骨の組み立ては、なんかちょっと楽しかった。
骨格標本も顎がなければ口が利けないらしく組み立て終わるまで騒がれないし、パズルみたいだし。漫画で読んだ通り中指より人差し指の方が骨が長いのもおおってなった。
一緒に組み立てている花子姐さんは貫禄と印象に反して小学生の幽霊で手が小さいので、大きいパーツは全部わたしが拾って組み立てた。
最後に顎を嵌めてやって、飽きる前に作業は終わる。ちなみに顎を最後にしろっていうのは姐さんとローエンが口を揃えて言っていた。マジで超面倒がられてるなこいつ。
そして、完成しての第一声は、
「魔女さんは、後から合流などしないのかな?」
気落ちした調子で、肩を丸めて発せられた。
ローエンたちのアドバイスの印象から、いきなり大声で騒ぎ出すかと思っていた。
わたしは変に気を遣ったり遣わせたりが出ないように、姐さんのアドバイスも踏まえつつ端折って説明する。
「あ、ああ。魔女は、魔法で色々でね。来ないよ」
姐さんには『今回来ないで充分』ということを言われていた。引っ越しの件で来なければ二度と会うこともない相手だということくらい全員了解しているし、死人や概念が元の存在ばかりだから、生き死にやそれに近しい事象のことまであいつらに伝えなくても構わない、と。
「ああ……そうですか、そう、かぁ……」
骨格標本は、確かに理由などを気にする様子は見られない。ただただ、今回来ないという事実にかなり落ち込んでいる。本当に、これだけで今生の別れだと伝わっているようだ。
「魔女に会いたかったの?」
わたしが問うと、骨格標本はめいっぱい項垂れた状態から更にもう一段階頭を下げて頷く。
「ああ、勿論。勿論会いたかった。魔女さんに会うのを、一日千秋の思いで待っていたのに」
「…………」
どういう入射角かはわからないけど、どうやら骨格標本は魔女を相当慕っていたらしい。
数ヶ月前までのわたしだったら、罪悪感にギクリとしすぎて固まりかけるか、それを回避するために蓋をしておくかしかできなかっただろう。けど今は、受け止めたままで普通に振る舞える。
「悪い。でも引っ越しはきっちりやる。あんたの場合は新校舎にある骨格標本への憑りつけ替えだって書いてあったけど、合ってる?」
わたしは落ち着いて聞くことができた。
骨格標本の側はというと、
「合ってる。合ってるよ」
と答えてくれるものの、そのまま溜め息をついて溜め息をついてを繰り返しながら長々と語り出す。
「はあ……魔女さん、何をおいても私に会いたいと思ってくれているかもと思ったあの夢はやっぱりただの夢だったんだろうか。ああ……魔女さん、私にはない瑞々しい瞳の輝きは確かに……はあ……確かに私を射抜いたんだ、あの日。美しさはあったが、勿論それだけじゃなく……。はあ、何故……。何故貴女は私の隣の空っぽの人体模型に憑りついた幽霊ではなかったのか……はあ……」
そこまで聞いた辺りで、姐さんが彼を無視する。
「こんな調子だから、憑りつけ替えの魔法までは一人にしてやろう」
早い話、『もうこんなんほっといて次行こう』ということのようだ。顔にも書いてある。
「四体目は、あー……まあ近い教室から回ろうか」
そう言って二階の図書室から移動して行った先は、一階に降りてすぐのところにあった音楽室だった。
「美術室じゃないの?」
扉を開ける前にわたしが問う。だって、芸術系科目っぽい怪談として書かれていたのは『絵から出てくるモナリザ』だったから。
だけど、姐さんはこれで合ってるよと扉を開け放つ。ローエンも首を縦に振っていたし、疑うわけじゃないけど、変なの。
「おはよう、邪魔するよ。流石にそろそろ起きたらどうだい」
姐さんが掛けた言葉に釣られて壁掛けの時計に目を遣ると、既に時間は午後一時、休日限定の『朝』の時間帯だ。
「んみゃ……」
姐さんと同じ、いやそれ以上に高く可愛らしい感じのする寝ぼけた声が聞こえて、わたしは教室の中に目をやった。
するとそこには、黒髪に同化するような黒い服を着て目を擦る成人女性の姿があった。成人女性っていうか、顔立ちや肌や髪など容姿の部分はまんま『モナリザ』の絵だ。声と見た目のギャップがすごい。
モナリザは音楽室の真ん中に敷かれた布団から這い出て来る。宿直用なのか普通の薄い布団の下には、ご丁寧にも、バク転とかに使うような分厚くてでかいマットが敷いてある。布団部分と大きさが合ってないだけでベッドみたいだ。
「おはよう花子ちゃ……あれ、魔女さんたちひさしぶりー。もう来たの?」
モナリザは高貴な顔立ちを打ち消すようなぽやぽやした表情と口調のまま、めっちゃぼやけているであろう視界の中にわたしたちを認める。
それから、あくびを挟んで、
「てか早くない?」
なんて言っている。
「早くはないよ」
花子姐さんが軽くツッコミを入れてから、わたしを前に出す。
「前に来た魔女の代理で来た、あいつの弟子みたいな立場の魔女だ。よろしく」
わたしが近づいて右手を出すと、モナリザはそこに両手を重ねる。そしてぎゅっと握ってそのまま何も言わずにわたしの手を支えにして立ち上がる。
急にやられるとこっちも転びそうだ。なんとか耐えたけども。
「そっかぁ、よろしくねえ」
やっぱりかなり可愛らしい声。子供向けアニメに出てくるマスコットキャラクターみたいな声質をしている。アニメ声ってやつだ。
「ローエンちゃんだぁー」
中身も、声相応っぽい。
彼女は立ち上がったかと思えばさりげなく距離を取っていたローエンを追いかけて、諦め気味のそいつを抱き上げる。抱き方も小学生そのもので、ローエンは不満を顔に浮かべたまま大人しくしている。
十三階段がやかましい小学生男子とするなら、モナリザは何かと世話を焼いてやらないと動かないぽやぽやした小学生女子という印象。ローエンが大人しいのも、激しくない狼藉で済むからだろう。今もただただ撫でられている。
モナリザがローエンに夢中になっているので、わたしは改めて姐さんの方に話し掛ける。
「モナリザがこっちにいるのは何で?」
すると、姐さんはマットの端に腰掛けて、隣をぽんぽん叩きながら言う。
「あの子は歌が好きでさ。寝て起きて歌を歌って、ってずっとしてるんだよ。怪談としてもね、魔女は『絵から出てくるモナリザ』とだけ書いてたみたいだけど、実際には『絵から出てきて歌うモナリザ』なんだ」
隣に腰掛けたわたしは、ふぅんと顎を引く。
「モナリザ、今練習中の歌はもう披露できそう?」
姐さんが聞くと、モナリザは体をくいっと傾けて(首を傾げたいっぽいけど首だけで済んでない)、うーんーと唸る。
「あと何回か通してみて、オッケー貰えたら発表だよぉ」
「…………なるほど。まだだったかぁ」
姐さんは顎に手を当ててしばらく俯き、それからわたしを見上げる。
「悪いんだけど、この子の歌の発表を待ってから引っ越しに取り掛かってくれない?」