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不機嫌な王子様

不機嫌な王子様(1)



 王都に滞在する父・マクシムから手紙が届いたのは、それから1週間後だった。



 予想どおり。エルディオンを救い、レグルス辺境領に逃れてきた第一騎士団をバイロン城に迎え入れたことに、父・マクシムは「良くやった!」と、まずは褒めてくれた。



 つぎに、冬の間の逗留を許可すること、第一騎士団の体調を気遣うようにと一文が添えられたあとには、軍部への報告については「まかせろ」と、ひとこと。



 このあたりは、元国軍総帥である父に任せておいて間違いないだろう。追加で知らせた『星痕』についても「それでいい」と、あっさりとしたものだった。



 側妃ヘレネがバイロン家に圧力をかけるのではないか──と、エルディオンが心配している件については、じつに父らしい言葉がつづられていた。




* * * * *


──もし、王家がガタガタ云ってきたら、


こっちは30年前の一戦のことを思い出させてやるから安心しろ。


歯をガタガタさせるのは、アイツらの方だ。


* * * * *




 とっても、頼もしい。



 思ったとおり父マクシムは、シルヴィアにとって最強のカードになりそうだ。



 転生してから数か月間。周囲が狼狽えるほど書庫にこもって過ごしていたシルヴィアである。プロキリア王国の政治情勢と勢力図を独自に分析し、側妃ヘレネの側近たちについても詳しく調べあげていた。



 そこでわかったことは、側妃ヘレネを中心とする王都の貴族にとって、天敵ともいえる存在は、まさかのㇾグル辺境伯領マクシム・バイロンだった。



 なぜなら、今から30年前。



 側妃ヘレネの父である先代のデロイ侯爵が指揮官となった軍が、余裕で大勝するかと思われた戦場にて、敵国の計略にまんまと嵌り、まさかの大敗をきそうになる。



 そこに颯爽と現れた父マクシムとバイロン軍が、瞬く間に敵を殲滅し、大きく傾いた戦況を、ふたたびひっくり返したのだ。



 これにより、多大な戦力失う大失策を侵したにもかかわらず、ぎりぎり敗戦を免れたデロイ侯爵は、帰還後、責任を追及されたものの爵位の降格までは見送られたのである。



 父マクシム・バイロンが「英雄」となり、デロイ侯爵が「無能の指揮官」の烙印を押されたこの一戦で、バイロン家には頭があがらないデロイ家という構図は出来上がっていた。



 貴族、平民問わず、後世に語り継がれているこの話を知ったとき、子孫シルヴィアは真っ先に思った。



 祖先シルヴィアは、どうして自分の父親が持つ絶大な人気と影響力を、上手く使わなかったのかしら……



 父マクシムを要所、要所で使えていたら、軍部で第一騎士団の待遇はもっと良くなっていたし、側妃ヘレネの圧力を早々にさまたげ、エルディオンが暴君となるのを防げていたかもしれないのに。



 そうは思っても──



* * * * *


わたしに知識と教養がないのは、


仕方がないと、さっさとあきらめて。


* * * * *



 こう断言している祖先シルヴィアが、プロキリア王国の政治情勢に明るかったとは思えない。



 本人が云うとおり「前世は仕方がなかった」と、あきらめた方がいいと思った。そう、大事なのは今このとき。



 転生した子孫シルヴィアが頭を使い、前世とは比べものにならないほど賢く立ち回ればいいだけのこと。



 喜ばしいことに、父マクシムの了解も得て、計画は順調に進んでいる。



 王家にバレたらいけないことだらけの手紙を読み終えたシルヴィアは、



「証拠隠滅」



 暖炉できっちり燃やした。



 そうして、シルヴィアに星痕が現れて数週間後。レグルス辺境領に、本格的な冬が到来した。



 例年、大雪によって街道が1か月ほど閉ざされるため、食料や保存食、医薬品に薬草類、燃料になる薪や魔鉱石などで、バイロン城の備蓄庫や倉庫は、1週間前には満杯になった。



 とくに薪は、バイロン兵と第一騎士団が森に入って大木を切り倒し、玉切りにして城に運び込み、毎日のように薪割りをしてくれた。



 薪割り後は、火と風の魔石を設置した乾燥室でしっかり乾燥。おかげで、この冬を過ごすのに十分な薪を確保できた。



 この頃になると、第一騎士団はすっかりレグルス辺境領に溶けこみ、薪割り以外にも、砦の修繕や城下町への物資の配給などで、多くの領民から感謝されるようになっていた。



 数日前などは、町にある備蓄倉庫の屋根を修繕して戻ってきた騎士たちは、大量の野菜を荷車に積んで帰ってきて、



「来年の春まで、野菜には困らないな」



 料理長を喜ばせた。



 そうして、シルヴィアに星痕が現れて数週間後。 日増しに寒さは厳しくなるが、例年になく領内は平穏で、バイロン城は笑い声の絶えない毎日だった──のだが、予想外なことで問題は起きた。



 その日は、晴れた冬空の下。太陽の陽射しが、雪面をキラキラと反射させる明るい午後だった。



 そこに、天気とは真逆。



 重苦しい影を引きずるように、どんよりとした空気をまき散らしながら、領主室にやってきたのは、エルディオン。



「少し、話せるか」



「どうぞ、お掛けください」



 ただならぬ雰囲気を感じたシルヴィアが、ひとまず椅子に腰をおろしてもらい、「どうかしましたか?」と訊ねると、数秒後の沈黙を経て、じつに重そうにエルディオンの口が動いた。



「……昨日……シアの……日だったと……聞いた」



 ────ん? 



 なんだって?






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