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第九十五話 『怪談たちのお引っ越し』その2

「カラスだったら卒倒するところでした……」

 校長室で出されたお茶の湯気の向こうで、体育教師っぽい校長が項垂れている。

 そう、若く見えるけど……というか実際結構若いのかもしれないしわからんけども、体育教師っぽいと思ったら校長先生だったのだ。話短そうなのに(ド偏見)。

 とりあえず「マアマア」と大人のようなてきとうさで返しつつお茶を頂く。温かい。

 わたしは一応ソファで姿勢を正して座っているけど、喋ると驚かれがち(だいたい半分くらいの人がめっちゃ驚く)なローエンは、彼の大きすぎるリアクションにすっかり冷めており、ふてぶてしい態度でわたしの隣に寝そべっていた。

「魔女さんが言う通り、私はオカルト全般てんでだめでね……」

「そう。……魔女は平気なんだな?」

 わたしが膝に置いてるウィッチハットを手に取って向けると、校長は苦笑する。

「子供のとき会ったことがあってね。それで話したりなんだりしえ、なんとなくまあ、そんなに人と変わらないなあって実感がある。だから、魔女さんは平気なんだ。おばけこわいを植え付けたのもその魔女だったけどね」

 笑い話にしようとしても口元が引き攣っている。イタズラ好きの同業が悪いことをしてしまった。でも魔女ってそういう奴多い気がするし、わたしも魔法が使える魔女というポジションを続けたらいたずらが楽しくなってくるかもしれない。性格が悪くなるとまで言わないけど――できることと社会のポジションが変わるというのは、そういうものなんだろうなと、漠然と思っている。確固としているつもりの自己だって、社会との相互的な影響を免れないのだ。

 どうでもいい思案をするわたしの前で校長は頭を掻いて、ちょっと間を作ってから続ける。

「それで、旧校舎のお化けたちの引っ越しだったね。前の校長から引き継ぎはされてるよ。まさかこんなに早く来ると思ってなかったんだけどね」

 遅いと怒られることこそあれ、早いと言われることはないだろうと思っていたわたしは、目を見張る。

「え、そんなにすぐだった? 悪い、わたしも引き継ぎだから時期のことよくわかってなくて……」

 すると校長も首を傾げる。

「いやあ……そんなすぐってほどではなかったはずさ。私が赴任してきて次で四年目だから、まあ最低でもそれくらいは」

「…………」

 わたしは内心、お化けたちに怒られる可能性あるなと思った。半年くらいって魔女は書いていたし、目安の話してたらほぼ怒られは発生するだろう。けど、オカルトだめな校長の前でそれを口に出すほど空気読まなくもない。

 が、うちの猫はたまに空気を読むことを放棄しやがる。

「怒ってるかもね」

「ヒッ、そうなんですか!?」

 校長がビビり倒して敬語になる。

「こら」

 わたしはローエンの胴にちょっと強めのチョップを入れた。性格悪いぞ、お前の場合多分、元々だけど。



 校長と少し話したあと、わたしはローエンだけ連れて旧校舎にやってきた。

 魔女との約束があるとはいえ鍵も預かるし、本来なら校長か他の教員、あるいは用務員なんかがついてきた方が理想、とは言われた。でもあの調子の校長には無理だし、今日は他の教員はクラブ活動にちゃんとついててやらなきゃならない先生しか来てないし用務員も丁度いないということで、わたしは大事な鍵を預かってしまったのだった。

 旧校舎の入り口は、長い鎖と南京錠で閉じられている。旧校舎でおばけがいて……っていうと鎖も南京錠も錆びついたものをイメージするけど、それらは意外とキレイだ。若干古さは感じるけど、人の手が入っている感じはある。多分、本当に古びてどうしようもなくなればきちんと取り替えられるのだろう。

 ガラス窓も、二階以上はどうなっているかわからないが、一階は割れやヒビも特に見当たらない。多分窓自体の鍵もしっかり閉められているだろう。開いていたら、怪談や噂や大人の目を盗んだ遊びが好きな子供たちがワラワラ忍び込んでしまう。そういうシチュエーションの場所だから。

 ちなみに、旧校舎は別に老朽化で侵入禁止というわけではない。単に大人の目が届かなすぎるからダメってことらしい。まあ、老朽化が理由だったらわたし一人で入れてくれるわけがないし。だから、入ってみて物理的に困ることは、ない。……ない予定だ。

 わたしはちょっと一呼吸置いてから旧校舎に入りたくて、南京錠に鍵を差し込む前に、一旦魔女の予定帖を開く。

 魔女が請け負った依頼の相手は『七不思議』たちだ。

 彼らは七不思議として大きく扱われたからこそ、とり憑き先の変更とか、物を運ぶとかの手伝いをしないと引っ越せない奴が多いみたいなのだ。そのまま移動できる奴もいるみたいだけど、仲間と一塊で移動する予定らしいから、わたしから声を掛けることになるのは、七不思議全員になるだろう。

 わたしが会いに行く七不思議たちは、全部で六体。

 最初に予定帖で見たときに疑問に思ってローエンに聞いてみたけど、それで合っているとだけ言われた。

 七なのに? という疑問でスマホでぽちぽち検索してみたら、そもそも『学校の七不思議』ってものはいい加減で、八つ以上あったり、逆に六つに留まっていたりすることもざららしい。

 勢い余って多いのはともかく、少ないとしょぼくないか? とも思ったけど、そういう場合の七つ目はワイルドカード的なものだという。

 『知ってしまったら何かが起こる』とか『六つ全部と出会うと起こる恐ろしいできごと』とか、そういう類型。

 だから、この学校でもお引っ越しには含まれない、ということだ。

 ちなみにこの学校では『誰も知らないんだって。知ったら怖すぎておかしくなっちゃうんだよ』が七つ目のオチらしい。想像力豊かな子ほど怯えることができる仕様の怪談。まあみんなそれなりに好きなやつ。わたしも小学生時代に読んでいた少女漫画雑誌で夏の付録になっていたホラー特集だったらそういうオチが一番好きだった。

「お前まで怖気付おじけづいたんじゃないだろうね」

 ローエンに下から言われて、わたしはパタンと予定帖を閉じる。

「おさらいしてただけだよ」

 ちょっと図星な面もあったけど、今のわたしは怪談を愉しむ気持ちをおさらいしていたので、嘘じゃない。

 わたしは視線を下げずにぷいっとしたまま、南京錠に手を掛けた。

 錠も、それなりに長い鎖も、するすると簡単に取れていった。

 ギィィと音を立てて、古い玄関に通じる扉が開く。

 わたしの背後から差し込む光が、薄暗い校舎内で舞った埃をキラキラと輝かせた。

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