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不機嫌な王子様(2)



 半分も聞き取れなかったシルヴィアは、片耳に手を当てる。



「すみません、聞こえなくて……もう一度、お願いできますか」



「昨日は、シアの誕生日だったと、料理長から…‥聞いた」



 そのとおり。



 昨日、12月4日は、祖先シルヴィア・バイロンの19歳の誕生日だった。



 とはいっても、中身は子孫シンシア・バイロンなので、領主代行の仕事が忙しいを理由に、「今年のパーティーはナシで」と事前に決めていたのだが、



「せめて、誕生日のケーキだけは」



 一日遅れで料理長が作ってくれた巨大なケーキが、今朝から切り分けられ、客室のエルディオンにも届けられたらしい。



「なぜ、教えてくれなかったんだ」



 不機嫌な顔で領主室を訪れたエルディオンに責められる。



「誕生日といっても、成人の儀は昨年終えていますし、今年は、領主代行として色々忙しく……」



 それどころじゃないと、云いかけたところで、



「毎年、盛大に祝っていると聞いた……」



 いつになく、悲壮感を漂わせたエルディオンは、シルヴィアが忙しくなったのは、第一騎士団がバイロン城に滞在しているせいだと思ったらしい。



「そんなことはありません。両親も王都にいて不在でしたから、元々、何もする予定はなかったんです」



 いくら「そうではない」とシルヴィアが否定しても、エルディオンの顔は曇っていくばかり。



 ついには──



「たとえ、シアの誕生日を知っていたとしても、今の俺は……命の恩人であるキミにふさわしい贈り物はできなかったと思う」



 そう云って、おもむろに自分の首にかけられていた銀の鎖を取り出して、首から外すと、



「シア、19歳のお誕生日おめでとう」



 そっとシルヴィアの首にかけた。



 美しい青輝石が、シルヴィアの胸元で揺れた。



「キミに贈るなら、今の俺にはコレしかない」



 胸に揺れる青輝石は、濃淡のグラデーションの中に星屑のような金の虹彩が閉じ込められていて、まるで小さな宇宙をみているようだった。



「綺麗ですね。それに魔力を秘めている」



「シアほどの魔力はないけれど、俺も水の属性の魔力を持っていて、氷雪系の魔法が使えるんだ。亡くなった俺の母上も、おなじく水属性の魔力の持ち主で、これは母が俺に遺してくれた水星の守護石だ。これを、キミに贈る」



「す、すいせいの守護石ですって!?」



 あまりに驚きすぎて、敬語を使う余裕もなかった。



水星の守護石といえば、隣国の王女だったモリアーナ王妃が、輿入れの際にお持ちになった魔法遺物アーティファクトで、エルディオンにとっては形見の品だ。



「う、う、受取れません」



「なぜ? 気に入らないか? これを身に付けていれば、魔法攻撃が軽減される」



「気に入らないなんて、まさか! そうではなくて、これは王妃様の……」



 遺品でしょう──という言葉を、シルヴィアは飲み込んだ。



 装飾類をほとんど身に付けていないエルディオンが、肌身離さず持っていたのだがら、どれほど大切していたかが分かる。いくら本人から「贈る」と云われても、受取れるはずがなかった。



「これは、エルディオン様が持っているべきです」



 なんとかして水星の守護石を返そうとするシルヴィアだったが、守護石ごとエルディオンに握られた手は、まったく動かなかった。



 重苦しい空気が領主室に流れた。



「亡くなった母上がよく云っていた。大切な人の誕生日は特別で、生まれてきた日を共に喜び合うものだと」



 そういえば……と、シルヴィアは思い出す。



 エルディオンが王太子の座を奪われたのは、母である王妃モリアーナが亡くなった翌年、8歳の誕生日だった。どんな思いでその日を迎えたか……想像するだけで、胸がはりさけそうになる。



「母上が亡くなってから、俺は誕生日を祝ってもらったことがない。いつも戦場にいて、自分でも気づかないうちに、その年の誕生日は過ぎていた。そうして思うんだ。来年の誕生日は生きていられるかな──って、この青い石を眺めながら思うんだ」



 重い。とにかく重い。



 不遇の王子の身の上は、シルヴィアの想像以上で、のぞいてはいけない闇を、のぞいた気がする。これを首にかけるのは、すべてにおいて荷が重すぎる。



 それから、しばらく。



「受取ってくれ」



「申し訳ありません。ちょっと、無理です」



「俺にはこれしかないから、これを贈りたいんだ」



「お心遣いだけで十分です」



「それでは、俺の気が済まない」



 押し問答があったあと。エルディオンから妥協案が出された。



「だったら、俺の誕生日まで預かっていてくれ。シアに祝ってもらえたら、自分の誕生日を忘れずにすみそうだから」



 ここで手を打たないと、延々とつづきそうだ。



「わかりました。では、それまで、水星の守護石は大切にお預かりします」



 預かりとなった守護石は、シルヴィアの手の中で、小さな宇宙のように輝いている。



 清らかな魔力を持つ、水星の守護石を見つめながら思う。



 ところで、エルディオン様の誕生日はいつだったろうか。たしか……春、新緑の季節だったような。



 記憶にある王家の系譜をたどっていると、



「4月8日だ」



 思い出すよりも先に、エルディオンが教えてくれた。



「4月生まれ……わかりました」



 また、良いことを思いついた。



 ちょうどその頃には、王都から両親も帰ってきているだろう。



 騎士団の慰労も兼ねて、エルディオンが一生忘れられないような誕生日パーティーを開くのはどうだろうか。



 ギリギリまで内緒にしておき、驚くエルディオンの顔が見たい。




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