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第九十三話 『慌てすぎのサンタクロース』その9

「嬢ちゃんは聞いてたかい?」

 敢えてなのかじいさんが話しを振ってくるので、わたしは内心「エー」と思いながら話しを合わせる。

「あー……まさか無事連絡取れてたとは聞いてなかったな!」

 何これ。という気持ちを込めてローエンに軽い憤りを向けておくが、ローエンはどこ吹く風だ。

「忙しそうだったからね」

 早見父はその一言に目を丸くした。

「喋ってる……」

「さっきも喋ったじゃないか」

 ローエンがぽそりと指摘すると、早見父は恥ずかしそうに頭を掻く。

 さっきは気が動転していて、猫が喋ることも気になっていなかっただけみたいだ。

 そんな締まらない空気の中、じいさんがすぐに帰ると言うので、わたしも便乗して帰ることにする。飲み物くらい出すと言われたけど、流石に日付越え目前だ。言葉に甘える気にはならない。クリスマスは家族か家族候補と過ごす方がいいと思うし。

 じいさんが早見家の玄関のドアを開けると、丁度月明かりの下に、白い雪が舞い落ち始めていた。



 見送りに出た早見父も引っ込んで少し。住宅街の外へ向かう緩い下り坂の途中で、わたしは、まずどこから話そうか迷う。

 わたしが切り出すまで、じいさんもローエンも待っている感じがするから、猶予がある分余計に。

 しんしんと降る雪を素手で受け止めて、わたしは決めた。最初は、

「サンタクロースって実在したのかよ」

 言いながら、サンタのじいさんと自分の使い魔と目を合わせる。特に使い魔の方。

「わたしいないつもりであの子に信じてもらおうって行動していたのに、ローエンが――うちの使い魔が突っ込まないから、てっきりいないものかと思ってたっ」

 わかりやすく拗ねて空気を蹴っ飛ばすように歩くわたしの横で、白い髭に白い髪のサンタのじいさんは優しく目を細める。

「なぁに、ほとんどいないようなものだ。少なくとも、老人一人で全世界を駆け回っているサンタクロースっていうのは、随分前から嘘のお話だよ」

 次にローエンはちょっと呆れた感じに目を細める。同じ『目の細め』でもこの差は如何に。

「私は別に実在するか聞かれなかったしね。それに、あの子に話していたのは聞いただろう、あいつが箒を飲酒運転して叱られて、サンタのソリに乗せられて危うく連れて帰られそうになったって……」

「うん……ん? あれ実話⁉︎」

 夜中の往来で思わず声を高くしたわたしが慌てて手を押さえると、サンタのじいさんはそれも鷹揚に笑い飛ばす。

「まだ日本でもソリが飛んでた頃の話か。懐かしいわな。今はサンタクロースは人数も力も減って、たまたま縁があった子に少しの奇跡を使うのがやっとだからね」

「……そうか」

 子供の夢そのものである人の実在性を知ったばかりなのに寂しい現状を聞かされて、わたしは浮き立った気持ちが若干凹むのを感じる。

 もしもサンタクロースが人の願いから生まれたのだとすれば、願ったり信じたりされなくなれば弱っていくのも道理だろうけど。

「皆が信じなくなったってこともあるがね、必要とされること自体が、少しずつ減ってきたってことでもある。奇跡以外のものに幸福を探すようになってきた。それでも見つけていくことはできる。人々はゆっくり変わっていく」

 ゆっくりとした口調で諭されて、わたしはまだちょい凹みしながらも傾きそうになっていた機嫌が戻る感じを覚える。

 じいさんが持つサンタさんオーラみたいなものが、子供である早見妹やまだ未成年のわたしを落ち着かせて、早見夫婦にも心を開かせているのだろう。魔力とは少し違うけど、何かの力にふんわり影響されているのを感じる。

 神様んちで知らん間に寝かしつけられたときもだけど、無害かどうかとか以前にこしきゆかしき強大な力には逆らう気も起きない。勝てるわけがないし。

「今回は、縁ができてたお陰であの子の状況が感じ取れてね。ブリーダーの子には無理を言ってしまったが、なんとかなってよかったよ」

「そ……っか」

 自分のおかげみたいな言い回しに、わたしはちょっと照れて口を曲げる。

「ありがとう」

 皆まで言われてしまった。

「い、いいよ全然だしっ。そもそもわたしがローエンにお願いごと聞き出させたのに詰めが甘かったから、迷惑掛けちゃったし」

 寒さにかこつけて、わたしは凍りつきそうな洟をすする。

 そのとき、丁度坂が終わって、住宅街の出入り口に辿り着いた。ここからは道も分かれる。

 わたしたちは自然と立ち止まった。

 サンタのじいさんはしわくちゃの手で、わたしの頭を帽子の上からぽんぽんと撫でる。

「嬢ちゃんは『良い子』だ。かなりの『悪い子』でもあるがね」

 えーどこが悪い子だよーとはわたしも言わない。

「サボりすぎだもんね」

 敢えて歯を見せるわたしに、サンタのじいさんは首を振る。

「それもあるがね、箒はサーフボードじゃないんだよ」

 ありゃりゃ、お見通し。わたしは気まずく苦笑するしかない。どこまで見通されてんだろ……サンタの力って大別すると魔法だけど魔女よりずっとファンタジーだしかなり未知数だ。

 そのやりとりの下、ローエンがわたしのブーツに前足を乗せながら言う。

「それより、サンタじいさんは今日何で帰るんだい」

 仕種からローエンが凍え始めていることに気づいて、わたしは白い雪にまとわりつかれた黒い毛玉ことローエンを抱き上げる。暖めてやらないと。

 ああ、でも凍えるって、他人事じゃない。わたしもまた帰り箒の運転があるのだ。

 そう覚悟したわたしに、サンタのじいさんは言う。

「車がある。送って行こうか? まあ今夜は良い子だったから、嬢ちゃんへのプレゼントだ」

「やった〜!」

 わたしはお言葉に甘えて、サンタカーで家に帰った。

 ちなみに、住宅街入り口から徒歩で来たのは、早見妹を幻滅させないためだったらしい。

 わたしは楽しい話しを聞かせてもらえる後部座席で、魔女の予定帖にまたひとつ『済』の印を入れた。

 そのとき丁度、日付が変わる。

 クリスマスがやってきた。

 泣いていた早見妹が思い込んでいたほど慌てすぎじゃなかったけど、今年のサンタのじいさんは、わたしにも早見妹にも、多分早見少年にも、クリスマス前にプレゼントをくれてしまったらしい。

 わたしのサンタ働きも、もう店仕舞いだ。


 初めて自分で受けた依頼は、ある意味『最初の一歩らしく』、自分がまだまだ助けてもらってやっていくということを自覚させるものだった。

 きっと、これから長い間魔女を続けることになったとしても、わたしは誰かを助けるだけじゃなくて、誰かに助けられながらやっていくのだろう。きっと。たぶん。



 後日。

 早見少年から、妹が描いたという絵の画像が届いた。

「ありゃ、大人たちにバレそう…………まあ、バレてもいいのか」

 絵には早見家らしき家族とウィッチハットの女の子と黒猫、それから、白い犬を差し出す、赤い服を着たサンタのじいさんの姿が描かれていた。

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