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第九十六話 『怪談たちのお引っ越し』その3

 コンコンコン。

「はーなこさん」

 旧校舎に入ったわたしが早速来たのは、日当たりの悪い一階の女子トイレ。

 わたしは、右から三番目の個室をノックして声を掛ける。

 右から三番目って言い方今あんましないからどこからどう数えてかわからんかったけど、このトイレの場合扉入ると右に個室が並んでるから、つまり手前から三つ目ってことで合ってた。

 一番奥の扉だ。

「はーなこさん…………お引っ越しサービスでーす」

 ちょっと考えてわたしがボケると、

「そこは遊びましょでしょ!」

 中から、日曜日にやってるアニメの子みたいな白シャツに赤い吊りスカートの女の子が、扉をすり抜けて勢いよく飛び出してきた。

 見た目はやっぱり、小学生くらい。おかっぱ頭かと思いきや三つ編みで、大きい目に大きいレンズの眼鏡を掛けている。

「わ!」

 などと冷静に観察しているものの、急に出てくるから普通にびっくりしている。

 数歩後ずさって壁に帽子のつばがぶち当たって傾き、視界が帽子の黒色に染まる。ついでに箒の柄を壁にぶつけて、カンといういい音を立てさせた。

「いでで」

 嘘である。全然痛くない。なんで持ってるものや身につけているものをぶつけると「いたっ」と言ってしまうんだろうか。特にいい音すると言いがち。

 わたしは帽子を被り直しながら、目の前に仁王立ちする女の子と改めて顔を合わせる。

「どうも。引っ越し頼まれてた魔女、の、代わりの魔女、デス」

 口調に迷いながら挨拶すると、花子さんは組んでいた腕を下ろして、目を丸くした。

「ああ! 引っ越しね。忘れてたわ」

 見た目にも属性にも反してさばさばした口調と仕草の花子さん。

 別に移動しようと思えばすぐにでも新校舎に行ける彼女は、面倒見の良さからこっちに留まっているということらしかった。

 そして、今回の引っ越しで七不思議たちの元に顔を出すわたしにも付き合ってくれるという。

「知らない大人の間を回る新人についててやらないなんて、私の沽券に関わるからね」

「ね、姐さん……!」

 ノリに紛れて姐さん呼びし始めても気にせず受け入れる。

「何とでも呼びな」

「やったー」

 わたしたちは自然と花子ねえさんを先頭にして、たまにぎしっと音を立てる廊下を歩き始めた。

「でも、魔女のやつまさか幽霊も残さず消滅とはね。あいつなら愉快な怪談にもなれただろうに。ま、気骨あるいい消え方だと思うけど」

 まずはあそこだと段取りを決めて階段に向かって歩く姐さんは、そこまで言って歩調を緩めると隣を歩くローエンの背中を撫でる。

「お前も素質あるよ」

「結構だよ」

「そ」

 勧誘だ。でも断る方も断られる方もこざっぱりしている。

 幽霊。それは死んだやつは大抵一旦なるやつ。

 幽霊の後は地球上の水という水が循環しているように世界にそのものに戻るのが常だけど、戻り方には個人差とか個体差とかいったものがある。それは幽霊としてこの世にしがみつく才能の有無ということでもあるし、精神に関連することでもある。

 たとえば『四十九日で浄土へ行く』という信仰を持っている人が死んでみて『浄土って自然に還ることかあ』と納得していたら、四十九日過ぎくらいに気持ちいいくらいすっと世界に戻るらしい。

 でも、怪談かぁ。

「はい、質問。ただの幽霊と怪談って何か違うの?」

 わたしが軽く挙手して尋ねると、階段に足を掛けた姐さんが一瞬立ち止まってわたしの方を見る。それから顎を引いて、話しながらゆっくり階段を上り始める。

「まあ……大きく言えば、この世へのしがみつきやすさが違うね。いや、むしろ怪談にもなればしがみつく必要性すらなくなる。皆が語り、思い浮かべる私たちの形が、そのまま楔になるからね」

「ふぅん」

 多分色々細かいとこ端折ってるんだろうけど、めちゃくちゃ端的でわかりやすい。トイレの花子さんというのは生徒のイメージが強いけど、姐さんは先生に向いている気がする。

 花子さんは途中でちょっと立ち止まって、またしっかりわたしに体を向けて言う。

「私なんかは『この学校の花子さん』でしかないけど、全国全世界の花子さんのイメージにも支えられてるよ。まあ、『この学校の』ってつく想像力以外は微々たる力の集まりだから、そろそろ旧校舎に出る花子さんから生活圏にいる花子さんになっておくのがいいね」

 語り終えた姐さんと、わたしとローエンは、またあとわずかな階段を登り始める。そうして、二階に辿り着いた。

「……目指してたのって、ここ?」

 わたしが階段を目で追いながら聞くと、花子さんはふぅんと息を吐いて、腕組みしながら顎に手を当てる。

「寝てる気がするねえ。はる來、一旦踊り場まで降りて、数えながら登ってみな」

「はぁい」

 親の言うことをよく聞く子供のような返事をして、わたしは階段を駆け降りる。一応数も数えておくけど、まあよくある普通の十二階段だった。

 でも、怪談としての力があるならば、今から起こす行動で変わるはずだ。

 学校の七不思議にある階段の話といえば、『数えながら上るときだけ段数が増える階段』だ。大抵は十二段から十三段に変化して、不吉とされる。学校によってはロープが出現してそのまま首を吊られてしまう。うちの小学校の噂がそうだった。なんでも戦後の処刑台……だっけ、なんかそんなやつ、の階段が十三だからって。

「いーち」

 わたしは、数えながら階段を上る。目を閉じて。

「にーい、さーん、よーん……」

 この学校の七不思議だと、階段の怪談の攻撃性はそんなでもない。ただ段数が増えるだけだ。

 怪談として成立させるエピソードも、『怪談を数えながら上る癖がある生徒がふざけて目を閉じたままダッシュで上ったところ、最後の一段に虚を突かれて怪談から落ちて大怪我をした』『それを知って慎重に数えながら上った生徒は、数えるのをやめるまで階段が増え続け、二十段辺りで怖くなって逃げた』というもの。子供の噂といえば豪快な人死にが特徴だと思うんだが、死亡者すら出ていないのだ。

「はーち、きゅーう、じゅーう……」

 やりながら、わたしはちょっとドキドキしてくる。

 花子姐さんは人の形。そりゃそうだ、女の子の幽霊だもの。

 でも、階段の怪談は?

 引っ越しの話をする相手は、どんな姿で出てくるのだろうか。

「じゅうにー、じゅうさーん」

 わたしは、さっきまでなかった十三段目に立って、わたしは足を止める。

 そして、ゆっくりと目を開けた。

「おねえちゃんだ」

「チュウコウセイがしょうがっこーきてはずかしくないの?」

 目の前には、一目で双子とわかる子供が二人、ぱちくりした目で見上げてきていた。小学校に入りたてくらいの幼さ。何故かそれぞれペンギンの着ぐるみを着ている。

「しかも、かいだんかぞえてたよ。ななふしぎためすんだ」

「そういうのってしょうがっこうまでだよね」

 しっ、

「失礼なガキだなあ!」

 わたしは、思うだけで終わりそうだったことを口に出した。

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