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第九十四話 『怪談たちのお引っ越し』その1

『学校の怪談たちのお引っ越し作業を手伝う』

 魔女が遺した予定帖を開くと、なんか無駄に楽しげかつ「すぐ取り掛からなきゃだめだったんじゃない?」って感じの内容が書いてあった。

 わたしも慣れたもので、魔女の隠れ家にある机の椅子を足で引いてどかりと腰を下ろす。

 冬の盛りでもこのファンタジック空間の窓辺は日差しが暖かい。

「まあ、今回も頑張るかぁ……」

 しかし、今日やる気は一切ない。

 窓辺で日向ぼっこ中の我が使い魔も喋るのをめんどくさがってニャアとしか言わない。

 だって、正月だし。

 正月くらい、家(ここは秘密基地みたいなもんだけど)でのんびりしておくべきだ。

 まあ、正月が終わるのを待つと冬休みは残り四日になっちゃうんだけど。

 一応残り少ないっちゃ少ないという現実が視界に入ったわたしは、閉じかけた魔女の予定帖を開いてそのページをしっかりと見ておくことにする。

 今日は見るだけ。



 予定の内容を確かめてから数日後、わたしはその田舎のような田舎じゃないような町に降り立っていた。

 といっても、わたしの家の隣の隣の隣の学区だから、箒を足にできればそんなに遠い場所じゃないんだけど。

 でも、寒かった。ずっと魔女の隠れ家か家のこたつか布団に入っていたかったのに。

 だって、箒移動ときたら基本的にずっと吹きっさらしなのだ。

 冬が本格化する前に先輩魔女に冬の対策について聞いてもみたのだが、無慈悲な返答しか得られなかった。

 曰く、『ああー、うーん、寒さを紛らわせる系の魔法はちょこちょこあるけど、あたしはもう車にしちゃったな』。

 一応わたしだって保温とか風対策とかくらいの魔法は覚えたけど、それだって完璧じゃなかった。車にはボロ負けなのだ。

 わたしは地面に着いた足をひょこひょこ動かして血流を改善させると、ふぅーと息をつく。地上、なんぼかあったかい。

 それはさておき学校である。

「ほんとにある、旧校舎……」

 わたしはフェンス越しに小学校の敷地を覗いて、思わず呟いた。

 旧校舎と呼ばれる存在があるのは知っていた。学校の――それこそ学校の怪談を題材にした古い映画やアニメ、あと普通に言葉で語られる怪談なんかじゃ定番の存在だからだ。

 でも、実物を見るのは初めてだ。わたしが今日まで通ってきた学校の中でも確か小学校は建て替えの経緯があったらしいんだけど、わたしが入学する頃には旧校舎なんて影も形もなかったし。

 ということで、初めての存在をしげしげと眺めながら、わたしは学校の敷地をぐるっと歩いて校門を探す。

 昔の映画に出てくる旧校舎のように全部木造とまではいかないけど、明らかに古びたこぢんまりした校舎だ。今わたしが歩いている場所から見て、体育館と思しき建物の手前にある。奥に比較的新しくて大きな建物がある。あれが新校舎、というか、今使っている普通の校舎だろう。

 わたしは道路脇で立ち止まって、魔女の予定帖の中身をもう一度確かめる。

『旧校舎に住んでる怪談の幽霊たちの中に、とり憑き先の変更とか、物を運ぶとかの手伝いをしないと引っ越せない子たちが結構いるみたい。でもまだ心の準備やら何やら終わってない子たちが多いみたいだし、しばらく置いとくかな。まあ半年くらい置いとくかな。』

 日記調の記載だ。

 読み返しながら、相変わらずわたしは確信している。ぜったい放置期間半年どころじゃないだろ。

 ……あと、わたしが魔女から予定帖を引き継いでからも、もう半年くらい。待たせているとしたら、わたしのせいで遅れてるんでもあるということだ。


 また進むのを再開して一つ角を曲がって少し歩くと、小学校の名前が刻まれた正門に行きついた。

 わたしは、ウィッチハットがしっかり頭に乗っているのを確認する。箒とウィッチハットさえ揃っていれば、身分の説明がちょっと省ける。

 学校の様子を見る限り、冬休みだけど完全閉鎖されている感じではない。正門の前にはワゴン車が止まっているし、体育館から物音もするし、クラブ活動をしている子たちがいるみたいだ。

 でも、門は閉まっている。

「箒で飛び越えるかい?」

 足元を無言でてちてちついてきていたローエンに言われて、わたしは首を振る。

 無計画すぎてド田舎の中学校にこそっと入っていた前科があるわたしだけど、今回はまず先生にも確認しないと。

 これからちょっとずつでもコンプラに寄り添わないと! ……と、いう意識も育てていかなきゃいけないのだろうけど、そういった意識で行動を変える境地にはまだちょっと至っていない。言われたら「ごめんなさーい」ってなるけど、どうしてもなんか学校って『学校』だと思ってしまうから、配慮という発想が出づらいのだ。

 じゃあ、どうして今回は先生に確認する気満々かというと、魔女の予定帖に書いてあったのだ。

『校長先生からもお願いされちゃったし、物を勝手に動かしたりする必要があるから、やるときは生きてる人たちがいる職員室に行くの忘れないようにしなきゃ。』と。

 そこまで思い出して、思う。

 職員室に寄るの忘れる可能性、あったんだ、あの人。二百歳越えで学生時代いつだよって感じなのに。

 そんな常識からふんわり浮いて生きていた魔女のことを思い出しつつどうしようか迷っていると、門の向こう側から、大人が近づいてきた。

「や、魔女さんとは珍しい。こんにちは。どうしましたか?」

 門越しに声を掛けてきたのは、ウィンドブレーカーを来た中年の男だ。日焼けして角刈りで元気そう。見た目からの偏見でモノを言えば、体育教師っぽい。

「あ、こんちは。旧校舎の幽霊たちのことで、引っ越しを手伝うって話を放置していた魔女の代理で来た……ん、だけど……」

 わたしは、説明しながら失速する。

 体育教師っぽい男が、露骨に顔色を悪くし始めたからだ。

「だ、大丈夫?」

 思わずウィッチハットのつばを上げて顔色を確かめる。うん、やっぱり気のせいじゃなく真っ青になっている。

「ああ、神様!」

 男がなんか嘆き出した。

「なんか怖いね」

 ローエンがわたしに向けてぽそりと言う。

 すると、男はびょんと十センチくらい飛び上がった。

「ねこがしゃべった!」

 見た感じ、単純な驚きの感情で飛び上がったという風ではない。

「……もしかして、あんた、オカルト全般ダメな人?」

 魔女であるわたしには別に怯えなかったくせに、男は、喋る猫であるローエンにビビり散らしていた。

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