、アリーから距離を取ろうとして。


「あっ、いや、その……なんだ……」


 戦禍巻き込まれたなか、ここに辿り着くまでずっと。

 エセクの軍勢に追われながらも必ず見つけると、必死に、血眼になりながら生命の樹内を奔走し続けてきたアリーであったが。


「い、いいんだ……。お前が無事ならそれでもいいんだ……」


 ようやくまみえたこの瞬間を心から望んでいたのにも関わらず。


 それが、当の娘は対照的に。

 魔族軍との混戦、各所では幾人もの犠牲者が出ているというもの。こうして運よく実の家族と生きて再会できたというのに、喜ぶどころか露骨に近づくなと言わんばかりの仕草を見せ――。


 親の心子知らず、か。

 そんなザフィロが示す態度に言葉を詰まらせるや、アリーは肩を落としてガックリとしてしまい。


「お、おいっ! 危ないところを助けていただいたというのにっ……それに、父親に対してそのような態度はっ……」


 見かねた彩楓も、流石にその反応は酷いものがあると思えば、アリーの傍まで近づいては、それでも離れようとするザフィロの言動を諫めようとする。



 ――――すると



「う、うるさいっ! わざわざ助けられなくとも、わしの魔術でどうとでもなっておったわっ!」


「いやいそんな分かりきったウソをつかないでくださいってっ! 現にザフィロさんさっきはいよいよ本当に危ないところでっ!」


「黙れこの似非魔法士がっ!! キサマこそ、わしの魔術にずっと守られっぱなしであの小娘ごときに何の対応も出来ぬではなかったかっ!!」


「そ、それは私のエレマ体が保有する活動残量がっ……ってそれとこれとは話が別であってっ!!」


 口を挟む彩楓に対し、彼女の態度が気にくわないザフィロ。


「ええい! さっきからごちゃごちゃと……! いい加減にっ……!!」


「そちらこそっ! そもそもこの国に入国してから以来ずっと迷惑ばかりを掛けてっ……! 私も含めて他の方々がどれだけ途方に暮れたことかっ! あなたの御父上であるアリーさんなんて特にっ……! あなたの為にどれだけ尽力なさってきたことかっ……!」


 ギャイギャイギャイギャイと。

 ああ言えばこう言い、またしても。


 お互い譲らず衝突し始めては。


「お、おいっ! 急にどうしたっ……!?」


 両者の間に挟まれ呆れた様相で何事かと、往生するアリーのことなどそっちのけで口論へと転じてしまい――。



 普段、特に天下以外のことであれば、そこまで他人行儀に口を挟む彩楓ではないのだが。


「少しは感謝の言葉くらい贈って差し上げてもよろしいのではっ!?」


 彼女にしては、珍しく。ここまで熱くなってしまう訳としては、元来。

 己の生まれと父親に誇りと尊敬の念を強く持つ彩楓にとって、普段ザフィロが露わにする態度は彼女の性格からすると、どうしても気になってしまう部分があり。


「やかましいやかましいっ!! キサマのような分際がこのわしに向かって生意気に言い分など垂れるでないっ!!!!」


 しかしそんな事情などザフィロが知ったことではなく。

 理不尽に他人から説教を受けていると感じたザフィロは、当然彩楓が放つ言葉など耳障り以外の何物でもないと憤っては、顔を真っ赤にして口角泡を飛ばす。


「ええいっ……! こうなればっ……」


 そうして。


「…………魔技っ」


 我慢ならなくなったザフィロはなんと、彩楓の口を封じようと掌を翳し始めた。



 その時。



「――っ!! バカたれがっ!!!!!!」


「ぴぎゃっ!?」


 何時ぞやの、レグノ王国での軍会議中の際にもあった出来事と同様に。


「こらァっ!!!! お前ひと様に向かって魔術を撃とうなどなんてことしだすんだっ!!!!」


 怒号鳴り響くと同時、ザフィロの頭上に一際大きな拳が振り下ろされては。


「~~~~~~~~っ!!!!」


 脳天その髄奥深く。

 彩楓の耳にまで届いた鈍い音は、ザフィロに途轍もない痛みを与えるや、受けたザフィロは溜まらずその場に膝から崩れ落ちて。

 声にならない悲鳴を上げては唇を噛み締めながら、涙目となって頭上を両手で抑えるのであった。


「はぁ……はぁ……。左雲殿、大変申し訳ないことをっ! またうちの娘がとんでもない粗相をしでかそうとしてしまいっ……!」


 己の拳一つでこの場を沈着させたアリーは地べたに包まる娘を一瞥するやすぐ、目の前で呆ける彩楓に頭を下げ謝罪の意を示すや。


「ぇ…………あ。い、いえ……こちら、こそ…………大変見苦しいところを……失礼いたしました……」


 あまりの剣幕に気圧された彩楓も思わず片言となれば、こちらも冷めるやすぐにアリーに向かって低頭となり、改まって礼に重んじる。



 争い収まり、少々気まずい空気が流れたのち――。



「…………ふぅ。まったく……お前というヤツは」


「うぅぅ…………」


 未だ顔も上げれずに蹲ったままのザフィロを、無理やり肩へと担いだアリー。


「いやはや…………ところでだ」


 なされるがままに纏うローブごと持ち上げられては分厚い肩の上でダラリと伸びきる娘の姿を、やれやれといった様子で一瞥し、短くため息を吐けば。


「“アレ”についてだが……」


 途端に表情険しくなれば、目の前に立つ彩楓を見るやすぐ、流れるようその奥へと視線を送るや。


 その先には。


「一体、何者だったんだ……?」


 先ほど、アリーの急襲によって側頭部を打ち抜かれては、力なく倒れる黒薔薇の少女が独り。今もなお、冷たき床へとその身静かに横たわる姿があった。


「そ、それが……私たちにもさっぱりでして……」


 アリーの視線に釣られて後ろを振り返る彩楓も、彼によって倒されたアグゼデュスの姿を見下ろしては、彼女の側頭部から流れる黒い血へと目をやれば。


 もうこれ以上、立ち上がることも動くこともないだろうか、と。

 疑心暗鬼になりながら、少しずつとアグゼデュスの身へと近づいては、本当に息の根が止まったかどうかを確認する。


「ここへ来る直前、とんでもない気配を感じてだな。魔族の奴らが現れたかと思って、急いで駆けつけてみたら……まさかこんな小さな子が……」


「あの時は本当に助かりました……。私も一時はどうなることかと」


「いやはや、あまりの事態だったものだから、こちらも迷わず横から魔術を撃ちこんだのだが……しかし、こうしてじっくりと見てみるや、どうにも魔物や魔族のようには……」


「いえ、お気になさらず……。いまはこのような姿ですが、アリーさんがいらっしゃる前はもっと、怪物のような姿でしたので……」


 闘い終え、ようやく落ち着いた頃合いにて。


 彩楓とアリーの二者は揃ってアグゼデュスの様相をまじまじとみては。その可憐な恰好や憐憫な顔付きからは、先ほどまでの狂気さが一切に感じられないことに両者戸惑いを隠せずして。

 彼らの視界に映る黒薔薇の怪異は。それこそ、等身大のお人形として精巧に造られたような、本当に誰かへと襲い掛かるような存在には到底思えない、幼気いたいけな様相そのものだと。


 娘を窮地から助けるべく、惑うことなく確殺の手段を取ったアリーであったわけだが。改めて見返せば、彼の知る魔族、あるいは魔物というイメージからは遠くかけ離れたアグゼデュスの纏う雰囲気に、心は否応なしに当てられてしまい――。


 しばらくしては、続けざま。


 アグゼデュスを観察したのち、どこか憂いを含んだ言葉を口にするアリーに対し、フォローを入れる彩楓は同時に、ここまでの経緯について詳しく話をし始めるのであった。



「そういえばアリーさん、いま外の様子などどうなっているかは……」


「……すまない。こちらも把握しては…………」


「そう、ですか……」


「天の加護が破られたことは本当に想定外のこと……。リフィータ王女やマルカ殿、それに……他の皆も、今頃どこにいるのか、無事なのかさえもまったく…………」


 お互いに、持っている情報や異変についての見解などを交えながら、今一度。自分たちが置かれている状況を整理しつつ、今後どうしていくかなども含め、いろいろと画策していく。


「何はともあれ、こうして合流できたことは運が…………ん?」


 そうして、いざこの書庫室から出ようと出口を探し始めた。



 ――その時だった



「なんだ……? 空間が……」


 突然、彩楓たちがいる書庫室内全体に、小さな揺れが生じ始めれば。


「――っ! まさかっ……!!」


 見えない天井からハラハラと落ちてくる埃を見ては何かに勘付いた彩楓が、アリーとザフィロを置いてやその場から駆け出し、横たわるアグゼデュスの躰を横切り書庫室の奥へと進んでいけば。


「………………アリーさんっ! アリーさんっ!!」


 そう経たないうちに、再び奥から戻ってきた彩楓は。


「大変ですっ!! いま、奥からこっちへ向かって、本棚どころかこの部屋自体が崩れ落ちようとしてますっ!!」


「なんだってっ!?」


 息を切らしながら、慌てた様相でアリーへ向かって大声で叫びながら、事態の危機を知らせようとする。


「急ぐんだっ!! 走れっ!!!!」


「はいっ!!!!」


 彩楓からの報告を聞くや、アリーも血相を変えては彩楓が来た方向とは反対側へと振り返り。


「まずいっ!! 巻き込まれるぞっ!!」


 その瞬間、彩楓の背後からは轟音とともに、両側の壁面や大量の本棚が次々と崩れ落ちていき。


「「うおわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」


 彩楓とアリー、そして担がれるザフィロの三人が逃走を図るなか。


 叡智の宝物庫はあっという間に、潰され闇の中へと消え去っていくのであった。



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