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第九十七話 『怪談たちのお引っ越し』その4

 わたしの発言を受けて、双子(仮)は一瞬固まった。

「わ」

 同時に同じ、ぽかんとした口になる。

 まんまるおめめの顔立ちはそっくりだし、着ぐるみパジャマのような服も全く同じコウテイペンギン、明るく短いかみの分け目だけ左右で違う。性別も見た感じどっちも男の子だろう。

 そんなツインズが、一拍置いたすぐあとには、堰を切ったように騒ぎ出す。

「みえてる!」

「みえるひとだ!」

 声うるさ。

 確かに、普通の人間にも見えるほどの『姿を見せる』をしれっとやってのけてる姐さんと違ってこいつらは姿を表す気概すら見受けられない。でも、こちとら魔女だ。魔力があるやつが見ようとしてれば、『隠れていない』程度でも幽霊は見える。何かして魔法を使うまでもない。

「このチビ共が十三階段? 思ったより人の形だけど」

 わたしはチビ共を無視して、顔を上げて問う。すると姐さんは仁王立ちしたまままっすぐに頷く。

「うん。こいつらだよ。最初は現象でしかなくて、姿も言葉も持っていなかったんだけど、生徒がこの着ぐるみみたいなのを着たキャタクターのシールを貼っつけてね。気に入ったんだろう、ある日見に来てみたらこうなってたってわけさ」

「変な存在だねえ」

 ローエンに同感。変すぎる。

「ぼうしだー。とんがってるー」

「ぼうしかして! ぼうしかして!」

 頭上で繰り広げられるやりとりを無視して騒いでいるチビ共が、ジャンプしながらわたしの帽子に手を伸ばす。

「やだ」

 わたしは、ぶつかられるのを避けてから、べーっと舌を出した。



 十三階段たちに対しては、一旦顔出しだけで終わった。何故ならあいつら遊んでもらうことばっかりで引っ越しの話をまともにさせてくれないからだ。

「おひっこしー。ぞうさんがすきー」

「まじめなありさんがいいー」

 というそれぞれの発言が、引っ越しについての話題に一番乗ってくれた瞬間だった。それ以外は……察してほしい。

 わたしが言っても勿論だめだし、ローエンも尻尾を掴まれそうになるし、姐さんなら黙らせることは可能だけど、黙らせたところで、具体的な打ち合わせの話を進めようとするとまたわたしに構って貰おうと騒ぎ出してしまうのだった。

「魔女のときはどうだったの? 予定帖には何も書いてなかったんだけど」

 ぐったりと階段を降りるわたしが訊ねると、姐さんは肩を竦めた。

「あいつのときはまだああじゃなくてただの概念だったからね……憑りつけ替え、だっけ? そんな感じの魔法で何かするとかは言ってたかな。それだけさ」

「なるほど……」

 どうりで。あの騒がしいのがいなかったなら、憑りつけ替えの魔法のアレンジの仕方だけ走り書きだけで終わってたのも納得だ。

「ちょっと休む?」

 姐さんは立ち止まり、手すりに腕を乗せると相好を崩す。なんというか、社会人経験はないけど『会社のかっこいい先輩』って感じだ。缶コーヒーの一つでも奢られたら残業でも何でも付き合ってしまいそう。コーヒー飲まないけど。

 でも、できるだけ話は進めないと。

「甘やかさなくていいよ」

 わたしが答える前にローエンが答える。

「オイ、それくらい自分で言うぞ」

 わたしはしっかりむくれて見せる。不満はしっかり伝えないといけない。

 そんなわたしを見て、姐さんは手すりに凭れたまま豪快に笑った。

「あっはっは、そうだね。次に行こうか」



 次にわたしたちが向かったのは図書室だった。

 この学校に二宮金次郎像の怪談はないのだが、この時間には図書室に篭って読書をしている奴がいるらしい。

「ああ、奴か……会いたくないねぇ……」

 扉を開ける直前にローエンがこぼして、姐さんは苦笑する。

 ……わたしの知らん話が繰り広げられている。ちょっと面白くないが、怪談に会ってみれば氷解するかもしれないので、一旦飲み込んでおく。

「客だよ」

 姐さんが言いながらガララと扉を開けると、カーテンがない分やたらと明るい図書室が現れる。テーブルや椅子はフルで揃ってるっぽい感じだけど、本棚と本は要らなかったものだけが置き去られているような少なさだ。閑散としている。

 わたしたちが会いに来たそいつは、図書室の真ん中にある長机に座って、文庫本より少し縦長の小さな本を読んでいた。

 姐さん、わたし、ローエンの順に近づくと、その怪談はややあって顔を上げた。

「おや」

 ぱちくりと目を瞬かせ……てはいないが、口元の表情でそれくらいの感情を表している。

 そこには、スーツに白衣の格好をした骨格標本がいた。白衣の胸ポケットには、臙脂色したぴかぴかのペンまで刺さっている。めっちゃ知的な雰囲気だ。

 あと、花子姐さんや十三階段と違って、物理的に存在している。

「どうも、引っ越しに来た魔女です。前の魔女の……」

 わたしがそこまで言うと、骨格標本はがっと立ち上がりすたすた歩いてわたしたちの横をすり抜けて扉から顔を出し、廊下をきょろきょろと見渡す。

「え?」

 ローエンも姐さんも『あーあ。知ってたけど』みたいな顔しているから、わたしだけがついていけていない。

 骨格標本は廊下に出て行き、数十秒近くをカツカツ歩き回り、それからやっと戻ってきたと思うと、扉に凭れて言う。さっきの手すりに凭れて豪快な雰囲気だった花子さんと比べると、骨格標本はなんだかキザな雰囲気だ。

「あー、それで、魔女はどこに?」

 訂正、キザで間抜けだ。言おうとしたのを遮って動いてそれかい。

「あの魔女ならいないよ」

 姐さんがまず結論を伝えて、反応を返さない骨格標本にそのまま続きを伝える。

「弟子であるこの子が引っ越しのために来てくれたのさ」

 ぽかんと、二秒ほどの静止があった。

 そして、骨格標本は

「何故!!!!」

 叫んで、叫びながら崩れ落ちた。

 膝から崩れ落ちたとかじゃなくて、折角綺麗に組み立てられていた骨という骨のパーツが、完全に取れて、バラバラに崩れている。

 驚くわたしのそばで、姐さんもローエンも溜め息をついたりしらーっとしたりしている。それで、わたしは『これは緊急事態などではなく、骨格標本がこういうやつ』と理解する。

 理解、理解はするけど……。

「なんだこいつ」

 思わず漏らしたわたしに、ローエンは脛を尻尾で撫でながら言う。

「面倒なヤツさ」

「それはそう」

 出会って五分も経ってないながら実感を伴って頷いてしまう。

 姐さんは、服に埋もれてぴくぴく震える骨とわたしの間に立って、苦笑した。

「悪いけど、ひとまずこいつを組み立てるのを手伝ってくれない?」

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