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第6章:飛翔

第51話:神算鬼謀

 優しやゆえに迷う男は『牛』だと揶揄されることがある。だが、牛は牛でもその者は『猛牛』の場合もある。ゴンドール・バッヘム将軍は普段は『牛』ではあるが、決して農耕用の牛では無い。腐っても将軍の位に就いている男なのだ、ゴンドールは。やる時はやる男なのである。そうだからこそタラオウ大臣はゴンドールを後ろ盾にしているのである。


 政治と軍事力は切っても切れない仲だ。それぞれの大臣はそれぞれに将軍を後ろ盾にして、政治の場で発言をおこなっている。そういった関係は各々の相性も関わってくる。タラオウ大臣は、この優しい将軍が好きなのだ。その優しい将軍にエーリカを引き合わせたのには立派な理由がある。優しさだけでは、この世知辛い世の中を渡り歩いていくのは難しい。


 そのことを教えるためにも、タラオウ大臣はエーリカという暴れ馬をゴンドール将軍にあてがったのだ。その賭けはまさに大当たりだったと言ってよかった。化学反応を起こし合った2人が率いる5千の兵は怒涛の如く進軍を開始しする。


 ゴンドール将軍は各地で戦う味方の将軍たちを無視してシンプから東に軍を進める。カンナガワの地ではまさに今からファルス将軍率いる8千の兵とその地を守る弟派の軍8千が正面からかち合おうとしていた。しかしながらその西を進軍しているゴンドール将軍はそのファルス将軍の援軍に向かう気配すら見せなかった。


ファルス将軍の近くにある小砦に本州軍2千が居留していた。ファルス将軍の軍の後詰を担当してる2千であった。この小砦には、かのイザーク将軍が2千の兵を率いてファルス将軍の先方隊として派遣されていた。イザーク将軍は手始めとばかりにこの小砦を守っていた北島軍1千を蹴散らせてみせた。そしてカンナガワへのルートを開いたイザーク将軍の兵は後詰を任されると同時に休息も取っていたのだ。


 そんなイザーク将軍からはエーリカが配属されたと言われているゴンドール将軍の動きが手に取るようにわかった。この場は任せたとばかりにゴンドール将軍は自分が率いる兵を、そこからまっすぐ南へと向かわせる。


「これはあのゴンドール将軍らしからぬ動きだな! エーリカのやつ、さっそくやりやがってくれるのか!?」


 イザーク将軍はやってくれるぜ! とゴンドール将軍並びにエーリカを感嘆の声をあげつつ、褒めてみせる。彼らの動きを見ていると、血が沸き上がってしょうがない。


 ゴンドール将軍の軍が向かう先にも小砦があった。その小砦からはカンナガワの地で戦う北島軍を支援するために後詰の兵1000を拠出したばかりであった。ゴンドール将軍が南に歩を進めている道中において、まさにタイミング悪く、北島軍の救援1000がゴンドール将軍率いる5千の兵とまともにぶつかりあうことになる。ここで名無しのケプラーはゴンドール将軍にとある策を授ける。


「なん……だと……!? 5千の兵で一気にこちらを叩き潰せば良いのに、わざわざその軍を3つに分けた!?」


 1000の兵を率いる北島軍の隊長は驚きを隠せなかった。こちらに勢いよく向かってくる5千の兵がその数をわざわざ3分の1に減らしてくれたのだ。分かれたうちの3分の2は自分たちが出発したばかりの小砦へと一直線に向かっていく。隊長はこのままでは小砦を落とされると思い、きびすを返し、迫りくる1300の兵に背中を向ける恰好となる。


 だが、この隊長は運が良いことに、手勢1000のほとんどを保持したまま、元居た小砦へと戻ることが出来た。自分はこれ以上にない幸運者だと思った。あとは敵がこの砦で手をこまねいてくれるように籠城を続けるのみだと思ったからだ。


 しかし、ケプラーの巧みなところは、結局のところ、この小砦に見向きもしなかったことだ。小砦を護る隊長は目を疑った。この地で籠城戦が始まるかと思いきや、包囲の形を見せた敵はあっさりと、その包囲を解き、さっさと南に抜けていってしまう。追撃しようにも、とっくの昔に元の5千に戻ってしまっている。ここで兵1千で追撃したところで、返す刀で討ち取られるのは火を見るよりも明らかだ。その隊長は切歯扼腕としながら、どこからも襲われずに無為の時間を過ごすことになる。


「とんでもない策士でごわす。敵を騙すにはまず味方からと言うが、ここまで敵味方ともに翻弄してしまうとは……」


「げに恐ろしきはケプラー殿ですな。エーリカ殿たちが言うようにこのまま旧王都:キャマクラに向けて南進いたしましょうぞ」


 敵の追撃が無いことを確認したゴンドール将軍は、先に向かわせた血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団を追う。ゴンドール将軍が率いる3千と前を進むエーリカたち2千との差は数時間あるものの、それでもすぐに追いつくと思っていた。


 それもそうだろう。旧王都:キャマクラまではまだまだ小砦がいくつも点在していた。それぞれに1千~2千の兵が詰められている。どこかしこらで小砦に時間を割かれるだろうと予想していたのだゴンドール将軍は。だが、ゴンドール将軍は目を疑った。いくら先をいくエーリカたちを追おうが、一向にその差が縮まろうとはしなかったのだ。


 エーリカたちはぶつかる小砦ごとに、ゴンドール将軍がおこなったことのさらに発展形をやってみせたのだ。小砦が囲まれることで、その小砦を支える他の小砦から救援の兵がやってくる。そして、包囲網を解き素早く反転をおこない救援の兵を迎え討ち、散々に打ちのめす。単純にその繰り返しをおこなったのだが、陽動も同時におこなっていたために、まともに救援の兵程度の数が戦える状態ではなかった北島軍であった。


 ゴンドール将軍は無傷の小砦を横目に見ながら通過していく。その小砦に背を向ければ、そこから兵が溢れ出すのではないのか? という危惧に襲われる。少しばかり離れた位置で足を止めて、小砦の様子を見ることになる。このゴンドール将軍の動きも全て名無しのケプラーの策であることにゴンドール将軍自身が気づいたのは、旧王都:キャマクラから北に約3キュロミャートル地点にまでやってきた時であった。


 そこは旧王都:キャマクラを守るための支城のひとつがあった。エーリカたちはこの支城だけは無視せずに、落としにかかっていたのである。本丸である旧王都からこの支城を救援するための兵が3千出てきていた。しかしながら、エーリカたちは支城の包囲を決して解こうとはしなかった。ここにきて、ゴンドール将軍は、この地が自分たちにとっての決戦場であると知る。


 エーリカたちに支城攻略を任せ、自分たちは3千で救援軍3千を野外で迎え撃つことになる。ゴンドール将軍は甚だ勘違いしていた。確かにゴンドール将軍が率いる3千の兵は寄せ集めであった。だが、今、ゴンドール将軍が率いる3千の内、1千は本州軍軍の正規兵である。慌てて旧王都から飛び出してきた北島軍3千の兵と互角に渡り合えるだけの力を持っていたのだ。


 さらにゴンドール将軍を驚かせる一幕が野外戦で見受けられることになる。ゴンドール率いる3千と旧都:キャマクラから支城へと送られた救援3千が、がっぷり四つの形で攻防戦を繰り広げていた。これは名勝負だと心が昂っていたゴンドール将軍は自分の補佐たちに激を飛ばすように指示を出す。しかしながら、その激が飛ぶ前に、鬨の声が自分から見て、北側から聞こえ出したのである。


「なんとっなんとっ! ここでも今までと同じように兵を分けるのでごわすか! これぞ神算鬼謀でごわすっっっ!」


 ゴンドール将軍はエーリカと名無しのケプラーに脱帽せざるをえなくなる。エーリカたち『血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団』は支城の包囲を混成軍に任せ、自分たちは500の兵で救援兵3千の横腹を急襲したのである。これぞ『挟撃』という言葉が似あいすぎる状況は無かった。


 一軍を率いる者は誰でも横腹を急襲されることを嫌う。そのため、伏兵の存在に気を配らなければならない。しかしながら、旧王都:キャマクラから小高い山を越えた先は支城までは見晴らしが良いなだらかな平原が広がっていた。


 旧王都から支城に支援しにきた南島軍3千だけでなく支城からも見やすい位置に敵軍が展開していたのである。だからこそ、伏兵の存在に気を留める必要は無いはずであった。しかしながら伏兵は確かにすぐ近くにいたのだ。それがまさかの支城を包囲している軍の一部だと気づかなかった。ただ、それだけなのだ……。

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